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二章 魔眼の病とかつての英雄

Ⅴ 宿での会話

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 エベックが借りている部屋へルバートを入れるも、焦りの色一つ表われない。動じる事無く分析まで始める次第であった。
「ほう。彼女は別の術まで使用できるとは優秀だな。先の術は唱術、これは巫術。ビンセントに聞いたが、巫女と結託していたのだろ? その時に教わったのか?」
 現在、グレミアが外から張っている結界の魔力を感じ、どのような陣を張っているか体感すると今度は部屋の匂いを気にした。
「本当にやるわね。あたしは面倒な術はまっぴらごめんだけど、彼女の唱術と巫術は相性がいいから、仲間の巫女から基礎を教わったみたいよ」
 部屋に漂う香りをルバートは気にした。
「これは何かの術か? やけに爽快な柑橘類の香りが漂っているが……」
「ああ、それあたしの香薬よ。臭いのは嫌だからね。それにこれで香を焚くと気持ちが落ち着くのよ」

 納得したルバートは、席について爪の手入れに励んでいるエベックの落ち着きぶりに感心した。

「随分落ち着いているな。対応策でも浮かんだのか?」
「まさか。今のあんたがどう出ようとあたしに勝ち目も策も無いわよ。どうせグレミーの陣だってあっさり破るだろうし。あたしはあんたが悪事働いた時、仲間の為に躍起になってくれるビン様の馬鹿力に賭けるわ」
 ルバートは納得すると、近くの椅子に腰かけた。

 暫くしてグレミアが入室した。
 話の準備が整うと、まずビンセントとルバートがこうなった事態の説明を求められた。
 ルバートは正直に魔力の業、それがあればわずかな時間実体化出来る事、ビンセントと今まで何を解決してきたかを説明した。
「俄かには信じられませんね。なにより、やたら正直すぎる気もします」鋭いグレミアの視線が向けられる。
「ちょっと待て」突然ビンセントに代わる。「ルバートの言ってる事は本当だし、ほら、俺を見て操られてるかどうか分かるだろ?」
 言われても、二人は確認しようとしなかった。
「そういう問題ではありません。あれほど手を焼いた魔女ですよ。素直に信じれるものですか」
「まあでも、レイデル王国で悪事を働く術師をビン様が捕まえたって聞いたとき、にわかには信じられなかったけど、こういう事だったんだ。って、ちょっと納得かなぁ~。あたしとしては」
「では、本当に相思相愛の仲に?」
「ちょっと待て! それは」

 突然背後からビンセントの両肩を通して腕が伸びてきて凭れかかられた。
 それは実体化し、背後から寄りかかってきたルバートであった。
「もう、離れられない関係だぞ」
「止めろ変態!! 誤解を招く言い方はよせ!」
 二人の仲の良い様子にグレミアは警戒を解き、エベックはため息を漏らす。
「いやだぁ、あたしビン様とそんなに密接に出来なかったのに。なんか嫉妬しちゃう」
「そういうの止めろ。俺は男に興味があるわけではない」
「おや、俺様はお前さんの身体を興味本位で調べてもいいのだが」
 意味は術師としてだが、話の流れでは別の意味に変わってしまう。
 もう、エベックとルバートに挟まれ、ビンセントが玩ばれている様子に呆れたグレミアは、咳払い一つで三名を制止させた。

「大まかに魔女ルバートの状態と目的は理解しました」
 ルバートは魔力の業の更なる詳しい説明と自身の目的、ビンセントに植え込んだ眼の話をした。
「グレミー凄すぎ。あたし、ちっとも理解出来ないんだけど」
「私だって全てを理解していませんよ。私が教えて頂いた常識とは別の説、人知を超えすぎています。ですが嘘にしては淡々と語りすぎです。こういった長い嘘は何処かでほころびや、始めと終わりで食い違いが生じるのが相場ですが、そうなっていない上に、ビンセントが否定しない所は信用に値します。ルバートの発言は理に適ってるのでしょう」
「理解が早くて助かる」

 とはいえ、ビンセントは気持ちよく置いてけぼりで話を進められている。
 不意に左手が気になり、ルバートの目の前に手を開いて見せた。
「それよりこの眼を早く取れ! 気持ち悪いったらありゃしない!」
 そうは言うも、グレミアもエベックも何を言っているのか分からないという様子が表情に出た。
 不思議に思ったビンセントは徐に掌を見た。
「あれ!? 眼が、無い?」
 事情を知るルバートは軽快に答える。
「お前さんに問題だ。どうして今まで実体化を控えていた俺様がここに出てる?」
 混乱するビンセントではなくグレミアが答えた。
「あの眼が魔力の業そのもの。という事ですね」
「ああ。君は明晰な頭脳を持っているな。きっと魔女俺様退治の旅でもその頭脳はいかんなく発揮されたのであろう」
「下らない戯言は結構です。本題に戻しますが、この町の奇病発症者全ての眼が魔力の業という事ですか?」

 話について行けないビンセントも、眼が魔力の業なら全てはルバートが取り除いてくれると直感し、先走って答えを求めた。
「ならルバートが全ての眼を取り除けばいい。それで万事解決じゃないか!」
「そうよ。ビン様の手に植えたのがそうなら、道理が通るわよ」
 しかし返答はさらに複雑さを増した。
「残念ながら、あの娘から抜いた眼の質を植えた時に変えただけだ。俺様の実体化用に控えただけで、結構難儀したんだぞ。あの娘の眼を全て同じ方法で処理しようものなら、お前さんの身が壊れて死ぬぞ」
「では……あの眼の本質は一体?」
「あれはゾグマだ。しかも少々面倒な状態ではあるがな」
 次いで呪いの説明をルバートは始め、ビンセントほどではないがエベックも理解する事を投げた。どうにかついて行っているのはグレミアだけだが、彼女も本心では理解に苦しんでいる。

「さて、解決云々より此方も君たちに訊きたい。俺様がこうして現れなければどのようにしてこの事件を解決しようとしたのかね?」
 グレミアとエベックは互いに顔を見合わせ、細かな相槌で事情を説明する了解を取り合った。
「スビナに会おうとしたのよ」代表してエベックが話した。
 ビンセントは、ああぁ。と声を漏らして納得し、ルバートはその者の詳細を求めた。

 魔女退治時同行した【精霊巫女】・スビナ=フィリアス。精霊巫女と称するが本人自身は純然たる人間である。
 精霊巫女とは魔力と気功と自然界の力を用い、自然界の霊体と交信し、憑依し、力を借りるなど、自然界の霊体『精霊』と干渉できる巫女と事を指す。
 魔女退治の際、スビナの力により魔女の妨害魔力を防ぐことに貢献し、今では英雄扱いの巫女として日々の責務を全うしている。

「あれ、スビナは国に戻ったはずじゃ」
 ビンセントは魔女討伐後、祖国ミルシェビス王国へ戻るスビナを見送ったのを思い出した。
「詳細はあの子に訊かなきゃ分かんないんだけどね。この近くの森林神殿にいるって聞いて、今回の事件が原因じゃないかしら。ミルシェビスの国境は近いけど、偶然いるとは考えにくいし」
 エベックに続き、グレミアが語る。
「ルバートの意見はさておき、この様な奇怪極まりない病気は私達の手に余る事態です。他の視点から向き合う意味も込め、精霊巫女の力を借りようと」
 ルバートは穏やかな表情を絶やさない。それは安堵ではなく興味本位からである。
「ではその者に会ってから話をしようではないか」
「お待ちなさい。此方は手の内を晒したのに貴方は明かさないというのは卑怯ですよ。そちらはどうやって二日以内に解決しようというのか、それとも我々を欺こうという腹が?」
「案ずるな。道楽でも嵌める気でもない。それを証拠に、一つ確実に守る約束を結ぼうではないか」
「約束って何よ」エベックが訊いた。
「まあ、約束と言える程確実性の低い内容なのだがね」
「回りくどいですよ。素直に仰いなさい」
「明日にはこの町から奇病を消し去ってやろう」

 ルバートの発言に何度驚かされるのか。三人は驚きを露わにした。

「あー、あたしお手上げ。もう、ついていけなーい」
 ルバートの強気な表情から嘘を吐いている様子はなかった。
「私もついて行けませんが、どのような手品を披露するにしろ、悪事を働くなら相手するまで。しかし邪な考えが無いのであれば私は協力いたします」
「いいのかルバート。大それた大技をすると、お前も俺も身が持たんぞ」
「それ程大仰で複雑な術を使用せんよ。それはともかく、善行である事に間違いはないから遺憾なく君たちの力を借りるとしよう。宜しいかな?」

 三人は目配せと相槌で納得した。
 こうして謎の残るルバートの案に乗る事となった。
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