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二章 争奪の筋書き

Ⅳ カーテンの向こう側

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 クリンは武具庫へ案内されると、すぐさま自分に合った装備を整えた。

「どれもが名工により作られた逸品ばかりです」
 やや不快感を滲ませる女官が説明するも、今のクリンには気遣う必要はなかった。
 生きるか死ぬかの瀬戸際であり、反応も素っ気なく返す。
 静かに女官が舌打ちするも、クリンは気にしなかった。
 装備品を十分で選び終えると、続いてゾアが訓練出来る場所へ案内した。
 訓練場所とは中庭であった。
 空間術により、何をしても庭が傷つかない状態にされ、クリンは稽古に励む。


 椎野しいの紅燐くりん、二十八歳フリーター。
 親が好きな字を適当に当てはめ、文字の見た目がかっこよく、呼び名も可愛いからとこの名がついた。
 紅燐はこの名で虐められかけたことはあったが、母親が激しく怒鳴り、怒り収まらないままその子供の保護者と学校へきつく苦情を怒鳴り散らす態度を示した。
 気性が激しい横暴な正義感気質の母親の教えにより、『何かあれば怒鳴ってでも言い返せ』、『自分の正義を貫き通せ』、『強ければ勝ち。弱者共にヘコヘコするな』と言われてきた。
 やがて紅燐は、文句が多く、気に入らなければすぐに辞め、喧嘩腰の姿勢が抜けない女性に育つ。
 声は大きく、仲間内で騒がしく楽しむ事が好きで、文句を言ってくる連中へは自分の意思を押し通し、不貞不貞しく堂々とあった。
 付き合う男が貢いでくれる金をこっそり貯金し、仕事も楽に、昼間に終わるようなものばかりに励み、周りから仕事に関して口出しされるも、口答えと挑発的な態度をとって過ごしてきた。

 すぐに辞めれるアルバイトと付き合う男の収入。けして全うとは言い難い方法で金を稼いで生きてきた紅燐は、二十代で貧乏という状況を知らないでいた。
 こんな簡単に楽な人生を送れるのに、どうして周りの人間が苦労して生きているのか分からないでいた。
 ある日、好きな映画を観に映画館へ足を踏み入れた。
 不運にもその日は途轍もない爆破事件が発生し、紅燐は即死した。しかし、まるで起床するように目覚めると転生していた。

 五年前から転生モノの漫画やアニメが好きだった紅燐は、特に主人公が楽して優位に立つネタに惹かれた。自身もその部類に入れると実感し、“魔王を倒す旅の始まり”と意気込んで旅を始めた。
 しかし現実は過酷であった。
 現われる魔獣の凶暴性に苦闘し続け旅する事が嫌になる。
 仲間を集めようとするも、自分の意見が通らず口喧嘩しようとするも相手が上手ばかりで、延々と一人旅になってしまう。
 不快でしかない旅の数日後、魔獣の群れに囲まれ、死ぬ寸前の所で遠征帰りのガイネスに拾われ、城の女中として働かせて貰えるようになった。
 城の説明では転生者があと一人いると聞くも、一度も会う機会に恵まれず、”王に力だけ気に入られた腰巾着”と解釈して過ごした。
 先輩女中からの厳しい指導に嫌気がさし、十日で文句を漏らしながら仕事する事になる。
 そんな時、アルメに気付かれないように小さな宝石などや、食料を盗む提案を持ち出される。
 誰にも気付かれない事に味を占めた紅燐とアルメは、城を抜け出す算段を立てた時に幹部達に囲まれて敢えなく捕まった。
 城のモノは王の所有物と同義。例えそれが配下が使用するモノであっても変わりない。それを盗むような事があれば、それは死刑に匹敵する。
 その教訓を聞かされていた二人は、裁きが下るまでの間、恐怖に怯え苦しんだ。



 約一時間半の特訓を終えた紅燐は、決闘の準備を整えて裁きの間へ向かった。
 部屋には対戦相手が待っているも、その姿に驚いた。

「ほう、面構えは仕上がったな」
 対戦相手、それはガイネス王である。装備は胸当てと剣のみ。
「……あたし、王様殺したら……」
 王殺しとしてグルザイア王国の者達から追われる未来を想像した。
「案ずるな。コレは俺が提案した余興よ。俺がどのような末路を迎えようとも、すべからく自業自得だ。配下にも、もしもの時は貴様に手出しさせんと誓わせ了承済みだ」
 紅燐が周りを見ると、幹部達は受け入れた様子であった。
 ゾアが横から補足すると、もしも紅燐が勝てば、ゾアが無事に国外へ案内させると誓った。

「王様、いいんですか、そんな軽装で? あたし、命がけですから本気ですよ」
「むしろ剣のみで良い程だ」胸当てを握り拳で叩いた。「これぐらいは着けろとロゼットがうるさくてな、嫌々だ」
 仮にもバトルアニメで戦闘知識は入っている紅燐は、舐められた事に苛立ちと嫌気がさした。それが表情に表れる。
「やる気に満ちたな」
 ガイネスは剣を片手で構えた。
「来いガーディアン! 神の御使いと謳われる者の力を存分に発揮してみせよ!」
「格の違いを見せてやるよ!」
 紅燐は全身に魔力を纏わせて突進した。

 最初の一撃をガイネスに受け止められて鍔迫り合うも、二秒ほどでガイネスの腹部を蹴って距離をとった。
 すかさず両手に魔力の球体を出現させて放つ。
 見事ガイネスへ命中すると、続けざまにガイネスの頭上へ氷の塊を無数に出現させ、手を下ろして雨のように降らせる。さらに氷が止まない間に手を揃えて炎の球体を連続して放った。
「どうだ! 氷と炎の連続技だぁぁ!!」
 ゾアのおかげもあり、力が今までよりかなり増している。
 レベルがかなり上がっているなら、生身の人間に劣る道理はない。
 前世で望んだ、最強主人公が誰よりも優位に立って、戦う度に賛美される光景が頭に浮かぶ。
「あたしはレベルカンストしてんだよ! チートの実力を舐めてんじゃねぇよバカ王子がよぉぉ!!」
 勝利を確信し、攻撃の手を止めずに叫ぶ中、突如紅燐の意思に反して攻撃の手が止まった。
「愚か」
 傍でガイネスの声が聞こえた。
「え?」
 気付くと、自分の両腕が肘から寸断されて無くなっていた。斬られた腕は、床に落ちて血に塗れている。
 また、足に力が入らなくなり跪く。

「……い、いやあああああ――――!!!!」
 激痛と恐怖による悲痛な叫びが部屋全体に響き渡る。
「魔力はこう使うのだ」
 ガイネスは右足に魔力を纏わせ、紅燐の身体を紅いカーテン目がけて蹴り飛ばした。
 瞬時に紅燐は、蹴られた威力からカーテン越しの壁にぶち当たれば激痛は免れないと察し、直感で全身に魔力を纏わせ威力軽減に励んだ。
 しかしそれは徒労に終わった。カーテンの向こうに壁は無く、貫いて行き着いたのは円筒形の部屋。自分は三階から落ちていると気付く。
「い、いや……」
 僅かに宙を浮遊する最中、その存在を見てしまい激痛より恐怖が頭を支配した。
 部屋の最下には、獅子のような容姿をしながらも、体中のあちこちから手を生やし、黒く太い触手のようなモノを靡かせる化け物が紅燐を眺めていた。
 直感で餌となると分かるや、さらに化け物が人間のような不気味な笑みを浮かべ、口を開くと口中いっぱいに刺々しい歯が敷き詰められている。想像するだけで跡形も無く潰されて喰われると分かる。

「いやああああ!!! 助けて! 助けてぇぇぇ!!!」
 黒い触手がまるで蛇のように口を露わにして一斉に紅燐目がけて襲いかかる。
 手足を千切らんばかりの勢いで噛みつくと、勢いよく紅燐を引きずり込んだ。
「――いやだああああああ!! あああああ…………」
 無残な死を迎えたと言わんばかりに悲鳴が響き渡り、何か堅いモノが気味の悪い音を立てた。喰われたのが頭ではなかったのだろう。激痛に堪えきれないとばかりに悲鳴が上がり、やがて堪えた。
 想像を絶するほどの残虐な光景を覆い隠すように、揺れたカーテンが静かに戻る。
 アルメは、生存出来る未来が絶たれ、加えて恐ろしい死刑を目の当たりにし、恐怖で言葉を失い失禁した。

「くだらん。余興にしても粗末だ」
 たった今、激しい戦いが起こったとも思わせない様子のガイネスは、胸当てを脱ぎ捨てて玉座に腰掛けた。
「見事な戦いだ」
「どこがだ? 具象術で身代わりを置き、簡単な幻術で認識を逸らせ奴の傍に寄っただけのこと。すぐに気付く他愛ない術で勝てるというのだから、奴の祖国は知力の死んだ戦い方をしているのだろう」
 つまらなそうにするガイネスの元へロゼットは駆け寄った。
「胸当てすらいらんと言っただろ。お前でも容易に勝てたほどだ」
「とはいえ、危うい戦闘です。王の身を案じる者達の気持ちも理解して頂きたいものです」
「過保護だ。まあそれはいいとして、あの娘の処理だが」
 ゾアはすぐに化け物へ食わせれば良いのでは? と訊く。
「もうすでに腹は満ちてるだろう。食わせるのは後日として、それまで牢に繋いでおれ」
 兵達が敬礼し、アルメを連れていこうとすると、恐怖で我を忘れて抵抗する。
 ため息交じりに近づいたガイネスは、アルメの頬を殴って目を覚まさせた。
「自死など考えるなよ。死んだが最後、貴様の身内も奴の餌食だと思え」

 耳元で告げると、それ以降、アルメは抵抗しなかった。
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