奇文修復師の弟子

赤星 治

文字の大きさ
上 下
11 / 66
一章 出会いと適正

10 奇文修復~初陣~

しおりを挟む
 その日、モルドは街の役所へ訪れた。絵画切り裂き事件から五日後の事である。

「では、修復師適性も基準値を超え、後遺症も無い。よって、モルド=ルーカス、貴君を奇文修復師として任命。適性合格証を渡します」
 場所は応接室。
 絨毯に机とソファ、窓際に観葉植物。
 壁にこの街の風景画と傍らに槍に旗が付けられた置物。
 それ以外の物は置かれていない。

「あ、はい。……ありがとうございます」
 モルドは緊張していた。その原因は巨大絵画切り裂き事件が関係してではなく、眼前の、一つも笑みを浮かべず、眉間に皺を寄せたまま鋭い眼つきの管理官長の威圧感から来る。
 二人共初対面なのだが、モルドは二日前に眼前の人物がデビッドの家へ訪れている場面を目撃している。
 その時の出来事が特に印象深かく、今の緊張感を増長させた。

 ――二日前。

 昼食の準備をしていたモルドの耳を突然、怒鳴り声が貫いた。
「貴方は一体何をやってるんですかぁ!!」
 あまりの出来事に驚き、料理の作業を止め、玄関へ小走りに向かった。
 玄関にはシャイナが立っており、怒鳴り声の主が外にいるらしく、外へ出ようとするモルドを止めた。

「今は行かない方がいいです」
「え、どういう……」
「とにかく、今は出ないでください。色々とややこしくなりますので」

 シャイナがモルドを出そうとしない意志はしっかりと伺えたものの、外の怒鳴り声は続いた。

「貴方がいつまでもそんなだから今回の事態が起こったんですよ!!」
「ああ、分かってる分かってる」
「分かってない!! 下手すれば死人が出てた所だ!!」

 何かは分からないが、今回の切り裂き事件に関した自分が原因でデビッドが怒られているのだと思うと、居た堪れない気持ちになった。

「僕が出て行って、師匠は悪くないって言ってきます」
「駄目です」
 シャイナの腕を引く力が強く、前には進めなかった。
「どうしてですか!?」
「いいから、そんな事をすれば火に油です。今怒られてるのは、デビッド様も大きく関わっていますので」

 そうこうしている内に会話が済んだのか、玄関の戸が開き、デビッドが戻って来た。
「あ~、久々に会うが、相っ変わらずあいつは、なんでああも堅物なんだ?」
 デビッドは奇文修復の部屋へ向かい、干し草を煙管の火皿へ乗せ、火をつけた。

 一方、モルドはデビッドが会っていた人物がどんな人物かを知る為に、別の部屋へ向かい、こっそり窓の外を覗いた。
 男性は帰る途中で、髪色はこの地域では珍しい黒色、衣服は管理官の赤服を着用し、肩には黄色く細い綱の輪っかが二本付いていた。
 男性の姿が見えなくなると、モルドはデビッドに男性の事を訊きに向かったが、デビッドは一向に詳細を話そうとせず、シャイナも口止めされているのか話してはくれない。
 ただ、この街の代表管理官長の【ダイク=ファーシェル】とだけは教わった。
 奇文修復師として生きてのであれば管理官がどういう連中か、その代表者が誰かを知るべきだとして名前だけは教わった。


 現在、その人物が、誰が見ても分かる程に険悪な表情でモルドの前にいる。

「あ、あの。あの巨大絵画は、どうなったので」
 その問いに、第一声が「はぁ?」と返された。
 更に険悪な表情に変わり、空気も悪くなった。
 張り詰めた空気を感じ取ったのか、ダイクの後ろで立っている二人の管理官も、気まずそうな表情が滲んでいる。

「その事を聞かされてない。と?」
 肯定の返事は言いにくいが、間を置いて小さく頷いた。
 ダイクは目を閉じ、大きく鼻で呼吸し、息を吐くと同時に机を叩いて立ち上がり、後ろの管理官達に「行くぞ」と言って歩き出した。
「……師匠に訊け」
 通り過ぎ様にそう言われた。
 どうにか難は逃れた。と言わんばかりの適性証受け取りは無事終わり、モルドは寄り道せずに家へ帰った。


「お? 戻ったな。どうだ、無事に適性証を受け取れて。気分は良かったか?」
 帰宅するなり、煙管を吸いながら外で待っていたデビッドに訊かれた。
 不思議とデビッドの姿に安堵し、張っていた気が緩み、ため息が漏れた。
「そんな訳ないでしょ。なんで怒ってるか分かんないけど、あの人ずっと怒ってるし。あの巨大絵画がどうなったかを訊いただけなのに、睨まれるわ雰囲気怖いわ、通り過ぎ様に「師匠に訊け」って言われるし。良い気分じゃないですよ」
「まあ、それもそうだな」言いつつ、デビッドは水溜りに煙草の灰を捨てた。
 なにより、なぜデビッドが外で出迎えてるのかが気になった。
「どうしたんですか? 僕を待ってくれてたんですか?」
「んな訳ないだろ。シャイナが部屋掃除中だ。それが終わったら奇文修復に向かうぞ」
 え? と、驚きを露わに訊き返すと、同時にシャイナが玄関から出て来た。
「掃除は終了しました」

 よし。と、掛け声を発し、デビッドはモルドと共に奇文修復の部屋へと向かった。
 部屋の机の上には奇文がみっしりと描かれて小説が開かれた状態で置かれていた。

「俺の向かいに立て。夕方までに解決するから、急ぐぞ」
 いきなり言われて、ハーネックの出来事が思い出されて躊躇った。
「ええい、深く考えるな。こいつの中で」指で小説を突いた。「奇文修復の初歩を教えるから」
「でも、いいのでしょうか。また身体が変になったりとか……」
「ない。それに、どうにかなったら俺が何とかする。安心しろ」
 モルドは小さい返事で、はい。と呟いて、デビッドの向かいに立った。
「じゃあ、行くぞ」
「はい」

 デビッドは懐から取り出した杖の先で小説を軽く叩いた。
 相変わらず、いつも通り光の波紋が広がる。
 いつもと違うのは、モルドが今回は奇文の描かれた品の傍らに立っている。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

烙印騎士と四十四番目の神

赤星 治
ファンタジー
生前、神官の策に嵌り王命で処刑された第三騎士団長・ジェイク=シュバルトは、意図せず転生してしまう。 ジェイクを転生させた女神・ベルメアから、神昇格試練の話を聞かされるのだが、理解の追いつかない状況でベルメアが絶望してしまう蛮行を繰り広げる。 神官への恨みを晴らす事を目的とするジェイクと、試練達成を決意するベルメア。 一人と一柱の前途多難、堅忍不抜の物語。 【【低閲覧数覚悟の報告!!!】】 本作は、異世界転生ものではありますが、 ・転生先で順風満帆ライフ ・楽々難所攻略 ・主人公ハーレム展開 ・序盤から最強設定 ・RPGで登場する定番モンスターはいない  といった上記の異世界転生モノ設定はございませんのでご了承ください。 ※【訂正】二週間に数話投稿に変更致しましたm(_ _)m

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

特技は有効利用しよう。

庭にハニワ
ファンタジー
血の繋がらない義妹が、ボンクラ息子どもとはしゃいでる。 …………。 どうしてくれよう……。 婚約破棄、になるのかイマイチ自信が無いという事実。 この作者に色恋沙汰の話は、どーにもムリっポい。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

処理中です...