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二章 魔眼の病とかつての英雄

Ⅱ ビンセントに芽生えし力

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 屋内は大部屋に台所、反対の壁際にベッドがある簡易な造りである。小屋はノックスが泊まり込みで仕事をする専用であった。

「いやぁ、仕事用の家だから安モンの茶ぐらいしかもてなせないのが情けない所です」
「お構いなく。此方が急に来た手前、このようなもてなしは実に有難い」
 ノックスは茶を一口啜ると本題に入った。
「で、バルナガの町へ行くんですよね」なにか気まずそうである。
「何かあるので?」
「あ、いやぁ。あの町は今とんでもねぇ奇病に悩まされてるって噂です」
 病気が発生しているという情報は正しかった。しかしそれなら医師や薬師を頼ればいいもの。
 その不審点からルバートは魔力の業が絡んでいる病気だと察した。

「詳しくお聞かせ願えますか?」
 ノックスは後頭部を摩り、また茶を啜った。
「全部噂程度で、詳しくは知らないんですがね。病気の発症時期は一ヶ月ほど前って聞いて。あ、細かい誤差は分かんないですよ。病気は町人全員が罹ったんじゃなくて一部の連中らしくって、でも、その病気が……奇妙……すぎて」
「どのような症状で?」
「あの、本当に噂なんで、本当かどうか」
 余程未知の病気なのだろう、ノックスがなかなか語ろうとしないのでビンセントは答えを求めた。そして、俄かには信じられない症状を聞く。

「眼が……増えるらしいんですよ」
「眼……ですか?」
 資料通りの内容であった。どうやら情報に間違いはないとされる。
「罹る場所は様々で、目がそこかしこに現れるらしいです。それぐらいで……体調不良とかは無いみたいなんですが、でも、症状が不気味ですよね? 罹った奴は当然引きこもって、治療法は全然見あたらず、医師もお手上げらしいです」
「他に誰か病気を看てる者とかは?」
「国もお手上げらしいとは聞いてますが、でもそれも大げさに何でもかんでも喚くばあさん辺りの情報だから、なんとも。……近隣の術師とかは悪魔の仕業と言い出してるらしいです」
(並以下の術師だろうな。あてにならん意見だ)ルバートは呆れ口調で告げる。
「ここ最近、夕方は祈祷ばっかしてるし、町のあちこちに護符とか張って回る次第です。……あ、あと、十英雄様が何人か原因究明に訪れているみたいです」

 十英雄とはビンセントと同行し魔女を退治した者達全てに付け加えられる肩書である。

「ちなみに、誰か分かりますか?」
「私が知ってるのは二人だけです。グレミア様とエベック様です」
 二人の名を聞いて、ビンセントは喜びを微かに表した。それをノックスに気づかれ、恥ずかしくなって顔を背けた。
「失礼、会うのは久しく、ついつい嬉しくなってしまって」
「ああ、気持ちは分かりますよ。グレミア様は綺麗な方ですもん。ビンセント様は娶らないので?」
「彼女は事情が色々あってそのような関係にはなれないし、何より向こうは誰かの妻になる気はないでしょう」
 ノックスは深入りしようとせず、その手の話はすぐに終えるようにした。


 これ以上の目ぼしい情報も得られず、ビンセントはノックスの家を後にしようと出た時であった。二人は何かの気配を感じる。
「……なんだ……この気配」
(一体だ。やけに大きい)
 見送りのため外へ出るノックスへ、ビンセントが家に入るよう指示するも、先に気配の主を見たノックスは腰を抜かして震え上がった。
 ビンセントがその方を向くと、自身より二回り大きい猿のような化け物と目が合う。
(一目で分かる。ここら辺で生息する魔獣ではないな)
 分析を余所に、ビンセントは如何にしてノックスを守りつつ魔獣を倒すかを考えていた。焦りの様子が窺える。
 すぐさま剣を抜いて構えると、左手が勝手に動いてノックスめがけて翳した。ビンセントの意思ではない。
 突然の事に焦りがさらに高まった。
「――何を!?」
 反応すると、ノックスの家を包むように淡く白い壁が出現した。
(あれで凌げるだろ。お前さんは魔獣を気にしろ)
 ルバートの計らいに安堵し、落ち着きを取り戻すと再び剣を構えた。途端、魔獣は猛進して殴りかかってきた。
 さすがに剣で受け止めるのは不可能と判断し、ビンセントは飛び退く。それでも立て続けに殴りかかってくる。
 単調な攻撃で躱しやすくもあったが、四発目、異変に気づく。殴る速度が増していることに。
 先の三発も上がっていたのかもしれないが、もしそうだとすると、殴るたびに速度が増すことになる。
 五発、六発。
 躱すのが困難となり、七発目の払いのける動きでビンセントは弾き飛ばされた。

「ビンセント様!」
 ノックスは心配するしか出来ない。ただ、防壁が無事なところから、まだ生きている事はうかがえる
(代わるぞビンセント)
 ルバートが代わろうとするも、ビンセントは思いのほか無事な様子であった。
「いや、このまま行く。奴は見かけ倒しだ。攻撃は早いが威力は弱い」
 そうは言うも、大の大人を弾き飛ばすのだから弱いはずはない。しかしビンセントは無事で、やせ我慢とも思えない。
 その原因は剣にあった。
 ゾアの世界で出現した魔力が、またも剣に纏わり付いていたのだ。
「これなら……いける」
 ルバートの魔力ではない。ゾアのまがまがしい魔力でもない。ビンセントに関する何らかの力が働いているとしか思えない。
 考え込むルバートを余所に、ビンセントは魔獣の懐へ飛び込み、腹をひと突きで貫いた。すると、魔獣の身体を八本もの棒を象った魔力がいつの間にか出現し、同時に貫いたのである。
 棒は間もなく消え、剣を抜いたビンセントは棒の正体がルバートの仕業だと察する。

「俺の実力が信用できないのか?」
(なぜ俺様が不必要に魔力を使うと思うか。まだ魔女であったときの魔力変動が残ってる。安定に時間がかかるから、今しばらくこういった事が起こるぞ)
 平然と語る嘘をビンセントは信じた。
「なんか、お前に頼ってるみたいなのが癪だ」
(ならいっそ、俺様がことあるごとに手助けしてやろうか? 英雄探偵殿)
「やかましい。いらぬ世話だ」
 他愛ない会話でやり過ごすも、ルバートは本格的に、ビンセントの中から芽生えし力の源を知りたい想いが強まった。


 ノックスの無事を確認し、ビンセントは町へ向かう。
「ルバート、ノックス殿の話、魔力の業が関係してるよな」
(おそらくな。眼が身体のどこかに現れるなど毒や菌類な訳がない。いや、世に存在する植物でどうこうできるものでもないな。秘術や禁術が絡むなら可能の範疇だが。……どのような症状か不明な分、これ以上はどのような推理も仮説も徒労でしかない。ただ俺様から一言忠告させてもらうなら……)
 勿体ぶったように黙られたので、ビンセントが意見を求めた。
(気をしっかり持って発症者を見ることだ)
「……そ、そんなに危険か?」
(怖いというより気持ちが悪い。俺様や頭がぶっ飛んだ術師なら気持ち悪いものをいろいろ見慣れて抗体は出来ているが、“戦死者の死体を見てるから大丈夫”などとほざく輩は痛い目を見る。それ程のものだがどうする、代わるか?)
 脅されて気は引けるが、ここで逃げていると自分の為にならないと思い、覚悟を決めた。

「俺を甘く見るな。ガキじゃあるまし」
 鼻で笑う音が先にした。
(良い心がけだ。では、お前さんの合図や限界に達した時点で強制的に交代するとしよう)
 不安が燻る中、林を抜けたビンセントの眼前に、バルガナの町はあった。
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