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二章 魔眼の病とかつての英雄

Ⅲ 奇病の少女

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 バルナガの町へ辿り着いたビンセントは町の風景に唖然とした。
 町を護る結界のように薄青紫色の護符がそこかしこに貼られ、所々の道沿いに松明たいまつが掲げられている。
「……すごい、まさに”厄除け儀式真っ只中”だな」
 一方でルバートは気にいらないとばかりの指摘が零れる。
(うーん……。形式も配列も間違ってはないが……印術基礎の忠実な再現でしかない。これでは【エイブ】や【ロムブ】の呪術。全体を見ても効力は弱すぎるし、ゾグマに関してはまるで意味がない。ここは俺様が一肌脱いで)
「脱がんでいい」
 ルバートなら本気でなにかをしでかそうと察してビンセントは焦る。
「いいか、念押しで忠告するがな、厄除けに力を注がずに奇病の原因をどうにかする事に専念するんだぞ」
(そいつは残念。早く事が済む機会を失ったぞ)
 その言葉が事実かは不明だが、気にも止めずビンセントは奇病を発症した者がいる家へ向かう。


 奇病発症者の家の前では、町の護符よりもさらに仰々しい厄除けの装飾が施されていた。
 護符の一つ一つを見たビンセントは、ある人物の姿が浮かび、ついつい歩みを止める。
(お前さん、どうした?)
「いや……グレミア……かなぁって、思って」
 ルバートは厄除けの装飾と配置からどういった系統の術かを読んだ。
(巫術。巫女の使う術だ。その厄除け……まあ、身体に害なすゾグマには有効だ。……つまり、巫女がいるというのか? 目的地に近い場所にいる巫女というならお前さんの)
「おそらくスビナだろうが……グレミアの筆跡らしいのが見えるんだよなぁ」
 グレミアは別の術師であるため、巫術とは関係ないと考えていた。

(まあ、こういった簡易巫術に使用する札の字など結界の性質に合えばいいだけで、誰が書こうと関係はないぞ)
「そうなのか?」
(ああ。単なる準備にすぎない。巫術の発動は環境が整った後に力を注げばいいだけからな。……が、どうやら効果は薄かったみたいだな)
「分かるのか?」
(現状で護符は飾りに成り下がっている。元から力が注がれておらんかったかもしれんがな。どうあれ今は術を知らん連中に対する単なる気休めにしかなっていない。周囲の魔力の濁り、松明の炭の量、護符の糊付け部分の剥がれ具合。日はそこそこ経っているな)
 ルバートの推理にビンセントは感服した。
「あなた……ビンセント?」
 声の方を向くとローブ姿の女性と目が合った。魔女退治時の仲間、十英雄の一人・グレミア=キーランである。

 二人は歩み寄って再会の挨拶と現状を話し合った。そうしている内に、今度は妙な印象の女性が現れる。薄化粧だが、顔立ちと雰囲気が『女性』と認識しにくい。
「あらやだぁ~。ビン様じゃないの」
 どことなく男っ気が若干混じっている声。ルバートは彼女の雰囲気に疑問を抱いた。その違和感は、細身だが屈強な体格と握手の際に出されたしっかりした前腕を見てさらに高まる。
 正体を暴こうと目に魔力を勝手に発生させて、対象人物の内に秘める魔力を確認した。
 間もなく、答えは男性だと判明し、ルバートは一人静かに驚いた。

「二人共、この町の奇病を?」
 ビンセントの質問に答えたのは、十英雄の一人・エベック=バルダーである。
「あたしは立ち寄っただけよ。まあちょっと奇病の噂を耳にして気になったから立ち寄った感じかな。グレミーとは偶然町で」
 エベックはあだ名で仲間の名を呼ぶ。あだ名呼びしない者もいる。
「私はスビナの依頼で一週間前に訪れました。あまり気持ちの良いものではありませんが奇病を見る限り、身体に影響を及ぼすものだと判断を」
 続くグレミアの説明はルバートが見抜いた通りの展開であった。
「それで印術師の方々と協力して厄除け陣を張り、他の奇病発症者の様子を見て回りました」

 巫女と協力して奇病の解決に当たっているのだろう。自らの術を誇示して独断行動をしないグレミアなら、融通を利かせて全術師の意見や方法を実行に移していると容易に想像がつく。
 一つ疑問があるとすれば、レイデル王国へは誰が書状を送ったかだ。儀式の準備をグレミアが協力しているなら、結果を見てから書状を送るだろう。

「じゃあ、王国への書状は誰が?」
「ああ、ソレあたしが書いて送ったのよ」
 エベックと分かると、ビンセントは納得した。
「色々状況が複雑だから国に言った方が早そうだしって。そしたらまさかビン様が来るんだもの、驚いちゃったわよ。……けどビン様、術関連とか、からっきしじゃなかったっけ?」
 この質問は想像出来たが、ルバートの説明がまだ考えつかない。
 揚句、苦笑いを浮かべ、月並みな言い訳が零れる。
「あ~……色々あって、事情は後で説明するよ」
 先ほどからグレミアに警戒されている。ルバートは気づいて鼻で笑った。
(どうした?)
(いや、この女出来る奴だと思ってな。何かしら勘づいているぞ)
 まるでその答えのように、グレミアが告げる。
「何があったか詮索はしませんが、あまり危ない事はよしなさい」
 またも苦笑いで返す。そんな二人のやり取りをエベックは首を傾げて眺めた。

 三人は奇病発症者の元へ向かった。


 発症者は十歳前後と思われる少女。身体のあちこちから眼が出ている事に恐怖して震え、見るのも嫌なのか、目隠しの布を巻いている。衣服も長袖長ズボン、更に毛布まで被っている。
 少女に聞こえない小声でグレミアが説明した。
「両親も心配はしていますが症状を見て表情を変えない自信が無く、手紙のやり取りで会話をしています。彼女の湯浴みなどは私が。その時分かった事と言えば奇病の眼は、少々特殊です」
「特殊?」
 来る途中、小屋に住むノックスの情報が思い浮かぶ。
「呪術にも眼に関するもの存在します。幻覚の類いですが、症状としては人間の目のように瞼付きで現れます。しかし彼女の場合は、目玉だけが現われて動いてます。しかし触れると肌の手触り。まるで透明な皮膚の下に目があるような。……あと……」
 それから先は言いにくくなる。
 今現時点でビンセントは気が引けてしまっていて、ルバートの忠告がよみがえる。

(代われビンセント。少々事情がややこしい方に進んだ)
(けど……これに向き合わなければ……人助けなど……)
(馬鹿者。術の知識が無いお前さんの蛮勇で何が見極められる。不慣れを意固地で押し通すと痛い目に遭うぞ。それに、交代したとてお前さんは見ることも目を背ける事も出来る。ここは素直に代われ)
 見事に説きふせられ、主導権を譲った。
 ビンセントからルバートに代わったとき、魔力の質が変化した事にグレミアとエベックは気付いた。
 グレミアが声をかけると、振り向いたビンセントの落ち着いた眼つきと仄かに違いを感じる人相に違和感を覚えて黙ってしまった。
「まあ、見てろ」
 この言葉でグレミアはビンセントを警戒して観察した。

 ルバートが少女の元へ歩み寄ると、頭にかかる毛布を徐に取った。すると、頬と首にそれぞれ一つずつ、不規則に動く眼があった。
「初めまして。グレミアの友達だ。君の病気を治すために来た」
 少女は震えて声の方を向いた。
「おじさん……治してくれるの?」
「ああ。だからちょっと触らせてもらうが、痛かったり気持ち悪かったら教えてくれ」
 そう言って少女の毛布を全て取り、上着だけを脱ぐように頼む。
 少女が上半身を露わにすると、ルバートの頭の中で嗚咽する声が聞こえるも無視して続けた。

 上半身の胴体に比べ、両腕、両手、手の甲は眼が多い。
 ルバートが背中を目の位置に沿って一撫ですると、少女が唸り声を上げた。
「痛いか?」
「いえ。……ビリッと、ザラついたもので撫でられたような……そんな感じ」
 ルバートは口元に手を当て考える素振りを示した。
「もう服を着ていい」
 少女が着ている最中に質問する。
「君のその眼を一つ貰い受けるが、何処の眼を外してほしい?」
 今まで調べて目の移動は出来ないと判断したグレミアとエベックは驚いた。言っている人物がビンセントであるから尚更である。
 ルバートは振り向き、人差し指を自らの口元に当てて黙るように示した。

「ど、何処でもいいんですか?」
「ああ。とはいえ、これだけあれば……」
 どこでも変わりないと思うも、少女は即答した。
「目隠しのやつを!」
 少女は必死に訴えた。幼いとはいえ女、顔の目が気になるのだとルバートは察した。しかし理由は違い、震える声で告げられた。
 昨晩、突如現われた眉間の目の動きが気持ち悪いのだという。
「そうか。では、布を解くよ」
 少女の目隠しの布を取ると、少女は眉間の勝手に動く眼の感覚が気持ち悪く震えた。
 ルバートはすかさず少女を抱きしめ、眉間に手を当てた。
「怖くない。少し気持ち悪いと思うが、我慢しろ」
 ルバートが両手に魔力を込め、少女の顔と後頭部を押さえた。
「いや、おじさん、目が、目が!」
「もう少しの辛抱だ」

 しばらくして、少女は眉間の眼が取れた感覚になる。小さく悲鳴を上げ、何度も「目が落ちました!」と叫ぶ。
 ルバートは眼に当てた手を離し、掌に移動させた眼を確認すると誰にも気づかれず笑みを浮かべた。

「案ずるな、眉間の眼は取れたぞ」
 少女は眉間に集中すると、何もないと分かった。
「うまくいった。この眼はこれ以上増殖するものではない・・・・・・・・・・から安心するといい」
 たった一つだが、不安が払しょくされた事に安堵した少女はルバートに抱きつきおもいきり泣き叫んだ。

 今の言葉、やりとり。
 グレミアとエベックは違和感と不信感だけが募っている。
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