烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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二章 争奪の筋書き

Ⅰ ランディスとゾア

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 ジェイク達がレイデル王国へ入国する十日前。
 ランディスの身体を利用して行動するゾアはガニシェット王国のある山の頂にいた。下界を眺めてため息を吐く様子から、何かが上手くいっていないと窺える。
(一通り世界を見てきたが、筋書きはどうしようか…………面倒になってきたぞ)
 ついつい本音が漏れる中、自身の中で意識の動きを感じる。
「数ヶ月ぶりの目覚めはどうだ? 十英雄」
(……こ、これはどういう……)
 目覚めたランディスが身体を動かそうにも、思い通りに動かない奇妙な感覚に陥っている。
(誰だ貴様!)
 怒鳴っても声が出ない。ただ、風景を見る事しかできない。

「まずは自己紹介といこう、何事も挨拶は肝心だからな。我はゾア、と名乗っている。お前の仲間から名付けられた」
(嘘を吐くな! 俺の仲間に貴様のような得体のしれん奴と付き合う奴はいないぞ!)
「事実だ。ビンセントという奴だ」
 親友がなぜこんな奇妙な奴と付き合うのか謎であり当然反論する。いちいち答える気のないゾアは話を無理やり止め、こうなった経緯を説明した。
(今日は厄日か? 筋書きが決まらん、面倒な奴が目覚める、五月蠅い)
 心中で嘆きを呟く。説明しないことにはランディスが静まらないと思い、ここまで至った経緯を簡単に教えた。
(時の狂禍……ビンセントが魔女と?)
 にわかには信じられない話を次々に語られ、ランディスは理解しようにも何一つとして理解出来ない。
「まあ、常人と同じ知力しか持ち合わせんお前如きに理解してもらおうなどと思っておらん。とりあえずは災禍を起こすまでこの身体は借りる。それだけ分かって貰えればいい」
(ふざけるな! 今すぐ身体を返せ!)
「お前、自分がどういう状況かまるで理解出来てないようだな」
 ランディスの考えでは、ゾアに自身の命を握られていると思い込んでいた。
(脅しにもならん! どうせ俺が命乞いするとでも思ってるんだろ! お前に身体を使われて多くの人間が傷つくようなら、俺は死を選ぶ! 殺したければ殺せ!!)
 またも説明しなければならないと踏んだゾアは、深いため息を吐いた。

「我がそのようなくだらん人種と同類と思われているなら悲しい話だ。我は我自身の”役目”を全うするだけのこと。さらには他者の命を重んじるお前の意思を間接的に尊重しているというのになぁ」
(戯れ言を! 俺を)「たぶらかそうと――?!」
 突然身体の主導権を明け渡された。
 勢いよく前のめりで怒鳴ったせいもあり、座っている岩から落ちそうになる。
 どうにか近くの岩やくぼみを掴み、姿勢を立て直した。
「え?!」
 戻ったことに戸惑うのも束の間、突如全身から煙のような魔力が吹き出し、全身を包みだした。
 身体に急激な重みを感じ、岩にしがみついては体内から身体を突き破りそうな痛みが発生する。
「う、ぐぅぅ……、――がああああ!!!」
 苦しむランディスの傍らで、異国の服を纏ったゾアが現われ、しゃがんでつまらそうに傍観した。
「ほら見たことか。お前は今普通の人間ではなくなっている。そのままでは望み通りに死ねるぞ」
「……う、ぐぅぅ。貴様に……使われるぐらいなら……」
 言葉を絞り出すにも喉の奥から痛みが走る。
「死んでも良いと? まあ死ぬだろうが、このままではお前は魔女となって人々を惨殺し続けるだろうな」
 ランディスは驚き、反論しようにも声が出せない。
「さらにここは山脈の頂上。魔女狩りに励む勇者が現われようとも、到達にはかなりの苦労を必要とするだろうな。仮に魔女狩りを成功したとして、何十年かかるかどうか。どうする? 我がお前の身体を使う間はそんな事態に及ばんぞ」
 しかしもう、何も言えなくなっている。
 ランディスの意向がどうあれ、ゾアもランディスの身体を欲している事に変わりなく、返事を待たずに身体を乗っ取った。

「う、ぐ、ううう……」
 全身筋肉痛のような痛みに耐え、ゾアは大の字に寝転がった。
「どうだ分かっただろ。お前に我をどうこう出来る……?」
 体内へ意識を集中するも、ランディスの意識が反論すら出来ない程に弱っていた。
「……まあいい。これでしばらくは静かになる」
 ランディスの容態など、ゾアにはどうでもよくあった。ただ、現状の問題である”筋書き”をどうするか、その問題しか今は頭にない。
 しばらく考えて導きだされた結論は、”知恵の回る人間に考えさせる”であった。
「抵抗魔力の強い土地の者に聞くか」
 人間への情報収集が必要と判断し、どの国の人間に当たろうかを決め、向かった。

 ◇◇◇◇◇

 ゾアが動きだした翌日の夕方。
 ガニシェッド王国の隣国・グルザイア王国にて、異質な魔力の揺らぎが発生した。

「失礼します陛下」
 一人の女官にグルザイアの王が「入れ」と命令した。
 国王・ガイネス=バル=グルザイアは窓から見える景観を眺めながら酒を胆嚢していた。本日は王としての公務に加え、ある犯罪の報せも受けて苛立っていた。この夕方の休憩で朝からの疲れを僅かばかり癒やし、苛立ちを鎮めようと一杯の酒を飲んでいた矢先の異常事態。
 ガイネスも魔力の揺らぎを実感していた。
(面倒事は重なるな) 
 入室した女官は跪いた。
「急な報せにございます。たった今」
「未知の魔力を感じたのだろ? 俺が感じぬとでも思うたか?」
 ガイネスは立ち上がり小テーブルへ杯を置いて命令した。
「それで、異質な魔力の正体は掴めたのか?」
「はっ。ロゼットの報告ではレイデル王国の十英雄、ランディス=ルーガーと。しかし、その様子が……」
「ほう。魔女狩りの英雄が……。よもやここまで異質に豹変するとは興味深い。兵達に報せろ、厳重に警戒しつつ広間へ連れてこいと。俺が直々に精査してやろう」
 女官は返事をして部屋を出ると、小走りで王命を報せに向かった。
「なんとも忙しい一日だ」
 杯に残った残りの酒を飲み干し、ガイネスも着替えに向かった。
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