烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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三章 異界の空中庭園

Ⅰ 気まずい車内、再び

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 ビンセントとルバートが向かおうとする異変箇所は、【ボリーグレス】という山間の町である。一方でグレミアが向かおうとする里は、ビンセント達の目的地と途中まで同じなので馬車に同乗している。
 森林神殿へ来る時同様、暢気のんきに外を眺めているルバートと、張り詰めた空気を漂わせるグレミア。相反する雰囲気を漂わせる二人に挟まれ、ビンセントは気が重い。
 ルバートが姿を現しているのは、馬車から眺める風景をビンセントに邪魔されずに眺めたい一心からであった。身体に入っていると、耳障りなビンセントの雑念により堪能できず、風情が台無しとなる。

 グレミアが平静な表情を保ちつつ気を張っているのには理由があった。それは里長の家にて、ビンセントが馬車を頼みに行っている時に遡る。


 家で待っているスビナとグレミアは、ボリーグレス以外の異変箇所について話していた。
「――というのがこの里で起きてる異変です」
 スビナが情報を教えるとグレミアは了承した。しかし話はそれで終わらず、ついついスビナは不安が表情に出てしまう。
「……ルバートの事ですか?」
 不安の原因を見事に的中され、スビナは素直に頷いた。
「……はい。どういった経緯か分かりませんが、今はビンセントさんのおかげであのように振る舞っていますが、一応は魔女ですし、魔力量も質も警戒に値します。私としては素直に受け入れるのは……まだ……」
「そうですね。私も完全に信じてはいません。ビンセントの態度から警戒を少し緩めてはいますが」
「エベックさんは接する様子からの判断ですが、あまり警戒してないと思われます。グレミアさんは大丈夫ですか? 気を遣わせてばかりになっているような気がします」
「相手が元魔女であるから、完全に心を許すというのは困難ではありますね。……ですがそれとは別に、あの上から物を言う態度、鼻につく言動と性格。存在がどうあれ、私との相性は悪いと思いますよ」
 スビナは少し怖く感じた。
「ボリーグレスの途中までですが、同行する形になります。どうかお気を付けて」


 このやりとりをビンセントは知らない。
 グレミアも車内で気まずそうな印象のビンセントから、相反する二つの空気に耐えるのに必死だと理解はしている。
 しかしグレミアは知らなかった。ビンセントが気まづい理由が他にあると。
 それは馬車の準備を待っている間の事であった。


(お前さんの仲間は一癖も二癖もある奴が多いな)
 ルバートに訊かれ、念話で答える。
(エベックの事か? あいつは出身地、というか家柄の問題だぞ)
(誰が容姿や癖を指してると言った。ずっと”俺様を警戒している”という点だ。腹の内では警戒し続け、表だっては、受け入れた様に振る舞う。なかなか図太い神経の持ち主共だ)
(そうか? みんなあんな感じだぞ)
(お前さんは少し人を見る眼を養うことを勧める。以前、連続殺人犯の術師に対しても見事に騙されそうであっただろ)

 ビルの事件を蒸し返され、ビンセントは黙った。

(話を戻すが、あの巫女はまだまだ幼い。魔力に揺らぎが生じているし表情から本音がチラチラ垣間見えていた)
(仕方ないだろ、スビナは巫女ではあるが、まだ15、6だからな。ああ、そうだ。スビナが森で言っていたミジュナって何か知ってるか?)
(なんだ聞いてなかったのか。術師界隈ではゾグマと言うが、ミジュナは精霊巫女やミルシェビス内でよく使われる言葉だそうだ)
(じゃあ、今まで俺等に気を遣ってミジュナをゾグマって言い換えてくれてたのか)
 動揺し、ミジュナと零したのは、それほど感情が動いたのだろう。
(幼いながらに大した気遣いだろうな。ゆくゆくはこのネイブラス式唱術の女みたいになるぞ)
(スビナがグレミアみたいに?)
 想像したのは、厳しい雰囲気であった。
(勘違いするなよ、人相や目つきではない。本心を隠し、冷静に物事を見る目だ。時折俺様の言葉に反応して苛立ちを露わにする点を除けば見事な役者だ。ずっと警戒を緩めてはおらんが、気づかれないように魔力も揺らいでいなかった)
(お前、グレミアと相性悪いだろ。どれだけ怖かったと思ってる。俺への配慮も考えろ)
(お前さんにはどれだけ気遣ってると思ってる。下手をすればあちこちで死んでいるぞ)

 色々思い返すも、確かにそういった場面は多い。しかしよくよく考えてもみると、全てがルバートに関係したから招いた様にも思われるが。
 反論でもしようものなら見事に言い返されると考えて黙った。

(一番の役者はあいつだ)
 エベックしか残っていない。
(エベックはいつもあんな感じだぞ)
(そうか? 確かに俺様を受け入れているようではあったが、何があっても俯瞰に徹している。魔力も揺るぎなく、表情も変化がない)
(考えすぎだ。ああやって中立を保ち、みんなを気遣うのがエベックの良さだ。俺も旅路でどれだけあいつの個性に助けられたか。十英雄が纏まったのもエベックとランディスあってと言っても過言ではない。いなかったら俺がずっと気が重い旅路だ)

 ルバートはこれ以上何も言わなかった。しかし、ビンセントの説明でも腑に落ちない何かを感じてた。

(お前がどうあれ、グレミア達が警戒するのは当たり前の事だ。もっと友好的な関係を築く努力をしてくれ)
(俺様は普段通りの善良ぶりだぞ。向こうの出方次第だろ。今頃、俺様について含むところを言い合ってるに違いない)
(邪推か?)
(賭けてもいい。馬車内であの女が気を張って俺様を監視し続けるだろう。そうなった場合、何をどう取り繕おうが、俺様と友好を結ぶ行動にでようと無駄だということをな)
(お前はひねくれて考えすぎだ)


 とは言ったものの、見事にルバートの考えが的中してしまった。
 このままではいけないと思いつつ、何か話題を考えるも、それで二人の友好関係を深められる自信は今のビンセントになかった。
(こいつ、なんでこの状況、暢気でいられるんんだ?)
 ビンセントの苦悩など、グレミアもルバートも考えようとしなかった。
 そんな馬車は、中継点となる村に到着し、グレミアを降ろすとボリーグレスへと向かった。


 約一時間でボリーグレスへ到着すると、町の入り口近くの店へ買い物に寄っていたエベックと偶然再会した。
 馬車から降りた二人に手を振って近寄るエベックは、まるで乗り物酔いでもしたように疲弊しているビンセントを見た。
「あらビン様、どうしたの? 乗り物酔いする人だった?」
 ルバートが笑顔で答える。
「ああ気にするな。過度な気遣いで神経がやられて酔っただけだ」

 ”誰のせいでこうなった”と、言いたげな目でルバートを睨むも、当人に見向きもされなかった。
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