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三章 異界の空中庭園

Ⅴ 空間を形成する存在

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 夕陽に染まる空の空間は、庭園の空間同様に浮いた地に通路や橋が架かっており、化け物も現われず変化も無い。

「また空間を作ればどうだ?」と、探索中にビンセントが提案した。
 今度は白輝石の無い状態でルバートが作ると、先ほどよりは魔力消費を感じるも、やはり低消費で別空間が現われる。
 見るからにだだっ広い草原のようだが、似たような場所へ出るとの憶測が立った。
 草原の空間へ向かうことも出来たが、それはほぼ即答に近い僅かな間で却下された。理由として、”風景が綺麗だから”という、驚愕な意見が英雄二人から上がった為に仕方なく留まることになった。
「けどおかしな空間よね」
 不意にエベックがぼやいた。
「見るからにおかしいだろ。術師界隈じゃこれも普通とか言うのか?」
「そうじゃないわよビン様。魔力消費の話。結界を張るのに消費は普通でルバートが空間を出すのは低消費でしょ?」
 ルバートが何かに気付き、何もない所へ炎と風を出現させた。
「どうしたんだ?」ビンセントが訊いた。
「いや、こちらの魔術も消費は全うな量だ。強大な術で試すのは控えるが、現時点で”空間作りの消費”だけが著しく少ない」
「もしかして、それが目当てとか?」

 エベックの勘にビンセントが疑問を呈す。

「けど、別空間の案は偶然生まれたようなもんだろ? もし、この空間全体を管理する敵がいたとして、こちらが偶然起こす術に頼るってのはおかしくないか?」
 今度はルバートが意見した。
「いや、空間を操る術師なら、異空間へ閉じ込められればこの手は考えつく」
「あら、でもそれって、空間を操る術師がいる・・・・・・・・・・って前提よねぇ。ルバートが特殊な存在だから空間術を持ち合わせているって判断したのかしら?」
「だとしたら最初の街や巨漢の化け物はなんだったんだ? 俺様達を取り込むにしろ殺すにしろ、狭い空間に閉じ込め化け物に襲わせればいいものを」
「確かに、行けども行けども、爽快で壮大な場所ばかりだもんなぁ。まだ二つ目だけど」

 考察点を変えるしかない。ルバートは右手で頭を掴み、強引に掻いた。

「ねぇルバート、あたしこういった空間術に疎いから分からないんだけどね、入った人間の魔力か潜在意識なんかが具現化する。みたいな事って出来る?」
「条件次第ではな。今の俺様でも出来ん術だ」
 ビンセントが眉間に皺を寄せ、首を傾げた。
「途方もない話だなエベック。何かあるのか?」
「咄嗟に浮かんだ可能性だからなんとも言えないんだけどぉ。もしかしたら、あたし達三人の何かが反応して、この空間を形成してるのかなぁって」
「ははは、そんな突拍子もないことが」
「いや、一理あるかもしれんぞ」
 思いがけないルバートの反応にビンセントは驚いた。
「お前さん、魔女の塔で俺様と対峙した時のことを覚えているか?」
 それは、まるで異次元の世界へ放り込まれたような経験であったため、忘れはしない。
「アレは呪いと化した力と俺様の魔力と顕在意識と潜在意識、好奇心などの心情も混ざって形成したものだ」
「お前、どうやったらあんなぐちゃぐちゃな世界を見れるんだ」
「空間がまとまってないだけだ。それはいいとして、アレに似た事がここで起きているとしたら、空間術に干渉した説明も納得がいく」
「じゃあ、あの化け物は何だ? お前をも警戒させる化け物だぞ。俺らの誰があんなもんをひっさげてるってんだ?」
「あたし、場合によっちゃあ、危険になっちゃうかもよ」

 さすがに気持ち悪いらしく、二人の顔は引きつる。
「そんなものどうでもいい。あの化け物は後回しだ」
 心当たりは三つ挙げられる。
 ルバート自身の力の源。
 ビンセントの未知なる力。
 この空間を作り上げた元凶。
「とにかく、この可能性を試してみるしか無い。一か八かの策を思いついた」
 ここはルバートの案に乗るしか無いと判断された。


 ルバートはあぐらをかき、両手を石畳の地面に当てて意識を集中している。
「……すごいわね」
 エベックの呟きにビンセントが理由を求める。
「彼が行っているのは簡単に言えば“探知”よ。ビン様に術の説明すると分からないだろうから大雑把に言うとね、魔力を広げているのよ。布を広げるように。”陣敷き”っていう方法の応用よ」
「そういうのは他の術師……エベックも出来ただろ?」
「ええ。けどルバートのすごいところはその範囲。こんな妨害作用が起きやすい空間で、かなり広範囲で探知してる。何も無い外なら一国の領土は優に探知出来るんじゃないかしら」
 改めてルバートのすごさを痛感するも、ビンセントはもう、改める必要がないほどにルバートの評価は高い。
「…………いた。……かなり多いな」
 探知を解き、立ち上がったルバートへ二人は歩み寄った。
「何が見つかったのかしら?」
「この空間の元凶……と、断言できればいいがな。一応は今までと違う反応だ」
「説明しろルバート。何を掴んだ」
「この空間術そのものが魔力を使用し、”元凶となる存在が使用した”のではなく”全く別の存在が形成しているだろう”というものだ」
「組織的犯行って事? それにしては曖昧な言い回しじゃ無い。貴方ほどの実力者なら、もっと明確なものが分かるんじゃないの?」
「正直な所、そこまで出来なかった。それほど驚異な存在なのかもしれん。もしかすればゾアの探す“素材”なのかもな。そして探知した存在達は、部類から魔獣だと思われる。幼児ほどの大きさの何かが無数に空間全土を動き回っている」

 それは、空間の全てを探知したと明言している。上級術師でも困難であり、出来たとしても魔力消費が激しい。

「貴方この空間全てを探知したの!? 魔力の業の消費を考えなさいよ!」
「コツは空間の魔力との同調と吸収による節約だ。消費はかなり抑えられる」
 簡単に言うも、それが容易に行えない事をエベックは知っている。
 一方、ビンセントはその難しさが分かっていない。
「探知は消費が普通なのか? さっきまで消費が少ないって言ってただろ?」
「空間の状況にもよるのよ。ここじゃ、全体を調べるなんて一人分の魔力でも足らないくらいよ」
「一応、探知はしづらくはあったが、まぁ、俺様が相手だと言うことが奴らの不運だろ」
 エベックはもう驚く気も失せた。とりあえず、眼前に”人外の存在”がいて、今は味方である。それだけの情報で満足した。
「で、これからその魔獣群を相手取れって事かしら?」
「おそらくはそうなる。均衡を崩せば歪みが生じ、今度こそ出口を出現させれるだろうな」
「勘か?」
「そうだ。賭けるかどうかは二人で決めろ」
 相談する必要も悩む必要もない。それしか現状打破の策は無いのだから。
 二人の決心固まる表情を見て、ルバートは納得した。
「俺様は本命を討つか、ビンセントの中へ入って援助に徹するか、他の手か、状況次第で判断させてもらう。二人はただ魔獣相手に徹してくれ」
 了承を得ると、ルバートは作戦を開始した。


 探知と同じように空間に魔力を敷き、空間の破壊点と機をうかがった。
 しばらくして、「……来るぞ」と、ルバートの声を合図にビンセントは長剣を鞘から抜き、エベックは刃渡りの長い二本の短刀を二刀流で構えた。
 間もなくして空間の一部が、まるで分厚いガラスが砕けるような音を響かせ一同を惹きつけた。
 空間の割れた所から出現したのは、四つん這いで動く黒い存在。目つきは何かに憤っているのかつり上がっており、牙をムキだし唸っている音が騒々しい。見た目は長い毛が逆立っていて、全体像が丸めの毛の塊のようである。

「……本当に多いわねぇ」
 エベックは冷や汗をかいた。
「手を抜くと死ぬぞエベック」
 ビンセントも剣を構えた。
 エベックはビンセントのある変化に驚くも、その異変を調べる前に化け物達が襲ってきた。
「行くぞ!」
 ビンセントは駆けると、最前で襲ってくる化け物を斬り、続く化け物の攻撃を躱して近くの化け物を斬った。

 エベックも化け物を斬ると、刃を消して次の刃を出現させ、またも襲ってくる化け物を斬っては折り、斬っては折りを繰り返す。
 化け物に刺さっている刃は素材が魔力であるため、内部に収束し、数本の針となって化け物を内部から貫いて消滅した。
【ガレミスト流具象術】
 術師専用の武器を魔力で作り戦う戦術に特化した術。
 現存する武器と違って脆いため、真剣勝負などでは容易に負けてしまう具象術の欠点に着目し生まれた技である。
 壊れた武器を二段構えの術技として使用するため、神経を使うため、ガレミスト流のように具象術のような戦闘に特化した流派は世界に三つしかない。

 折れた刃の魔力を収束させて別武器へ変化させる技は、エベックが幼少時からたたき込まれた為に慣れている基礎戦法である。そして、エベックがガレミスト流具象術六大秘技の一つも得意としている。
 前方に群がる化け物目がけ、別質の魔力を纏わせた短刀を振るうと、墨がたっぷり染み込んだ筆を振るい墨が飛ぶかの如く、魔力の粒が飛んだ。
 両手を合わせて念じると、飛び散った魔力の粒が三日月状の刃へとそれぞれ変形し、そこかしこへと飛び回り化け物達を次々に刻んで回った。

 ガレミスト流具象術・一獄【刃獄はごく】。定めた範囲内の獲物は、二秒で全て刻まれる。

 刃獄を使用したエベックは続けて迫る化け物の相手へ向かった。すると突如、上空に細長い光の棒がいくつも出現した光景が飛び込む。

(何あれ!? ――あの位置!)
 ビンセントの身を案じたのもつかの間、それらは一斉に降り注いだ。

「――ビン様!」
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