烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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二章 魔眼の病とかつての英雄

Ⅵ 精霊神殿の修羅場

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 明朝、まだ暗く周囲が明るみだした頃。
 町の中心である広場に、身体の主導権を担ったルバートがいた。木の棒で円陣を施している最中だ。
 日が少し出た頃、グレミアとエベックが毛布に体を隠した奇病発症者を連れて来た。さらに多くの傍観者が着いている。
「一体何をするの?」
 エベックに反し、グレミアはその陣の意味を理解する。同時に疑問が生まれた。
「この陣……【魔力転移】。何を考えてるのですか?」
「分からんか? その者達の眼を一所ひとところに集め、まとめて消す」
「……私もそのような方法は考えました。しかし悪性の強すぎる眼を取り込める依り代がありません。仮置きを用意したとしても定着時間は数分がいいところ。全てを受け入れる器がありません。何を犠牲に」

 集められた奇病発症者は八名。しかも体中に眼が現れている。それ等を受け入れる依り代は人間では不可能であった。下手をすれば魔女に匹敵する力を持つ魔獣が出来上がってしまう危険を孕んでいる。
「依り代など不要。一時的に身体から眼を取り、本体に返すだけだ」
 説明の最中、ルバートは奇病発症者を円陣内に誘導した。
 眼を引き入れる依り代がなければ奇病を取り除くのは一時凌ぎでしかない。ましてや本体と言われても、このような強大な力を抱えている者が存在するなど考えも及ばない。
 ルバートの考えている事がまるで理解出来ないまま、グレミアとエベックは円陣外で傍観に徹した。

 術に必要な詠唱を呟くルバートは、円陣の外枠の上をゆっくりと歩き回った。
 半周まで到達すると円陣が青白く輝き、更に半周回ると赤紫色に変わった。続けて回ると光が変わり、二週目を終えると円陣が輝いた。
 周囲の町人、奇病発症者達が目を閉じ、腕や手で光を遮る。
 ルバートが詠唱を唱え終えると、ゆっくりと光と円陣の文字が消えていく。
 町人達はそんな些細な変化より、奇病発症者の身体の異変に驚きを隠せないでいた。
「眼が無くなってる!!」
 皆、口々に歓喜を表した。
 喜びに騒がしくなる中、ルバートは町人達の歓喜の声を止めるように手を叩いた。音が大きく、力が籠ってるのが分かる。
「喜ぶ気持ちは分かるが、早々に馬車か荷車を用意してもらおう」
 この国では運搬の大半は馬を用いるため、この町も少数だが馬はいる。
「早く近くの森林神殿へ向かわなければならんからな」
 町長が歩み寄り、先に感謝の言葉を述べ、理由を訊いた。

「集めた眼を処理しにな。早くしなければ眼は元に戻ってしまうぞ」
 平然と発せられた言葉は、町民達を完全に黙らせ、不安漂う表情に変えた。
「待って下され! あの病気は解消したのではないので?!」
「この程度で消えるなら奇病ではない。よってここからが正念場だ。遅くなると戻ってしまい、二度と取れなくなる」
 よくは理解していない町民達はルバートの話の途中だが急いで荷車を用意した。

 ◇◇◇◇◇

「あなた一体何を考えてるんですか!」
 眼の本体がいるところへ向かう馬車の中、さっそくルバートはグレミアに怒鳴られた。
「今日中に解決出来るなら、町民達の不安を煽るような事を軽々しく言うものではありませんよ!」まるで母親の説教だ。
「なに。俺様だけなら今日中だが事情が事情でな。だから今日中に解決出来るかを曖昧にさせただけのことだ」
「ねぇ。貴方何かあたし達を揶揄ってたり試したりしてない?」エベックが訊いた。
「そこまで暇人ひまじんと思うか? これでも気を遣ってはいるぞ」
 本心にせよ嘘にせよ、グレミアとエベックを不快にさせている。その気持ちの表れか、目的地へ着くまで誰も話をしようとしなかった。
 気まずく重い空気の中、悠然とした気持ちで外を眺めるルバートの中でただ一人、頭を痛めている者がいた。

(まずい……まずいまずいまずい。まずいことになってるぅぅぅ!!)
(お前さん、何をそんなに悩んでいる? 俺様は何も間違ったことは言っておらんぞ)
(そっちはそっちでもっと気を遣え馬鹿野郎! この空気、どう見てもかなり怒ってるだろうが! エベックはまあまあ大丈夫だろうが、グレミアを怒らせてどうするんだ! 唱術で罰せられるんだぞ! かなりおっかねぇんだぞ!)
 ビンセントが一方的に焦りを見せるも、それでもルバートは余裕ある表情で外を眺めている。
(案ずるな。その時は俺様が術返しで返り討ちに)
(さらに状況が悪化するわ! お前はこれ以上グレミアの癪に障ることをするな!)
 ルバートの心情からか、本体は外を眺めながらため息が漏れた。
 グレミアが気付いて眉をピクリと動かす。
 些細な怒りの表れ、さらに重くなる空気。
(俺様のことはさておき、他に悩みがあるのだろ?)
(……ゾアの事、どう報せよう)
 ゾアが宿る石を持ってはいるものの、今の今まで言葉を交わしもせず、向こうも黙ったままで存在を忘れていた。
(今から話せばいいだろ。怖いなら俺様が)
(止めろ! それだけは絶対するな! 俺がちゃんと話を付けるから。スビナにもちゃんと話するから。とりあえず森に着いたら俺と代われ)
(なんだつまらん。なんなら俺様最大の気遣いでも、と)
(するな! 悪い予感しかしないからな! 実体化も止めろって意味だからな!)
(これから向かう地は聖域だ。今の俺様がそのような事をすれば、どうなることやら)

 揶揄い口調の様子から実体化する気が強いと窺える。ビンセントはさらに苦悩した。
 気まずい状況の中、馬車は森林神殿へ到着した。


 森林神殿は、入り口に石柱の門、平らに加工された石床に階段を設けているが、ある程度進むと単なる地面となる。
 “神殿”とは名ばかりの森である。
 いざ森林神殿へ向かおうと門を潜り少し進んだところで、ビンセントは謝る意を決して構えた。しかし、何かを感じ、グレミアとエベックは身構えた。
『――それ以上進むことを許しません』
 どこからともなくかけられた言葉の後、三人を囲むように周囲から樹木の根が寄り集まって人の形を成した化物が次々に現れた。
 【森の番人】と呼ばれる巫術である。

 グレミアは事情を聞いてもらおうと、前に出た。
「お待ち下さい。私達は近くの町で起きた奇病を治すため、精霊巫女様の力と知恵を借りたく参りました。敵意も悪意も御座いません」
『嘘を吐くな。歪みと淀みの渦なる存在を連れ、そのような言葉、通ると思うてか』
 グレミアとエベックはルバートの存在としか考えていない。一方、ビンセントはゾアの存在が気づかれたと思い、肝を冷やす。
 この窮地、ビンセントではどうにも出来ないと悟ったルバートは強制的に主導権を握った。
「さすがは聖域の術だ。魔力の質が澄んでいるな」
 声の主はビンセントの変化に驚く。
『――お主何者だ! よりにもよって英雄様の姿を真似るとは!?』
 声の主の反応に、グレミアとエベックはそっぽを向いて何も言えなかった。当然の反応だとは思われる。

「偽物ではない本物のビンセント=バートンだ。とはいえ、今お主と話している俺様は別人だがな。それよりも、かつての仲間とて、決まり事のように警戒して他人行儀も疲れるだろ。姿を隠して話すのもな。術を解いて姿を晒してみてはどうだ?」
『何をたわけた事を……。私は森の番人としてお前達を見定め』
「俺様の左斜め前の木陰。そこにいる事は分かっている。十英雄のスビナという巫女だということもな」
 ルバートの指摘に驚いたのは声の主だけではなく、グレミアとエベックも同様であった。
 ビンセントだけはスビナが現われればゾアも動くと焦る。
「スビナに近づくなルバー……ぁぁ、と?」
 突如身体の主導権を交代され、ビンセントは別の意味で焦る。
「あらビン様。急すぎるわ。前触れとか無いわけ?」
「それより、どうしてスビナに近づくなとおっしゃるのです?」
 グレミアの視線に恐れをなしたビンセントは、説明が浮かばずに戸惑う。
「巫女様が俺様よりタチの悪い者に憑かれるのを恐れているからだ」

 ビンセントの背後から実体化したルバートが、いろんな説明を省いて端的に話した。と、まあ、こうのような話し方をすると当然、修羅場が予想される。
「……どういう事ですかビンセントさん」
 スビナの警戒する表情が怖い。
「早く話なさいビンセント」
 グレミアに至っては怒り心頭などという言葉以上の威圧を感じる。
 あまり害のないエベックの傍へ寄ろうとしても、一歩動けばグレミアに術をかけられて拘束されそうな雰囲気が漂い避難すら出来ない。

 ビンセントは何よりも先に土下座した。
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