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二章 魔眼の病とかつての英雄

Ⅸ 今後の相談

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 ビンセントが目覚めた時、視界に映り込んだ天井は見たことのない天井であった。まるで木をくり貫き、円形のくぼみを作ったような天井。
「ようやく目覚めたか」
 ベッドの傍らにルバートが椅子に腰掛けて読書をしていた。
「……お前……なにを」
 記憶が次々に思い出され、ランディスの事が気になり飛び起きた。
「ルバート! 奴は?」
「それについてこれから打ち合わせだ。……ったく、英雄探偵の計画が遠のくばかりだ」
「冗談言ってる場合か!」
 無理に叫んだ為か、腹部に鈍い痛みを感じる。
「あと半日は無茶をするなよ。お前さんの魔力や気功はズタズタだ。喧嘩後のような状態なのだからな」
「それより、ここはどこだ?」

 今ビンセント達がいる場所は、森林神殿内にある森林の里・【カネス】。宿の一室である。
 ゾアのゾグマに当てられて気を失った一同だが、ゾアから離れていたスビナ達が先に目を覚まし、ビンセントをここまで運んできた。
 なお、ルバートはその日のうちに元に戻るもビンセントは目覚めるまで二日を費やした。


 ビンセントはルバートに案内され里長の家へと訪れた。中にはスビナとグレミアがテーブル席に腰掛け、茶を飲んでいる。
「あれ、二人ともどうして?」
 今しがた目覚めたビンセントを待っていたとは考えにくい。その理由をグレミアが説明した。
「魔力を使用した信号です。貴方が目覚めた際、ルバートに合図となる魔力波を発するように指示しました」
 宿を出る際、ルバートが人差し指を立て軽快に揺らしていたのがソレだと察した。鼻歌交じりにしていたので、よほど暢気なのだとビンセントは思っていたが。
「おんや? もう一人いないようだが?」
 ルバートが部屋を見回して訊き、今度はスビナが答えた。
「エベックさんには昨日、別件の下調べをお願いしました。これ以上の堅っ苦しい話は遠慮するとかで下調べの役を」
「そんな都合良く仕事があったのか?」ビンセントは空いている席に腰掛けた。
 里長の老人がビンセントとルバートの分のお茶を運んできて、テーブルへ置くとお辞儀して部屋を出た。

「さすがは精霊巫女。里長も執事扱いか?」
「無礼な事を言わないでください。里長には協力して部屋を貸していただいただけのこと。精霊巫女に誰かを付き従わせる権利はありませんよ」
 少し強めに忠告され、ルバートは「これは失敬」と返すも、飄々とした態度から反省の色は見られない。
「話を戻します」スビナは続けた。
「ランディスさんの件とは別に、最近、奇妙な問題が各地で相次いでいます。それはこの国だけではなく、各地で」
 グレミアが代わって続けた。
「私も魔女討伐以降、繋がりある術師から概要を聞き、問題解決に当たっていました」
 ルバート討伐以降、何もすることがなく暢気に過ごしていた自分を思いだし、ビンセントは密かに内心で気まずかった。
「きっかけは分かりませんでしたが、ルバートあなたの存在を知り、魔女討伐が異変の鍵と考えたのですが……」
 三人はルバートに視線を向けた。
「それは違うな」憶測を即否定された。「おそらく、各地に起きる異変は時が来たのだろうな」
「その確信はどこからくるんだ?」
 ビンセントに訊かれ、ルバートの目つきが変わった。
「ゾアの発言だ。奴は俺様とビンセントを“素材”と言った。お前さんは戦いの最中、術の心得もないのに具象術らしき技を発生させた」
「あれは、お前が憑いたのが影響してと!」
「あれは嘘だ」
 悪びれる事無く返され、揶揄われたと思ったビンセントはあからさまに苛立ちを見せた。
「誤解するな。何もお前さんを揶揄おうとしたのではない。ああ言わねば現象の本質に気づけそうになかっただけだ」
「それも嘘だろ!」
 ルバートはため息をついた。
「では試しに、今ここで光の槍を出現させてみろ」

 言われて、テーブルから離れた位置にて、鞘から抜いた剣を構えて槍を念じた。しかし一本たりとも出現せず、さらに強く念じるも出ない。三人は魔力の変化も見るも、何一つ変化はない。

「結果、お前さんの意思ではない。何か別の要因がある技だ。俺様が槍を出現させた時も数が増える事態に陥ったんでな。もう少し調べてから話さなければと考えたまでだ」
「俺に事情を話しても良かったろ」
「ほう? では、あの槍を発生させる源が、魔力の業でもお前さんの魔力でもなく、生命力だとしたらどうだ?」
 ゾアの挑発に乗り、感情任せで突っ走ったビンセントは何も言えなかった。
「術の発生は一概に魔力というものでもない。他に代用があるのは基本中の基本。慎重な観察が重要なだけだ。お前さんに話した後で同じような事態に陥った場合、お前さんが力の使用を警戒でもしてみろ。力が生命力を吸い、寿命を縮めるかもしれない」
「なら今、力の正体は突き止めたのか?」
 ルバートは羽虫を払うように手を振り、”知らない”の意思を示した。
「だが生命力で無いことは分かった。大船に乗ったつもりで俺様に任せればお前さんの安全は保証される」
 なんとも言えず、ビンセントはそっぽを向いた。
「それは優しさですか? それとも何か企みが?」
 グレミアが訊くも、「探偵の助手として当然のことだ」とルバートは返す。本気で英雄探偵は継続されているのだろうと、ビンセントは察した。
「それはいいとして、俺様は言わずもがな魔女からこうなった男だ。異常な存在であることに違いない。つまり、ゾアの素材と言い張った何かに関係しているのだろう」
「ルバート、お前、ゾアの企みに何か心当たりがあったり、気づいてることあるんじゃないのか?」
「唐突すぎるぞ。何を言うんだ、お前さんは」
「何でも知ってるだろお前」

 まさか、そんな理由で訊かれるとは思ってもおらず、その場にいた一同が呆れた。

「そうであったらこんな集まりなどせんわ。だが、それとなく仮説は立っている。しっくりこんがな」
 グレミアは理由を求めた。
「まずゾアの言葉から。ゾグマに汚染されたランディスを【時の狂渦】に喰われているといい、その身体を欲した。そして【災禍の定め】。前後の言動から、なにかに従っているのだろう」
「あのような存在を扱える者がいるというのですか!?」スビナが訊く。
「特定人物を指すかは不明だが、”絶対遵守の役目”という表現が正しいのだろうな。それを全うしなければ消えるか死ぬか。そういった縛りだろ。あまりに自由すぎる行動と奴の個性から鑑みた判断だ。奴の現在判明している目的は“五つの筋書き”と“災禍の舞台作り”。おそらく役目というのがそれだ」
「それについて今まで考えていました」
 前もってゾアとの会話内容をグレミアとスビナ、そしてエベックも聞いていた。
「私達が思いつくのは特に在りません。ゾアの災禍を起こそうという、なんとも当たり前の様な答えしか」
「だろうな。どうも奴にしか分からん言葉や状況が多すぎてここまでが考察の限界だ。とりあえずは舞台作りが完成するか、一段落つくまで奴はこちらへ手出しはできんだろ。こちらも危害を加えなければ安全な筈だ」
「確証とかあるのか?」ビンセントが訊く。
「手当たり次第に殺せるというならあの森で俺様とお前さんは殺されてる。それに奴の言動からも危害を加えれない節が見受けられたろ」
 その点に関し、ビンセントの真剣な顔が忘れていると物語っていた。
 妙に恥ずかしくなり、スビナは咳払いする。
「では現状、我々が出来るのは各地の異変解消ぐらいですね。ゾアの指す素材を集めれば何か分かるかもしれません」
「ええ。それにランディスが無事である可能性も残されています」

 ビンセントが驚き、何か言おうとしたので、すかさずルバートが身体に入り主導権を強引に握った。
「すまん。話の腰が折れるのでこうした。続けてくれ」
(何するんだルバート!)
 当然、開口一番ビンセントは文句をぶつけた。
(とにかく黙ってろ。後で説明する)
 素直にビンセントは黙る。
 ルバートの予想通り、ランディスは死んでいないとゾアが匂わせるように告げた事すら忘れている。
「素材集めに加え、ランディスを救出する手を探すのもこれからの目標ですね」
「ほう、では俺様を討伐した十英雄様々が一同集結というのか?」
 妙に強きで楽しそうに訊くも、スビナとグレミアは答えにくそうであった。
「なんだ、協力しないのか?」
 スビナが答えた。
「我々は利害の一致で協力した者達が多く、友好的ではありましたが、容易に集まれるのはここの三名とエベックさんとあと一人ぐらい……。ランディスさんはああなってしまいましたし」
「レイデル王国の女王の側近を務めている堅物騎士はどうした?」

 ザイルを指しているのを二人は察した。

「立場が変わりましたので、今はなかなか」
 グレミアが咳払いした。
「つまり、こういった件で各地の英雄達と協力するには、情報と状況が必要です。今はまだ、出来ないとだけ理解してもらいますよ」
「とにかく、現在分かっている異変箇所を教えますので、あなたにも協力してもらいますよ」
「それは英雄探偵への依頼としてなら承ろう」
(その執念、感服するわ! どれだけ探偵がしたいんだ)

 理由はどうあれ、あらゆる事態を面白おかしく向き合おうとする姿勢だけはグレミアとスビナに理解させた。
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