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三章 異界の空中庭園
Ⅳ 次の手
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作戦を決行しておよそ三十分が過ぎた。
時折吹く微風、強すぎない柔らかな陽光、気温も心地よく長閑。まるで春の庭園にいると錯覚させられ、意気込みや警戒心が緩んでしまう。
何も起きない状況で、ビンセントは二人を集めた。
「……なあ二人とも、一ついいか?」
「言いたいことは察してるわよビン様。”奴が来ないんじゃないか?”でしょ」
素直に頷いて返す。一方でルバートは頭を悩ませていた。
「確かに、このまま待ちぼうけというのも、この庭園の気候で気が緩みきってしまう。ある意味でこちらが窮地に立たされるだろうな」
「これも奴の策じゃないのか? 俺らが気持ちユルユルになったところを、ザクッて感じに」
「あの魔力を見るからに奴がそんなことするとは考えにくい。こんな庭園を拵えるだけでかなりの魔力消費量だ。追いつめて仕留めた方が向こうには効率的だ。仮に、もしそういった策を講じる知性があるなら、この庭園へ入り、戸惑っている時点で仕留めた方が得策だ」
全く持っての正論に返す言葉が無かった。
「けどこのままじゃ、なんかこの雰囲気に飲まれて、”実は庭園が一番危険でした”。なんて結末は嫌よねぇ」
そういった策が無くもない。
空間を作り、戦争に利用された術の中には、閉じ込めた者をゆっくりと死に至らしめる、今では禁術とされているものも存在する。
この庭園もその類いである可能性は捨てきれない。
「……手を変えるしかないか」
あまりそれはしたくないといった表情でルバートは提案した。
「ん? 何か渋い顔だぞ。問題でもあるのか?」
「ああ。さっきも話したが、奴は倒すより動きを止めて色々策を講じて対処するとか、止めてる間に逃げる、が最も生存出来る方法だと。けど手を変えるとなると、現状で変化させなくて良いのはエベックの結界のみで、白輝石の罠で敷いた術は解除しなければならん。つまり捕らえる罠が無くなる」
「なら、結界に俺らが護られた状態で観察して突破口を見つけるしかないだろ」
「その案は奴を必ず結界で防げる前提でのみで有効だ。現状、奴の力量は不明でしかない。いや、なにより問題なのは奴がどのような条件でこの庭園に現われるか? だろ」
「そうよねぇ。どんな手でこちらが迎え撃とうと構えても、向こうが来ないなら全てが徒労ですものねぇ」
「じゃあ、ルバートの浮かんだ策ってのはどういうのだ?」
「俺様が考えたのは、策などという良いものではない。可能性にすがるしかない行き当たりばったりの手だ」
それでも現状はその方法を試さなければならない。二人とも素直に聞いた。
「浮かんだ方法は二つ。異質な魔力を発生させ、奴が来るかを試す。もう一つは空間術を用いてこの空間から脱する」
エベックは悩ましい表情となった。
「確かに……行き当たりばったりね。その二つでいうなら、後者が最適かも」
当然、ビンセントは理由を求め、エベックは説明を考える。
「う~ん……じゃあ、異質な魔力を発生させて奴が現われると仮定しましょ」
ビンセントは頷いた。
「なら、その異質な魔力をどれだけの量、発生させるか分からないでしょ?」
ビンセントは教師に教えられる生徒の如く頷く。
「こちらが魔力消費を抑えないといけない現状では、相手に魔力の多大放出を誘発させる手は自殺行為なのよ。その攻撃すらこちらの技や術で凌げるか分からないから。だから奴と対峙するより、離れるか逃れる手を増やすの。そしたら魔力が減り続けるだけの現状よりマシにはなる。可能性の問題だけどね」
納得するビンセントを見たルバートは、皆まで言わなくても気付くだろう話を、最後まで聞いてようやく理解する姿にため息が漏れた。
「とにかく方法は決まった。役割分担だが、エベックは結界、ビンセントはエベックの護衛、俺様は空間を空ける。もしもの窮地は十分に想定出来る。そうなった時の心構えを怠らんように」
「けどルバート、空間作るのも魔力消費はすごいでしょ? いくら魔力の業が強力でも、消費が激しいと大変よ」
「そうだ。俺への負担もすごいって言ってただろ」
「白輝石で魔力を底上げする。ここにあるだけでも魔力量が凄まじいからな」
咄嗟に浮かんだのは、白輝石を集めるのでは? と、ビンセントは浮かんだ。
「案ずるな」
表情で心が読まれ、ビンセントはそっぽを向いた。
「俺様が白輝石に何の手も施してないと思っているのか?」
一つの庭園に向かって手を翳すと、その庭園にのみ強風が吹き付け渦を巻いた。とはいえ、竜巻が起こる程でもない。
次第にあちこちの庭園に散らばった白輝石が集まり、その庭園に石が散らばった。
「抜け目がないのね。もしかして、奴が現われたら足止め以外の何か、手を考えてたのかしら?」
素っ気ない表情で「さぁな」と、ルバートは呟いて返した。
ルバートが白輝石のちりばめられた庭園へ手を翳すと、庭園に魔力が漲った。
いざ空間作成と意気込むも拍子抜けしてしまうほど呆気なく、別空間作成から、庭園空間と繋ぎ入り口を作ることに成功した。
「なんだ? 難しそうに言ってた割には“難なく出来ました”って感じだな」
空間の向こうに広がる風景は、石畳の通路。広場なのか、どこにも建造物は見当たらない。
「知らん。正直ここまで魔力消費が少ないとは予想外だ」
少ないどころか、簡単な術を使用した程度の魔力消費である。
エベックが白輝石に目を落とし、顎に人差し指を当てて首を傾げた。
「白輝石の影響……ってわけでもなさそうね。あたしの結界は消費が予想通りなのに、どうしてかしら?」
「罠……とも考えられる。空間が開いているが何も出て来ない状況が物語ってるようだ」
「けどこのまま足止めをくらう訳にもいかんぞ。俺は向こうへ行くのが良いと思う」
「あらビン様積極的ね。根拠とかあって?」
「このままいてもエベックの魔力が減る一方だろ。もし奴が現われたとして、さっきの話から術師の魔力温存は重要だからな」
もっともな意見であり、他に手はない。
「では行こう。ここからは策が無い、正真正銘の行き当たりばったりで難所を乗り越える事になるぞ」
「あら、あたし達、貴方を討伐する旅で慣れっこよ。ねぇ」
ビンセントが頷くと、いよいよ進む決心が固まった。
三人が石畳の空間へ出ると、またも空中に浮いている所へ出た。
そこかしこに点在する地は、全てが石畳の床。建物はないが、置物や鉄柵や街灯が無造作に立っていたりしている。
先ほどまでは青空の上だったが、今度は夕陽に染まる、分厚く大きい雲がそこら中に漂う空中である。
「あら、とっても幻想的で綺麗ね」
「天国か……凄まじいな」
英雄二人が風景に感心し、庭園での意気込みと熱意が飛んでいる。
「おい、緊張感はどこ行った?」
元魔女だけがしっかりしているのは、悲しいのか頼もしいのか、なんとも言いがたい。
時折吹く微風、強すぎない柔らかな陽光、気温も心地よく長閑。まるで春の庭園にいると錯覚させられ、意気込みや警戒心が緩んでしまう。
何も起きない状況で、ビンセントは二人を集めた。
「……なあ二人とも、一ついいか?」
「言いたいことは察してるわよビン様。”奴が来ないんじゃないか?”でしょ」
素直に頷いて返す。一方でルバートは頭を悩ませていた。
「確かに、このまま待ちぼうけというのも、この庭園の気候で気が緩みきってしまう。ある意味でこちらが窮地に立たされるだろうな」
「これも奴の策じゃないのか? 俺らが気持ちユルユルになったところを、ザクッて感じに」
「あの魔力を見るからに奴がそんなことするとは考えにくい。こんな庭園を拵えるだけでかなりの魔力消費量だ。追いつめて仕留めた方が向こうには効率的だ。仮に、もしそういった策を講じる知性があるなら、この庭園へ入り、戸惑っている時点で仕留めた方が得策だ」
全く持っての正論に返す言葉が無かった。
「けどこのままじゃ、なんかこの雰囲気に飲まれて、”実は庭園が一番危険でした”。なんて結末は嫌よねぇ」
そういった策が無くもない。
空間を作り、戦争に利用された術の中には、閉じ込めた者をゆっくりと死に至らしめる、今では禁術とされているものも存在する。
この庭園もその類いである可能性は捨てきれない。
「……手を変えるしかないか」
あまりそれはしたくないといった表情でルバートは提案した。
「ん? 何か渋い顔だぞ。問題でもあるのか?」
「ああ。さっきも話したが、奴は倒すより動きを止めて色々策を講じて対処するとか、止めてる間に逃げる、が最も生存出来る方法だと。けど手を変えるとなると、現状で変化させなくて良いのはエベックの結界のみで、白輝石の罠で敷いた術は解除しなければならん。つまり捕らえる罠が無くなる」
「なら、結界に俺らが護られた状態で観察して突破口を見つけるしかないだろ」
「その案は奴を必ず結界で防げる前提でのみで有効だ。現状、奴の力量は不明でしかない。いや、なにより問題なのは奴がどのような条件でこの庭園に現われるか? だろ」
「そうよねぇ。どんな手でこちらが迎え撃とうと構えても、向こうが来ないなら全てが徒労ですものねぇ」
「じゃあ、ルバートの浮かんだ策ってのはどういうのだ?」
「俺様が考えたのは、策などという良いものではない。可能性にすがるしかない行き当たりばったりの手だ」
それでも現状はその方法を試さなければならない。二人とも素直に聞いた。
「浮かんだ方法は二つ。異質な魔力を発生させ、奴が来るかを試す。もう一つは空間術を用いてこの空間から脱する」
エベックは悩ましい表情となった。
「確かに……行き当たりばったりね。その二つでいうなら、後者が最適かも」
当然、ビンセントは理由を求め、エベックは説明を考える。
「う~ん……じゃあ、異質な魔力を発生させて奴が現われると仮定しましょ」
ビンセントは頷いた。
「なら、その異質な魔力をどれだけの量、発生させるか分からないでしょ?」
ビンセントは教師に教えられる生徒の如く頷く。
「こちらが魔力消費を抑えないといけない現状では、相手に魔力の多大放出を誘発させる手は自殺行為なのよ。その攻撃すらこちらの技や術で凌げるか分からないから。だから奴と対峙するより、離れるか逃れる手を増やすの。そしたら魔力が減り続けるだけの現状よりマシにはなる。可能性の問題だけどね」
納得するビンセントを見たルバートは、皆まで言わなくても気付くだろう話を、最後まで聞いてようやく理解する姿にため息が漏れた。
「とにかく方法は決まった。役割分担だが、エベックは結界、ビンセントはエベックの護衛、俺様は空間を空ける。もしもの窮地は十分に想定出来る。そうなった時の心構えを怠らんように」
「けどルバート、空間作るのも魔力消費はすごいでしょ? いくら魔力の業が強力でも、消費が激しいと大変よ」
「そうだ。俺への負担もすごいって言ってただろ」
「白輝石で魔力を底上げする。ここにあるだけでも魔力量が凄まじいからな」
咄嗟に浮かんだのは、白輝石を集めるのでは? と、ビンセントは浮かんだ。
「案ずるな」
表情で心が読まれ、ビンセントはそっぽを向いた。
「俺様が白輝石に何の手も施してないと思っているのか?」
一つの庭園に向かって手を翳すと、その庭園にのみ強風が吹き付け渦を巻いた。とはいえ、竜巻が起こる程でもない。
次第にあちこちの庭園に散らばった白輝石が集まり、その庭園に石が散らばった。
「抜け目がないのね。もしかして、奴が現われたら足止め以外の何か、手を考えてたのかしら?」
素っ気ない表情で「さぁな」と、ルバートは呟いて返した。
ルバートが白輝石のちりばめられた庭園へ手を翳すと、庭園に魔力が漲った。
いざ空間作成と意気込むも拍子抜けしてしまうほど呆気なく、別空間作成から、庭園空間と繋ぎ入り口を作ることに成功した。
「なんだ? 難しそうに言ってた割には“難なく出来ました”って感じだな」
空間の向こうに広がる風景は、石畳の通路。広場なのか、どこにも建造物は見当たらない。
「知らん。正直ここまで魔力消費が少ないとは予想外だ」
少ないどころか、簡単な術を使用した程度の魔力消費である。
エベックが白輝石に目を落とし、顎に人差し指を当てて首を傾げた。
「白輝石の影響……ってわけでもなさそうね。あたしの結界は消費が予想通りなのに、どうしてかしら?」
「罠……とも考えられる。空間が開いているが何も出て来ない状況が物語ってるようだ」
「けどこのまま足止めをくらう訳にもいかんぞ。俺は向こうへ行くのが良いと思う」
「あらビン様積極的ね。根拠とかあって?」
「このままいてもエベックの魔力が減る一方だろ。もし奴が現われたとして、さっきの話から術師の魔力温存は重要だからな」
もっともな意見であり、他に手はない。
「では行こう。ここからは策が無い、正真正銘の行き当たりばったりで難所を乗り越える事になるぞ」
「あら、あたし達、貴方を討伐する旅で慣れっこよ。ねぇ」
ビンセントが頷くと、いよいよ進む決心が固まった。
三人が石畳の空間へ出ると、またも空中に浮いている所へ出た。
そこかしこに点在する地は、全てが石畳の床。建物はないが、置物や鉄柵や街灯が無造作に立っていたりしている。
先ほどまでは青空の上だったが、今度は夕陽に染まる、分厚く大きい雲がそこら中に漂う空中である。
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