奇文修復師の弟子

赤星 治

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三章 揺れ動く感情と消える記憶

1 煌く街のスノー(前編)・不機嫌なシャイナ

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「え? こんな事していいんですか?」
 モルドは若干の呆れ顔が現れた。
 相手はシャイナにである。
「ええ、デビッド様が仰ってましたし、私も単純なものならよくやってましたよ」

 年を越してから十五日が過ぎた。

 ギバイルから帰って以降、デビッドの二泊三日の一人旅が相次いだ。
 その間、数件の依頼が舞い込み、依頼品を預かる事になった。
 デビッドは旅から帰宅後、”期限が迫るものから順に修復していき、自分で決めた予定日には旅に出かける”を繰り返していた。
 当然、期限間近の依頼があってもデビッドがいない状態となるのは必然であった。
 昔からこういう事はよくあり、その度にシャイナに環具を渡し、代わりに修復してもらう。

 過去にもシャイナが修復に当たった所を見たが、確かに彼女の身体能力ではある程度の災難は問題ない。
 モルドは、シャイナが修復師としての資格がある事にも驚いているが、なぜ専用の環具が無いのかは気になっている。
 シャイナは使用人の立場を主張し、デビッドは「秘密」の一点張りで教えないでいる。

「そろそろ教えてほしいんですよねぇ。師匠は一体何の旅に出てるのかって」
「きっと修復師としての旅ですよ」
「まあ、女性絡みは誰にも聞かないし、そんな雰囲気も無いし。お金もこっちの生活費ばかりだからそんなに贅沢出来ないだろうし。……現実逃避で煙管吸ってるとか?」
「そんな事言ってたら罰当たりますよ。ほらほら、修復作業に移りましょう」

 シャイナは奇文塗れの楽譜を環具で叩いた。

 ◇◇◇◇◇

 二人が辿り着いた世界は、煉瓦塀の建造物の街である。
 目に映る建物全てが煉瓦積みであり、地面全てが石畳だ。

「なんか……へんな街ですね」
 そうモルドが零すのは一般的な反応である。
 建物一つ一つはモルド達が住む街と同じ形だが、建ち並びに統一性が無い。
 連なって建ち並んで直線通路や曲線通路を作り、道のど真ん中に建物が建って別れ道を作る。その先にも進行の妨害となりそうな建物が建って一方へ続く細長い通路が出来る。

「一見して、迷路のような街ですね」
 シャイナの答えにモルドも納得した。
 これは作品世界。
 見た目に驚いた所でいつもの事なのだから仕方ないとして二人は当て所なく歩いた。

 現実世界では冬。それが影響してか、晴天なのに雪が降りだした。
 降る量は小雨程度で、地面や壁に着くとすぐに溶けてしまい積もらない。
 雪に陽の光が反射して煌びやかな情景が出来上がり、あまりの綺麗さに、時間の経過を忘れてしまいそうになる程見惚れそうになる。

「一応念を押しておきます。情景の優美さに気を取られ過ぎますと、作品に呑まれてしまいますので気を付けてね」
「わ、分かってますよ! どれだけ修復したと思ってるんですか」照れながら反論した。
 シャイナは穏やかな笑みを浮かべ、「失礼しました」と返した。

 モルドはシャイナを、優しく、家の事をしっかり熟し、凛々しく、美しく、逞しく、穏やかな姉のような存在と思っている。それ故、些細な指摘への反論も、少々申し訳なくもあり、気恥ずかしくもあった。
 シャイナの指摘は修復師をする上で教えられる基礎的なものである。

(――今の君が向かう顛末よ)
 不意に、空間浸食の世界で出会った女性の言葉が思い出された。
 あの日から時々、墓場の光景や謎の女性の事を思い出す。それは今みたく脳裏に言葉や情景が思い出されたり、夢に僅かな時間映し出されたりである。
 日常生活に支障は無く、デビッドとの修復作業も問題ない。墨壺に溜まる奇文の質や量にも変化を及ぼすかと思ったがそれも無い。
 一度デビッドに空間浸食に携わった後、何か影響を及ぼす事例があるかを訊いたが、”本気で精神を病んだ者はその当日中に病院行き”以外の変化は起きないとされている。

 二人で街の変化を探しに歩きながらも、モルドは頭の片隅で女性の事を思い出していた。


「――ばぁ!」
 突然、本当に突然。曲がり角からギバイルの作品世界無いで出会った女性がモルドを驚かすように現れた。
「――わああぁぁ!! え、なんで?!」
 青天の霹靂とは正にこのことである。

 ”空間浸食時に出会った女性が別の作品に現れる”
 あの日から五件分の作品世界へ入った時はどうともなかったのに、ここへきていきなりの出現だ。
「あの、貴女誰ですか?」
 シャイナは距離を置き、いつでも戦える構えでいた。いや、何より戦うものかどうかも疑わしい状況なのだが。

「あら、突然現れたのは謝るけど、何も殴り合ってどうこうしようって者じゃないから安心して」
 女性は腕を組み、笑顔を作る。雰囲気から余裕を感じる。
「モルド君、「なんで?」と訊いてましたど。知り合い?」
 咄嗟の事でもそこまで気に掛けられてるのかとモルドは驚いた。
 どう説明して良いか戸惑うモルドは、答え難そうに目を泳がせてた。

「去年空間浸食で出会ったのよ、私と彼。それでついて来ただけ」
 まるで押しかけの恋人みたいな言い方に、モルドは焦った。
「か、勘違いしないでくださいよ! あの人、奇文が作った人間で、僕の恋人とかじゃありませんから!」
「え? あ、ああ……」返答にも受け取り方にも困る表情をシャイナは向けた。
「本当です! そんな顔しないでくださいよ!」女性の方を向いた。「変な誤解与えたじゃないですか! ちゃんと説明してくれますか!!」顔が赤いのは、照れと興奮が合わさってである。

 女性は説明の前に二人のやり取りが面白くなって笑ってから答えた。

「あーははは。ごめんごめん。揶揄うつもりはないんだけどね、若い二人のやり取りが面白くてついつい見入っちゃった」
 改めて女性は呼吸も感情も整えた。
「彼の言った通り、私は奇文が作った人間よ。て言っても、作品の中にしか現れないし、これといって悪さを働く事も無いから安心して」
「信じれません」シャイナの警戒はまだ解けない。「突然変異のような方が現れて、自分は無害だと主張されても」
「尤もな反応ね。まあいいわ。貴女がどう思っても私を消すとかできないでしょ?」

 シャイナは反論出来なかった。

「一応、何もしないからあなた達の修復作業に同行させてくれないかしら。暇でしょうがないし、話とかしたいじゃない?」
 モルドは必死に拒む姿勢を見せたが、構えを解き、真剣な眼差しを向けたままのシャイナが答えた。
「分かりました」
「――シャイナさん!?」
 モルドを他所にシャイナは続けた。
「妙な素振りを見せた場合、力づくで相手致しますので」
「それは怖い。貴女、力強そうだもの」

 同行する流れになったが、モルドは気が気でなかった。
 女性にはあの墓地での出来事があるため、同じような事をしでかさないか不安しかない。
「あ、そうそう。あなた達の事、名前で呼ばせてもらうわね。貴女がシャイナで、彼はモルド君よね。私の事は……えーっと、『スノー』って呼んでくれるかしら」
 明らかに偽名と分かる。そして今降っている雪を見てその名が浮かんだと思われる安直さ。
 何を考えているのかまるで分からない。

 疑念。
 不安。
 軽快。

 それぞれ思う事が違う三名は、揃って街中を歩きまわった。


 およそ十分が経過。三人は無言のまま、延々と街を歩いていた。

 シャイナは表情を変えないまま進んでいる。
 スノーは落ち着きと僅かな楽しさを表情に滲ませて周囲を見ている。
 モルドは、歪な空気を感じつつ、気まずい思いで歩いていた。

「ねぇ、解決方法分かったから教えてあげましょうか」
 場の空気を読んでか読まないでか、スノーがそんな気遣いを言葉にするも、
「いえ結構です。構わないでください」
 シャイナは即答で拒んだ。
 けして二人は喧嘩をしているのではなく、シャイナは当然のようにスノーを警戒しているだけなのだが、どう見ても喧嘩して嫌っているようにしか見えない。

「……あの」
 この気まずい空気を変える為に、モルドは勇気を振り絞って手を上げた。
 シャイナとスノーはモルドの方を向いた。
「一つ提案なんですけど、手分けして探しませんか?」
 これでモルドとシャイナが組み、スノーと別れる。そんな作戦であった。
 後は言葉巧みにその組み合わせに持っていくだけだ。
(師匠、力を貸してください)強く念じた。

「その案は危険じゃないかな」
 シャイナの目がなぜか怖く感じた。
「この人は奇文の人型よ。別々になった時点でどちらかが襲われそうだし、モルド君は日が浅いから危険よ」
「ええ。ですから」気を引き締めるのに必死である。「僕とシャイナさんが組んで、スノーさんは一人。そうすればいいんじゃないかなぁ……って」

 無理のある提案。
 冷静に考えても、元の形に戻そうとする意志が分かりやすく無理矢理過ぎる。
 元々スノーは二人の前に現れてまで同行をしに来たのなら、当然この策は意味を成さない。

「それって無理があるわねぇ」スノーが反論した。
 安直な策が破られようとしている。
 モルドは必死に抵抗しようとしたが、先にスノーが意見を述べた。
「あなた達の中で私は人型の奇文で信頼に値しない存在でしょ?」
 シャイナは「ええ」と、即答した。
「なら、私一人にしていたら、この作品世界を悪化させる危険性を孕んでいるわね。もし別れるなら、シャイナちゃんかモルド君、どちらかに私がいた方がいいんじゃないかしら?」

 そうなると、シャイナとスノーが組む方が安全性は高い。なぜなら、スノーが悪事を働こうとするならば、シャイナは力強く対抗も出来る。さらにシャイナの主導権で現実世界へ出ることも可能となる。
 ただ、この案はモルドを窮地に追いやる危険も含めている。
 モルドが一人で探索している際、作品世界の変化や変異により奇文の何かに襲われたなら、下手をすれば呑まれてしまう。

 シャイナは三択を迫られた。
 スノーと同行する。
 一人で行動する。
 三人で行動する。
 中々答えられない状況である。

「当ててあげましょうか」
 シャイナの不安を煽るかのように、スノーが笑顔で訊いて来た。
「な、なんですか」
 シャイナの焦りは分かりやすく顔に表れた。
「貴女、私と一緒に行動するのはどっちがいいか、それか三人で行動する方がいいか。それで迷ってるでしょ」
 シャイナは視線を他所へ向け、またスノーへ戻した。
「分かりやすーい」
「茶化さないでください。真剣な問題なんですよ」
「安心なさい。私はそれ程害のある存在じゃないわよ。その証拠に、もし何かをしようものならとっくにしてるわ。他所の空間浸食から他作品に現れる存在よ? こうやって同行するのっておかしいと思わない?」
「ま、あ……――」
 続いて納得の呟きを発する前にスノーは続けた。
「私が貴女と同行した場合、貴女は作品世界への出入りの主導権を握ってるし、戦闘に持ち込まれても容易にあしらえるでしょう。でも、モルド君が他所で何かの惨事に見舞われたら何も出来ない。なら、私とモルド君が一緒なら何か危険な事が起こりそうって、漠然とした不安にかられる。だからって三人一緒では解決に苦労する。なぜならこの世界は広い迷路だから。回数を分けようにも、どうせ私がいるなら解決まで時間がかかりすぎてしまう。そうなると現実世界で色々困る。でしょ?」

 何もかも見破られている。そして侮れない。
 スノーの意見は真っ当で、理に適っている。しかし、そのまま提案の主導権すら握られてしまい彼女の思うままに事が運びそうな不安に包まれる。
 いや、もうすでにシャイナもモルドも包まれてしまっている。

「そ・こ・でぇ」
 二人の気持ちに反し、スノーは明るい。
「私が決めてもいいかしら?」

 シャイナとモルドの不安を他所に、作品世界は皮肉なまでに煌びやかな街並みを維持し続けていた。
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