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一章 フェンリル

Ⅴ 満身創痍の決着

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 多量の魔力を一カ所に集めるのは困難を極めた。
 今までの魔術では、トウマ自身が耐えれる魔力量だけを放出していたので身体への負担は無かった。『レベルが上がれば放出量も上がる。レベルと放出上限は比例している』そう思い込んでいた。しかし”レベル”に関する概念は、無理をして戦うジェイクを見て認識が変わった。『レベルに見合った放出上限は安全圏であり、それ以上は反動が大きい』そのように思い込みを変えた。
 魔力の残量が転生者の生命維持に必要不可欠なのは分かっている。だが、ギリギリまで無理は出来る。安全圏を越えた、さらに生命活動圏内ギリギリまで。
 今、トウマは上限を超えた魔力放出を行っている。かなり負担は大きいが、無理をすれば上限超えは可能と分かったのは嬉しくあった。 

「ダメだトウマ! 魔力が制御しきれてない、右腕失うよ!」
「……ぐぅっ! ……諦めない。……ここで逃げたら、何も……変わらない!」
「けど!」
 ビィトラにはトウマがみんなの為に感情的に任せて上限超えを行っていると思われた。しかしトウマは冷静である。右腕の苦痛に耐えながらも、暴走する魔力を感じている。
 “凝縮が出来てるか出来てないかの違いよ”
 “概念がそうさせたのかもしれない”
 かつてミライザの指導で教わった魔術の知識が脳裏に蘇る。

 自らの魔術は、前世で観た映像の影響が強すぎて形にこだわりすぎている。
 魔力の放出と演出だけが際立っているから、中身の力が乏しい術を繰り広げていたにすぎなかった。
 レベルは関係無い。根本的に”思い込みと見様見真似で出来ている”と感じていた。
 誤った認識をこの世界における魔術の概念に寄せるしかない。それが魔力消費を抑えた強力な術を発生出来る方法。
 トウマの中で導いた、無理やりすぎるこじつけのような結論。
 正しいか間違いかは分からない。しかしこれに縋るしか無い。そうしなければ大技が編み出せず、仲間がフェンリルに襲われて死ぬ危険度が増す。
 無茶な考えではあるが、可能性はあった。
 レベルに見合わない魔力放出が可能ということは、制御出来る力量もあると考えられる。
 今まではイメージと放出ばかりに気を捕らわれていたから強い術もレベル相応と思い込んでやり過ごしていた。しかし、ジェイクの烙印技はレベルの概念を無視した力である。瀕死に陥った時もあったが、それでもどうにかものに出来ている。

 結論、魔術は無理すれば進化させることができる。『レベル』の概念は、前世のゲームに用いられた概念ではなく、”まだ知らない何か”を数値化されている力量の指数。

 自らの考察が導きだした理屈を信じ、今はフェンリルを討つ事に集中した。
 とはいえ、物理的な限界は右腕のあちこちに走る傷が物語っている。

「トウマ! 右腕が壊れるよ!」
「……い、ぎぎぎぃぃ……」
 激痛と力が抜けていく状況に耐えながらもトウマは止めない。
 立つことすら困難である消耗の中、両足を踏ん張って立ち続ける。
「……これでいい……ここからだ」
「何が!」
「……力は、十分……出た。……う、ぐぐぅぅぅ……。あとは……制御」
 溢れる魔力を凝縮するイメージは、痛みが邪魔をして浮かべ難いが、それでも続ける。
(だめだ。ただ凝縮しても、これじゃただ殴る力が増すだけだ)
 凝縮により至る結論から、さらに対応策を講じた。
(飛ばすイメージ。なにか、奴に飛ばして当てる。飛び道具)
 持ち得る知識を必死に絞りだす。

 右手を翳し、何かを飛ばす。
 ”魔力の弾”、小さくても強力だろうが、連射が出来るか分からない。
 一発で済ませる形状。
 ”弓矢”、飛び道具の定番だが、”弓”をどうしても連想してしまう。そうなると弓を形成する魔力が惜しい。矢だけをイメージしたとて、どうしても”弓で射る”イメージが続いてしまう。
 ”槍”、飛ばすより、投げるのイメージが強い。
 トウマは固定観念が強すぎる頭をこの場で嘆いた。それでも続ける。
 もっと、ありきたりな概念を捨て、尚且つ有効な形状。
(先の尖った……尖って、腕を伝って飛んでいく)武器として想像するより、”魔法”と認識すれば、幻想的な術が浮かぶ。(…………鳥)形状が定まった。
 いよいよ立ち続けるのが困難となり、片膝を地面についた。

「――トウマ!」
「……い、くぞ」
 これ以上考え続けるのは無理。
 右腕を持ち上げ、手の指を揃え指先をフェンリルへ向けた。
 フェンリルには烙印の刃が次々に当たるも、次第に慣れたらしく飛んでくる刃を前足や尾撃で叩き潰している。
 このままではジェイクが力尽きてしまう。
「今しか……ない!」
 右腕の切り傷が胸部や顔にまで及ぶも、トウマはイメージ固めに専念する。
 指先から先の尖った槍の先端が現われ、それがくちばしのような形状となる。しかし、鳥の頭部の形状には至らず、手首辺りから肩にかけての魔力は後方へ放出するような形となった。

(形、最悪。マジで痛いけど、今はこれでいい。不細工でもやるしか!)

 指先をフェンリルの胴体へ向けて全身に力を込めた。
 ちょうど、ジェイクも烙印を連続で飛ばす攻撃の最中である。
 大砲を撃つイメージ、
 鳥が腕を伝って飛んでいくイメージ、
 とにかく、勢いよく飛んでいくイメージ。
「……射貫け」
 それは無意識で引き金を引いたとしか言い様がなかった。それほどトウマはどうやって飛ばしたか分からない。しかし、槍のような鋭利な先端を築いた魔力は、フェンリルの胴体目がけて放たれて見事に貫いた。

 この術を見たジェイク、サラ、グレミアは、羽の生えた槍のようなものがフェンリルを貫いたように見えた。

「グガアアアアアア――――!!!!」

 断末の叫びが響くと、生き残った魔獣達は動きを止め、やがてフェンリル目がけて駆け寄ってきた。
 何が起きるかと考える間もなく、一番に駆け寄った魔獣がフェンリルに食われるのを目の当たりにした。
 魔力の見方が分からない転生者三人は、捕食して回復を図っているように感じるも、グレミアには別の意図を察した。
「まずい! 魔獣を捕食して融合を図ってる!」
「ええ!?」
「サラ、作戦を実行します」
「はい!」
 二人はグレミア案の作戦に移った。


(私とサラでフェンリルを分解します! 魔獣の相手は任せます!)
(任せろ!)
 念話で答えつつ、ジェイクはフェンリルへ向かう魔獣達を斬り続けた。先ほど同様に烙印技の連続使用で次々に。
 負傷して動けないフェンリルを畳み掛ける作戦が決行される中、トウマは仲間を助けたい一心で、満身創痍ながら立ち上がった。
「無理だよトウマ!」
「けど……まだ、出来る」
 右腕は動かすことすら困難なほどに傷だらけで血まみれだ。よって、無事な左腕を使おうと魔力を込めた。
「もう無理すんなトウマ!」
 ジェイクの言葉を無視して、トウマは氷の魔術を放って加勢しようと試みる。
 途端、全身の力が一気に抜けて倒れてしまった。
 視界も次第に焦点が合わなくなり暗くなる。土と草の匂いも薄らいでいった。
「だから無茶だって!」ビィトラが心配してトウマの背に手を触れた。
 守護神が転生者へ手助けすることは出来ない。しかし、生存確認は取れる。ビィトラが行っているのはそれであった。
「トウマ!」
(大丈夫、無理が祟って気絶してるだけだから)
 ビィトラの念話を聞いてジェイク達は安堵した。

 再び魔獣狩りに精を出すも、こちらも気を抜くと倒れてしまいそうなほどに疲弊していた。

「そろそろ手を変えないと危険よ!」
 ベルメアに忠告されるも他に手が浮かばない。
 とはいえ、ここで引いた所でまた窮地に立たされるのは目に見えている。
「……もう、少し……トウマが作った活路だ」
 ひと踏ん張りとばかりに烙印技で刃を飛ばして魔獣を一斉に狩るも、そろそろ左手に痺れをきたし始めた。
 ただ、グレミア達の術を待つのみである。


「深淵より出でし神聖なる牙よ、遙か地に舞い降りし神、海より至りし騎士よ――」
 サラは頭に浮かんだ言葉をそのまま声にした。
 この詠唱はグレミアが念話を利用した印字の一種であり、まるで思い出すように言葉がサラの頭に浮かぶよう綴った。
「ベイン・アリューシア・メイゼリエス・バロス――」
 一方でグレミアは長文の唱術に励んでいる。
【複合異種詠唱術】
 同じ効果をもたらす異なる唱術を合わせる事により、術の効果を相乗させる技である。
 二人の唱える文章は長く、全てを唱え終わるのに早口なら二分はかかるが、不慣れなサラの詠唱に合わせる為、早くても五分はかかる。
 ジェイクの左手が痺れをきたしたのは唱え始めてから二分後であり、三分経過した時点で、立つのも困難なほどに足が震えだした。

「ジェイク、このままじゃあんたもトウマみたいに気を失っちゃうわよ!」
「もう少し、もう少しだ」
 ジェイク達は複合詠唱術がいつ終わるか分からない。聞きたくても唱術の邪魔をすれば全てが始めに戻ってしまう。
 何が何でも二人の邪魔立てをせず、最後の最後まで諦めずに魔獣を狩るしか手は残されていない。しかし、このまま同じ方法を続けるのはさすがに限界であった。
「ベル、最後の大技……ぶちかますぞ」
「……生き残れる技にしなさいよ」
 ベルメアの心配は、ベルゲバの塔での瀕死状態にならないよう願うのみであった。
 ジェイクは烙印を満タンまで溜め、フェンリル近くまで跳んで寄ると、剣を構えて念じた。
 大技の準備をするジェイクを余所に、魔獣達は次々に森から迫ってきた。
 もう、ジェイクを信じるしか出来ないベルメアは何も言わずに”無事に終われ”と願った。

(今までは単発で烙印を使ってきた。なら、全てを籠めれば、俺の想像通りの現象が起きても不思議じゃねぇ!!)

 またも賭けである。
 全ての烙印を一斉に剣へ籠め、どういった事象を起こしたいか想像する。
 今まで願ったとおりの場所へ烙印が効果を発揮させたから、一斉に使用する事も可能かもしれない。そんな”漠然とした可能性”で実戦した次第だ。
 結果、運の良いことに、剣の刃に烙印の力が籠もり、見た目もいつもの五倍はある紅い気功のようなものが纏わり付いていた。
(想像しろ想像しろ)
 この体勢で行えるのはただの一振りしかない。
 いつも通りの刃を飛ばす方法だと、効果的ではあるが何処まで刃がもつかが分からず、この先に人間がいるなら切断してしまう。
 だからジェイクが想像したのは、激しい暴風であった。それも魔獣にのみ・・・・・効く暴風。
 標的以外はただの強風が吹き付けると考え続け、想像をより明確に固めた。
「くらいやがれぇぇ!!!」
 残りの力全てを使い切る勢いで剣を振り抜くと、広範囲の扇状に暴風が吹き付けた。同時に、フェンリルを囲う円陣内で上昇気流が発生する。

「――燻る淀み、荒れ狂う邪なる呪いよ飛び散れ」
「――ベイギライト・アーバル・ヴェリ・ボーザ」
 グレミアとサラはフェンリルへ向けた両手から白く輝く魔力を放った。
「ネイス・バーライン!!」
「ネイス・バーライン!!」
 術が発動すると、上昇気流が光の柱の如く輝き、白い光の柱が出来上がった。
「――ぐうおおぉぉぉぉぉ!!!!」
 姿は見えないまでも、フェンリルの雄叫びだけが響き渡る。


 暴風を発生させたジェイクは、終えた矢先、足から崩れるように倒れた。
「ゼア、ヒャア……ヒャア……――」
 喉を鳴らしながらの乱れる呼吸。
 耳も遠くなりだし周りの音が聞き取れない。
「しっかりしてジェイク!」
 遠くに聞こえるベルメアの声。
 いよいよ視界がぼやけだした。それでも、光の柱を見ると作戦が成功したと思い安堵する。
 何度か呼吸を続けると、まだまだ乱れ具合は収まらないまでも音は鳴らなくなった。
「はあ、はあ、はあ、成功……はあ、はあ、したな……はあ、はあ」
 一方でベルメアは別のものに恐怖する。

 ジェイクが吹き飛ばしてかき消した筈の魔獣達が、黒い塊となって霧散し、残骸の雨の如く地面へ落ちた。その黒い塊が次々とあちこちで集まり、小さな魔獣の群れを造り上げた。
「……嘘……どうして」
 ベルメアの様子から、事態悪化を悟ったジェイクが視線の先に目を向けるも、地面が黒いというだけで何がいるか分からない。ただ、それが魔獣であることは想像出来た。
「……ちく、しょう……はあ、はあ……早く、手を」
「無茶よ! もう烙印もないし、そんな身体じゃ!」
 立ち上がろうと試みるも、全身に力が入らずに倒れた。
「……ここまで……か……」
(……すまねぇ、ベル)
 ジェイクは目を閉じ死を覚悟した。

「第一、 第二小隊は左の群れを、第三は――」
 遠くで声がした。

 そこからはいよいよ意識が遠退き、完全に気を失った。
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