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二章 争奪の筋書き

Ⅱ グルザイア王国の王

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 ゾア(身体はランディス)はグルザイア王国の兵達に囲まれるも無抵抗で連行された。
 玉座の間にてガイネスは小高い台座の上に設けられた玉座に座り、連れてこられたゾアを見下していた。肘掛けに肘を置いて凭れ退屈そうに眺めている。
「おお、これはこれはガイネス王、お初にお目にかかる」
 ゾアなりに礼儀正しい態度を取るも、国兵に叱られた。
 ガイネスは「よい」と言いつつ、手を動かして兵達を壁へ寄せた。
「俺も多忙でな、くだらん答えならすぐに斬る」緊張が部屋全体に張り詰めた。「貴様何者だ?」
 ゾアはガイネスが放つ気迫と魔力を感じとり、ついつい口元が緩む。
「まさしく王の気迫。敬意を表すとしよう」

 ガイネスが拳をゾアに向け、人差し指を弾くと青白い球体が勢いよく飛んだ。それは、ゾアの横を通り過ぎ床に穴を空けた。
「二度はない。無駄口を叩かず答えろ」
 殺気も混ざる魔力の弾を見ると、ゾアはまたも嬉しくあった。
「失礼。我が名はゾア。ゾアの災禍を起こす者、と言えば分かるかな?」
 一瞬にして部屋内の緊迫がさらに高まった。
 兵達は次々に剣の柄を掴んで構え、ガイネス側近の術師達も魔力を構えた。
 王命一つで争いが起きかねない事態である。それでもガイネスは表情ひとつ変えない。それは、驚きや怯えではなく、好奇心をそそられた事による魔力観察と考察からであった。
「腑に落ちん。貴様がゾアの災禍を起こす者なら、なぜ十英雄ランディス=ルーガーの姿をしている?」
「陛下! このような賊の言うことを聞く気でありますか!」
 側近の術師が声高に聞く。
「ダダ漏れの異質な魔力が物語っているだろ。知る余地はある」
 側近の専属術師が言い返そうとするも、ガイネスの気迫と臨戦態勢の魔力を感じ取り黙った。

「複雑な説明を省くと、諸事情によりランディス=ルーガーの身体に取り憑いて使わせて貰っている。災禍を起こすまでに色々工程が複雑でな」
 魔力の揺らぎから嘘を吐いていないとガイネスは察した。
「その言葉、信ずるに値する証拠はあるか?」
 ゾアは考え込むも、ゾアの災禍を引き起こすに必要な筋書きは証拠として見せるものではない。見せれるものは限られていた。
「これ位で我の異質を見抜いてくれると有り難い」
 右手の指を鳴らすと、部屋全体の光景が夕陽に染まる山脈の頂上へと変わる。風も冷たく匂いも一変した。
「陛下、これは!?」
 側近の術師が言いたい事をガイネスも感じていた。
 かなり高度な空間術、それを指を鳴らして起こし、尚且つ魔力の変動も緩やかに保ちつつ平然と構えている。
 変化した空間は正しく山頂へ移動したと錯覚しても仕方なく、寒くあるも空気の冷ややかさと壮大な景色が心を奪いかねない。
 気を許せば見蕩れてしまい低体温症となってしまう。

 ガイネスが握り拳を作り、肘掛けを力強く叩くと高度な空間術は解けた。
「ほう、無駄のない解除術。感服の極みです」
「不慣れな敬いなど見苦しいだけだ。普通にしていろ」
 ガイネスは立ち上がった。
「いいだろう! 貴殿の話を聞こう。場所は改めさせて貰うぞ」
 言いつつ手を動かして兵達へ指示を下し、ゾアを別室へ案内させた。
「陛下、宜しいので?」
「ああ、くだらん罪人共に嫌気がさしていた所だ。上質な余興が舞い込み気分が良くなった。止めても聞かんぞ」
 とはいえ、こうなっては止めても聞かない事を配下達全員が理解していた。


 一時間後、客間へ案内されたゾアはガイネスと向かい合わせの食卓へ座らされた。
「ゾアの災禍を起こす者……俄には信じ切れんが、まあ飯でも食って話を聞かせろ」
 まず初めの料理が運ばれ、ゾアは丁寧に料理を嗜む。その姿にガイネスは僅かに微笑んだ。
「ほう? 災禍を起こす者と豪語するなら、無様な豪快を露わにすると思ったが。品格はあるようだな」
「無論だ。下品下劣は我の嫌う所。知力の乏しさが極まった部類に堕ちるのは意に反するのでね」
「くくく、正論だ。俺も同じ考えよ」
 ガイネスは大きく呼吸し、改めて姿勢を正す。
「すまんな、くだらん雑事が重なり気が立っていた。ここからは落ち着いて話せよう」
 改めて二人は杯に入った酒を掲げ、乾杯した。
「さて、ガイネス王としての認識では、ゾアの災禍が如何な災害と捉えている?」
「”人間の記憶に残らん未曾有の災害”。俺の考察は大災害の後、生き残りの記憶を消すほどの追い打ちなる魔力の波が襲うと考えている」
「お見事、六割がたは当たっている」
「それをハズレと言うのだ、まあいい。それで、なぜわざわざ俺の前に現われた? 災禍を起こすならさっさと起こせば良いものを」
 一切の怯えを示さず、気迫も魔力もぶれることはない。
「災禍には五つの工程が必要でな、我はそういう筋書きを考えるのが苦手なのだよ。ここへ来る前に数人の人間に色々聞いてはみたが、どうもすぐに怯え、我と戦おうなどと正義感が働き無駄死に至ってしまう。恥ずかしい話、どうやら交渉も苦手分野だと思い知らされてしまったよ」
「まさしく歩く災害よな。災いが零れ、その辺にまき散らすとは勿体ない。災禍の前に人間が潰えてしまってはただの自然災害だ、管理も苦手と見える」
 忠告する表情は嬉しい思いが滲み出ている。
「悲しきかな、返す言葉もないよ」
 人が死ぬ話でも談笑に転じてしまうのは、ガイネスの好みと分かる。

「どうあれ、紆余曲折を経て知り得た情報ではな、グルザイア王国の王は争い事を好み、力で国民を抑圧しているというではないか」
 ガイネスはガラスの杯を動かし、中の酒を回して眺めた。
「フフ、けしからん噂が立つものよ。理解の乏しい凡人風情の戯言にしては語彙の無さが窺える。貴様も俺の前へ、悪人成敗と躍起になって訪れた訳でもなかろう?」
「ああ、我は話をしたいのだよ。真っ当や善良といった人間如きが相手だと、我の相手は荷が重く死んでしまう事態に陥ってしまってな。普通の人間を手当たり次第に当たれば、先ほど貴公が申した通り、災禍を起こす前に人間が死にすぎてしまう事態は防ぎたい。災害は怯える役者が大勢いなくては面白くないからな」
「ククク、正論だ」
「そこで貴公に目を付けた。我すらも受け入れるであろう寛大な器量の持ち主と判断し、こうして足を運んだまでだ」
 ますますガイネスの気分は良くなった。
「いいだろう。最近は、毛ほども心躍らん日々を過ごしていた所だ。退屈凌ぎに俺の知恵を授けてやろう」
「知恵を求める手前、聞くのもおかしなものだがいいのか? 世界を滅ぼす災禍を起こす者に肩入れしても」
「俺の心躍る事態こそがこの世において最も優先すべきこと。ゾアの災禍であろうと例外はないわ」
 ガイネスの人間性が自身に適していると悟ったゾアは、微笑し、酒を一口飲んだ。

『ゾアの災禍に必要な筋書き』
 それは、災禍を引き起こすまでの工程である。世に点在する”特異な存在”を利用して善悪の均衡を保ちつつ、双方の力を増していく舞台設定。ゾアの災禍を完成させる為の下準備である。
 また、”特異な存在”は現代文明においても理解の及ばない力を持つ存在を指し、ゾアは【素材】と呼んでいる。
 上手く素材を利用して活かしつつ筋書きを綴ることで災禍を引き起こせる。災禍の度合いは筋書きの度合いに比例する。

「……それで、形成された災禍は世界の再形成において必要な災害と?」
「ああ。特異な力が数多く存在するこの世界において、どうしても力の均衡は崩れてしまう。例え話になるが誰であれそうではないか? 強力な兵器や術を独占したいし、金品の総量などは権力や財力を表わす基準だろ?」
「人間に備わる欲望なのだから仕方ない。重要な本能と言えるだろう」唇に右手握り拳を当てて考えた。「つまり、ゾアの災禍を引き起こす事であちこちに偏った力を分散し、ついでに不要な人間……というのは穿った考えか。……生物としよう。それらを間引くというのだな」
 ゾアは杯に入った残りの酒を飲み干し、傍に置いてある布巾で口元を拭いた。既に料理は食べ終えている。
「理解が早くて助かる。我に会い、不運の内に死んでいった人間共と違い、災いすらも受け入れる器量には感服の至りだ」
「何もおかしくはない当然の事だ。あらゆる難儀を乗り越え成長し、進化して魅せるのが人間という存在の純然たる在り方よ。超えねばならん巨大な壁が堂々と災禍の詳細を語ってくれるなら受け入れるのが道理。むしろ、偏った正義感をむき出しに反発しようなど、弁え知らずも甚だしい。錯乱した無粋な輩は死んで当然だ」
「心地よい語りを聞かせてくれるのは、我としては嬉しくあるが、災禍が起きれば貴公も渦中で悶え苦しむ危険を孕んでいるのだぞ」
「大いに結構! むしろ歓迎よ。残りの余生を国の管理などに費やすなど生きた屍も同然よ。記憶にすら残らん未曾有の災害など、俺の廃れていく心を奮い立たせてくれる活力そのもの。もったいぶらんでもいい、さっさと災禍を起こせ」

 ゾアは指を揃えた右手の平をガイネスへ向けた。

「好奇心と闘争本能が勝り、気が逸るのは結構だが、筋書きをどうするかは必要不可欠。より上質な災禍を望むとあらば、相応の筋書きを拵えねばならんのでな」
 ガイネスは笑みを絶やさなかった。
「俺をここまで焚きつけておいて意地の悪い取り決めよ。……とはいえ、俺も書き物は得意ではないからな。その筋書きとは何をもって達成とされるのだ?」
「複雑な事は何も無いさ。演劇における一演目の流れを俺が知り、それを実行させるよう力を振るうのみ。後は素材がそれなりに演じてくれるだけのこと。その際、善悪の均衡が保たれ、尚且つ双方が引き立てられなければならない。力の引き立ては強くても弱くても良いが、あまりに弱すぎてしまえば筋書きは成立しない」
「一演目に序破急を組み込む戯曲を拵えろと? 例えばそれは、『誰もが勝利困難となる化け物を登場させ、戦わせる』といった具合の端的な筋書きでもいいのか?」
「戦うのは人間の自由。故にそれだと『強力な化け物出現』で終わる。放置するも挑むも自由だが、あまりにも単調すぎてしまい筋書きとしてはあまりに弱い。”倒せば財宝や特殊な力などの苦難に見合った報酬、失敗すれば災難が降りかかる”といった具合の条件を加えてようやく筋書きとして形を成す。達成の是非により、何を成すかというのも重要だ。とはいえ、これでも筋書きとしては弱いだろうな」
「頭の痛い話だ。催し物の土台にさえ手抜かり無く拵えなければならんとはな」

 話の途中、女官が部屋を訪れた。
「失礼します」
「どうしたルイシャ。今いい所なのだがな」
「お楽しみの所申し訳ございませんガイネス様。しかし、準備が整いましたので」
 あからさまに嫌な表情が露わとなり舌打ちする。
「やはり害虫は存在するだけでも不快だ」
「どうした? 何か強敵を相手にしているのか?」
「いや、罪人の裁判よ。死罪に匹敵する罪を犯したのでな」
「見に行かねばならんと? さっさと殺せばよいものを」
「俺が王である故にそうもいかん。一応は罪人を見定めて相応の裁きを下さねばならん立場だからな。筋書きの話、翌日に持ち越してもよいか? この後は気を害されるのでな」
「それは構わんが」その思いは不意に訪れた。「……もし良ければ我も裁判とやらの現場を見てみたい。構わんだろうか?」
「興味本位か? 見るに堪えん醜態を目にするだけで不快以外の成果は得られんぞ」
「人間を知る良い機会だ。面白おかしい催し物が浮かぶやもしれんしな」
 ガイネスは目を瞑ってため息を漏らした。
「やれやれだ。……まあいい、好きにしろ。後で気を悪くしても俺は知らんからな」

 部屋を出るガイネスの後をゾアはついていった。
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