烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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一章 フェンリル

Ⅶ 前世の苦い記憶

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 会議室では転生者三名をレイデル王国にて保護する作戦の最終確認であった。
 フェンリル戦後、着々と準備を整えており、ジェイクが眠っている間に召喚の妨害工作はレイデル王国内で出来ていた。
 既に国境を越えた平地では有力な術師達が陣を敷いて構えている。
 時間配分として午前九時に出発し、午前十一時に妨害部隊の陣地へ到着とされている。
 現在午前七時。二時間は国境で時間を潰す事になっている。
 グレミアも妨害役に参加するとあり、この二時間は別室にて術の準備に励んでいる。
 何もする事が無いジェイク達は準備時間となる。
 サラは妨害術がどういったものか興味を持ち、グレミアの後をついていき、朝食を済ませたジェイクは砦の屋上で景観を眺めようと向かった。

「ん?」
 屋上には既にトウマがおり、手すりに凭れ、呆然と風景を眺めていた。
「よう。無事か?」
「……ジェイクさん、大丈夫ですか?」
 一目で元気がなく、気遣いも無理があるのは分かる。理由は明白であった。
「元気ねぇな。あの野郎の事だろ」
 誰一人として敵わなかった男の存在を出すと、トウマの眉根が少し動いた。
「……分かります、よね」
「まさかだけどよ、お前一人でどうにかしようなんて考えんなよ」
「そう見えます?」
 無理に笑うも、ビィトラが現われた。
「嘘つき。ずっとどうやって倒そうか考えてたじゃん」
「ビィ!」
 ビィトラはそっぽを向いてどこかへ飛んでいった。

 ジェイクは静かに大きくため息を吐いた。

「ビィトラの気持ちも分かるぜ」
「ジェイクさん!」
「まあ落ちついて聞け」
 悔しく燻る思いを抑え、トウマは黙った。
「お前は血なまぐさい戦とは無縁の世界にいたんだろ。戦場で思い通りにいかん事を経験するのは全てが初めてのはずだ」
「でも、だからってああいう奴がいるんだったら、また会いますよ!」怒りが滲みでて語気が強い。「その時は確実に殺されます。どうにかしようって考えて何が悪いんですか!」
 ジェイクはトウマと向き合った。
「奴はお前の大事な者を奪った敵か?」
「違いますよ」
「じゃあ、ボコボコにされた腹いせか?」
 少し返答に間が開く。
「……違います」
 とはいえ、様子からもそれが原因の一端を担っているのは窺える。

「……ちょっとした昔話だ……俺が二十歳になる前のな」
 ジェイクは風景に視線を向けた。
「喧嘩は昔から強かった。剣術もまあまあ出来て、故郷の村じゃ俺に敵う奴はいなかった」
「自慢ですか」
「だったらどれだけいいか。まあ黙って聞けよ」
 トウマは大人しく黙った。
「十八の時、国兵選抜試験があった。母国の雰囲気は、旅で見てきたのと遜色ないから想像しやすいだろ」
「……まあ」
「若造がド田舎でイキがってただけで、本場の真剣勝負では明らかに雲泥の差だった。あっさり落選したよ。それに”田舎でどれだけ強かろうが意味はねぇ”って馬鹿にもされたな。……今思っても、それで泣いて田舎へ逃げりゃ良かったんだ」
 どこか寂しげな雰囲気が漂った。
「何があったんですか?」

 続きには少し間が開いた。

「……国兵に選ばれるには他にも方法がある。それが”武勲を挙げる”だ。国に害をなす化け物討伐や戦争の相手国兵を多く殺すとかな。化け物ってのは、この世界で言うところの魔獣ぐらいを想像してくれ。で、馬鹿にされたままじゃ悔しい、俺の実力はこんなもんじゃねぇって躍起になっちまった。完全に馬鹿にした連中を見返したい一色に染まってた。俺はうってつけの有名な巨大化け物が徘徊する谷へ向かったんだ」
 トウマは何も言わず、黙って聞いた。
「仲間は俺を含めて五人。腕の立つ喧嘩仲間だった。……全員、気の良い奴だった。嫁さんや子供の為への稼ぎって考えてるヤツもいたなぁ」
 次の話まで、一呼吸ほどの間が空いた。
「……化け物退治はやたら苦戦した。デカいわ強いわ、剣もなかなか通らんわで悪戦苦闘。けど、五人揃って満身創痍でようやく倒せた」
「武勇伝じゃないですか。五人で兵士になれたってオチでしょ?」

 吹き付ける風が、ジェイクの心情に呼応しているようであった。
 即答されず、少し間が開く。

「……ジェイクさん?」
「兵士にはなれなかった。……生き残ったのは俺だけだ」
「え、でも……」
「倒した奴が化け物の親玉で、これで一安心と思ったのが間違いだ。連中の習性には仲間を殺されたら殺し返すってのがあったんだろうよ。疲れ切った俺らの前に、倒した化け物より一回り小さい化け物が八体現われやがった。まともに対峙なんて出来ねぇってんで、五人揃って逃げて戦って、逃げて戦っての繰り返しで安全圏まで向かったよ。けど、仲間が次々に死んでいった。爪で切り裂かれたり、捕まれて岩壁にぶつけられ、喰われ、ひでぇ殺され方だったぞ。人間の死に方じゃなかった」
 そんな獰猛な化け物八体からどのように逃げ切れたかが気になる。
「どうして逃げ切れたんですか?」
「アレは逃げ切れたと言えねぇな。俺もいよいよ瀕死で動けなくなって、化け物が群がって一巻の終わりを悟った時だった。俺らが谷へ入った報告を聞いて国兵が現われた。それで助けられて俺は気を失った。目覚めたら軍基地の医務室だ。けどこれで終わりじゃねぇ、地獄はまだ続いたんだ」
「何があったんですか?」
「死んだ仲間の親族が泣き叫び、俺を助けた国兵の何人かが重傷だ。あんとき、俺も死んどけば良かったと強く思ったよ。……母国じゃ俺は完全に死神扱い、居場所がなくなって別の国に逃げちまった」
「じゃあ、第三騎士とかになったってのは?」
「丸一年ほど逃げて行き着いた国で、奇しくも巨大化け物退治の依頼があってな。路銀も尽きかけだからそれに飛びついたのがきっかけだ。まあ、そっから先も別の地獄だからここまでだな」

 再び、真剣な顔で向き合った。

「俺が言いてぇのはな、くだらねぇ挑発ぐらいで感情任せに暴走すんな。怒り任せに憤る気持ちは俺が痛いほど分かる。しかもその性根が全然治りゃしねぇ。それで転生者にもなっちまったようなもんだしな。けどな、怒り任せで敵と自分の実力差が見えねぇまま突っ込んで無駄死にするな。本気で勝ちたきゃ仲間を頼れ、冷静に全体を見ろ。あとは次会うときまで強くなれ。俺より頭良いお前なら出来る。そんで、俺らにもお前を頼らせろ、強ぇんだからな」
 トウマは背中を少し強めに叩かれ軽く咳き込む。
「けどお前、凄い術使えるようになったな。あのでかい矢、なんってぇんだ?」
「無我夢中で出来ただけですよ。名前はまだ無いですけど、一応……鳥を想像してたんですけど……」
 形がまるで出来ていなかった事をようやく知り、少し気まづい。
「形がどうあれ、あの術に助けられたのは確かだ。これからも頼りにしてるぞ大将」
 今度は胸を拳で軽く突かれた。
 自分が弱者であることを痛感したトウマだが、ジェイクの励ましにより気を取り直せた。
「はい!」

 ようやく、憑きものが払われたように吹っ切れた。

 ◇◇◇◇◇

 正午前、転生者三名は馬車に乗り、総勢二十名の騎乗した術師や兵士に囲まれ、大所帯でレイデル王国の目的地へ到着した。
「……なんか……あたし達、凄い貴族みたいですね」
 サラが小声でジェイクとトウマに訊く。
「なんか、ちょと恥ずかしいですね」
「目立ちすぎだろ。王様の賓客じゃねぇんだからよ」
 多くの術師や兵に歓迎される様子を恥ずかしく思い、三人は馬車を降りたい気持ちが強まる。
 三人の元へゼノアが寄って来た。 
「もうすぐ正午になります。これから召喚阻止の術を発動させますのでよろしくお願いします」
「ああ。こっちはいつでも大丈夫だぞ」

 代表してジェイクが答えると、懐中時計を見たゼノアは、兵達に向かって合図する。

「全員、配置に点け!」
 指揮する声を聞いた三人も、いよいよ緊張が増した。
「どうなるんでしょうね」トウマが訊いた。
「分からん。こればっかりは起こってからでないとどうにもな」
 召喚阻止作戦はレイデル王国側で二重の構えをしている。

 一つはゼノア率いる召喚阻止組が、正午に召喚を妨害する作戦。もう一つは、レイデル王国側で召喚術を発動させる作戦。
 どちらも有能な術師達を配置し、万全の阻止作戦を決行していた。
(ジェイク来たわよ)
 守護神三柱が、それぞれの転生者達に念話で報せた。
 どうやら守護神達のほうが異質な魔力を感じる機能が備わっているのだと分かるも、ジェイク達は何も出来ず、全身に力が入る。

 間もなく、体中に纏わり付く生暖かい空気を感じた。そして、全身に重しがかかったように感じると、召喚阻止の詠唱が始まった。
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