烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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二章 争奪の筋書き

Ⅴ 第一の筋書き

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 ゾアはカーテンを捲り、紅燐を喰った化け物を眺めた。
「ガイネス王よ、なぜこのような布で幕を張る必要が?」
 部屋では兵達が床掃除をしており、玉座に腰掛けるガイネスはルイシャが記した廃棄する物品名を見ていた。
「お前に任せる。好きにしろ」
 ルイシャへ命令してからゾアの方を向いた。
「その化け物を民は知らん。処刑される奴は首をはねられると思い恐怖するが、処刑は殆どが奴の餌付けよ」
「それは恐ろしい。高所から落とされる恐怖に奴の風貌、さらには喰われ方を想像してしまうと。おぞましいく地獄を想像するだろう。よく思いつく、天才の域だな」
 褒めつつもゾアは化け物の傍らに浮遊する存在が気がかりであった。
「アレは実験か何かで生まれた化け物か?」
「いや、古よりグルザイア王国の地下に潜んでいた魔獣だ。俺が即位する前に引きずり出し、使えそうだから飼っているにすぎん。俺の傍には有能過ぎる術師が多くてな、面倒はこのロゼットを含め配下任せだが」
 どうやらガイネスには浮遊する存在は見えてないと判断し、ゾアは化け物を見るのをやめた。
「しかし良かったのか? 実力はさておき、ガーディアンであるなら災禍を退ける可能性がある存在だぞ」
 玉座へ歩み寄りながら訊く。
「お前が言うか。いや、あそこまで仕上がった阿呆には重すぎる役目よ。罪人と扱っている時は被害者を主張し弱者に徹していたが、お前が力をみなぎらせた途端に豹変しおった。低能な詐欺師であった証拠よ。ああいう奴は信用に値せん」
「力の真髄を引き出す研究素材として扱えるのでは?」

 ロゼットがガイネスへ発言許可を得て話した。
「そちらは既にエレネアという術師が調査済みです。結果として、”人には扱えない力”を備えてはいますが、潜在魔力量が高いというぐらいでしょうか」
「そのエレネアという術師の実力を信じるに値するのか疑問だな。”人に扱えない力”というのも、強大すぎるなら研究し甲斐があるのではないか?」
「エレネアは常軌を逸した奇人であり天才です。ガイネス王の下なら、他国では違法とされる研究も、最低限の命令さえ守れば自由に専念できます。彼女にとってこれほど優遇された環境を無下にする理由がありませんし、彼女自身も気に入っております」
 ガイネスはため息交じりに口を挟む。
「無邪気すぎ、親のようなお目付役がいなければ何をしでかすか分らんのが玉に瑕よ。危険な魔獣を飼っているようにしか思えん」
 なにやら考えるゾアを尻目に、ガイネスは清掃場所に目を向けた。
「しかし神も怠慢よな。やがて来る災禍の為にこの地へ落としたガーディアンが、ああも役立たずとは。信者共が聞けば暴動が起きるぞ」
 この世界には熱心に信仰する部族もいる。
「同感です。なぜ神はガーディアンの選別をこの世界の勇猛な戦士達に絞らなかったのでしょうか」
 ロゼットは視線をゾアへ向けた。
「おいおい我は無関係だ。そして物騒な話はよせ、神々に小粋な悪戯心が芽生えてしまえばどうするのだ? 我の身も心配して欲しいものだ」
「そういうなら嬉々なる感情はもう少し躾けたらどうだ? ツラに滲み出ているぞ」
 失礼。と言って、ゾアは口元を手で摩った。

「勇猛な戦士で思い出した。ビストにてロゼットが観たガーディアン、部下を殺したとかいう連中と会ってみたいものだな。『烙印』なる力を使う者だ。ゾアよ、知ってるか?」
「いや、我はガーディアンの情報が皆無だ。邪魔立てする存在という認識しかない」
 ロゼットは丁寧に得た情報の説明をした。
「遠征時に得た情報ではガーディアンは少人数で群れて行動する者が多いとされます。全てかどうかは不明ですが、もしかすればそういった習性の可能性も」
 ガイネスは少し考えた。
「それは難儀だな」
 顎で紅燐の血の掃除跡を指した。
「アレとは別の、強力なガーディアンが群れるとあらば、それらを有した国は強大な兵器を得たに匹敵する。俺の元にいるガーディアンを見るに実力差と希少性は明白だ」
「ではこうするかガイネス王。我がこの国を拠点とし、他方からガーディアンに攻め入らせる。集まるガーディアンを我らで相手どるというのは」
「それでは小規模な災禍に巻き込まれグルザイアこの国が滅ぶ。数多あまたいる有能な民と少数のガーディアンを秤にかけたとて、連中如きでは秤の針が動かんぞ」
 ガイネスが賛同すると抱き、不安視していたロゼットは静かに安堵した。
「とはいえ、みすみす群れを成して動くガーディアンを見逃すのは勿体ない。お前の筋書きとやらで此方に引き寄せる手はないのか?」
「我が不利になる存在を引き寄せてどうするよ。それに、一国に力が集中しすぎる。筋書きには稚拙な文章で綴られた小説に等しい内容だ」
「ふん。なかなかに欲深い筋書きよ。出来の良い話を所望とは、悔しいな」

 立ち上がったガイネスは窓際まで寄って考えた。
 しばらくして、ロゼットが提案する。
「……こういうのはどうでしょうか」
 二人はロゼットの意見に集中する。
「全世界対象にした『ガーディアンの召喚』というのは」
 なにやら面白い案が浮上したと感じ、二人はロゼットに詳細を求める。
「この世界にある国、大国、小国全てを含めてのガーディアン召喚です。世の中ではガーディアン一体に多大な力を備えていると抱く者は多くおります。召喚が起これば必ずガーディアンは分散されるはずです」
 全世界の国を合計しても、数は五十を越える。ガーディアンの存命数は不明でも、元の総数を知るゾアにはこの召喚がどうなるかを察せた。
「面白い、ガーディアン召喚争奪戦か。召喚可能数は一つの陣につき一体とするか」
「なら複数の陣を構える国は当然あるな。その辺の不平等はどうするのだ?」
「そういった小癪な手を使えぬ算段は可能な範疇だ。日時と召喚陣を拵えて各国へ報告、一斉に術発動により争奪開始か。……面白い賭けだな。ガイネス王よ、貴公も争奪しそびれる可能性が生じてしまうぞ」
「構わん。運の善し悪しで振り回される程度を楽しめねば王としての器がしれている。妙案だなロゼット、これで各国がガーディアンの存在を知り右往左往する。しかも間の良いことにバルブライン王国はかなり面倒な内乱で荒れている。どのような争奪戦が起き、今まで平穏を維持し続けていた国が人災に巻き込まれるか見ものだ」

 しかしそうなると、傍にいるガーディアンも召喚対象となってしまう。

「ゾア殿、ガーディアン争奪戦の際、我が国のガーディアンは保護できないだろうか」
「無駄だ。特別扱いなどすれば筋書きに狂いが生じる。ここもガーディアンを失うか得るかの対象となる故、欲しければ召喚するんだな。どう転ぶかは運次第というわけだ」
 不安がるロゼットを余所に、ガイネスは喜んでいる。
「無粋な真似はよせロゼット。いよいよ面白くなってきたのだ、この運試しに参加せん手はないぞ。それに、奴には戻ってきたくば来いと言えば良いだけのこと。あそこまで人知を超えているなら余所で扱える所は少ないだろ」
 僅かな笑みを絶やさずゾアの方を向く。
「そうそう、妙案次いでに筋書きへ加えて頂こう。報告は国であれ、召喚は個人でも可能と。これでさらに混乱は苛烈を極める」
 もしも内乱を企てる者がいた場合、密かに召喚を行える。すなわち、グルザイア王国へ反旗を翻す者がいた場合、召喚が成功してしまえばガイネス王の身は危機に瀕するに等しくあった。
 嬉しそうなガイネスに何を言ってもこの妙案が覆らないのをロゼットは理解している。またも気を揉まされ静かにため息が漏れた。
「では最初の筋書きは決まりだ。”国”などに絞らず、あちこちに流してみよう。報告文も召喚陣も我が拵える。それをどう解釈するかはそちらで決めて貰おう。しばしの別れだガイネス王よ」
「ああ。楽しい狂乱の舞台を楽しみにする」
 ゾアの周りに黒い靄が発生し、身体を包み込むと靄と共に消えた。

「王よ、本当に大丈夫なのでしょうか」
「さあな。とはいえ、ゾアは少し此方に加担してくれたぞ」
「と、言いますと?」
「召喚陣の解釈を此方任せ。というのは、召喚陣を書き換えれば成功率が上がると言っているようなもの。この程度は許される範囲なのだろう。飯の代金には丁度良い。ロゼット、召喚に関してはお前に一任する」
「しかし王よ、全国に報告文が配布されるというなら、エレネアが見てしまうのでは?」
「そうだな、奴は少々面倒だ。……書き換えの事は秘密にし、召喚の時が来れば余所で行ってもらう。【イゼの空洞】辺りにでも行かせる。というのを口実にしょう」
 イゼの空洞は、グルザイア王国において魔力が澄み切った神聖な洞窟であり、巡礼地でもある。
 言い訳のネタはロゼットもすぐに浮かび、了承した。


 翌日、全世界の国にガーディアン召喚を報せる文章が綴られた。
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