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一章 英雄と魔女と災禍の主

Ⅷ 危険な宝石

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 元の世界へ戻ると、ビンセントは周囲の光景を見て愕然とした。
 建造物すべてが崩れ(良い状態でも半壊)、外壁と思われる部分は腰の高さまで残骸が残って囲いを設けていたと分かる程度。見るも無惨な荒廃した町並みであった。
 “この世界こちらでは認識が変わるだけだ”
 心のどこかで『こうはならない』だろうと抱いていたゾアの言葉に対する思いはあったが、現実を突きつけられてやるせない想いが残る。

「当然の有様だ。気をしっかり持てよビンセント。ゾアの災禍はこんなものではないだろうからな」
 魔力も災禍についても知識が乏しいビンセントは、ルバートが本気を出せばゾアはどうにか出来たのではないかと思えて仕方なかった。
「ルバート……本当にお前でもゾアをどうにか出来なかったのか?」
「何を根拠にそのような愚問に至る」
「この前の犯罪者みたいに、周囲の魔力を操作するなり。そう、俺と初めて話した時に時間を止めてただろ。あんな風に色々手はあったんじゃないのか?」

 ルバートは何かを思い出した様子を表した。

「そういえば言ってなかったな。あの時の時間停止は俺様の残り少ない魔力を使った博打だ」
「は?」
「お前さんを説得するのに必死でな、無理やり空間術と幻術を使ってお前さんにアレを見せた。不意に俺様への怒りを露わにして王国へ向かいでもすれば俺様はとうの昔に消されていたかもしれんな」
 そんな危機的状況だと知り、ビンセントは驚きを隠せない。
「お前、自分の事だろうが! なんであんな余裕で話してんだよ!」
「話術も重要な生存方法だ。今回のゾアとの対峙も生き残るすべだったと言っていいだろう。まあ、お前さんが挑発的な態度が滲むのを見たときはヒヤヒヤしたがな」
「魔力の凄さでいえば似たようなもんじゃないのか?」

 知識がないのは恐ろしいと、ルバートは想いつつ、右手に青白い魔力の球体を、左手に黄色い魔力の球体を出現させた。

「これは魔力を固めた球だ。共に数値で表すなら十対十としよう」
 ビンセントは頷いた。
「術師同士が戦う場合、魔力量や術が重要に思われるだろうが、一番の勝敗を決めるのは性質だ」
「ん? 普通に魔力と魔力のぶつけ合いだろ?」
「魔力の性質は鍛錬や生き様など、様々な方法で鍛える事が出来る。このように魔力量が同等であっても性質が相手より上まると……」
 二つの球体を合わせると、あっさり黄色い球体が弾けて青白い球体が残った。
「このように片方が消える。奴と俺様の魔力の質がコレだ。木で作った剣で鉄の剣を相手にするようなもの。争うまでもなく俺様が消えるのは目に見えている」
 嘘を吐いているように思えない。どう足掻いてもゾアを止めることが出来ない。
 ビンセントは無力を痛感し、右手に握られている黒い宝石を握りしめた。
 この宝石はゾアが住み着いており、十日以上は入れない。期間を過ぎると、宝石のある土地がゾアが定着するに最適な空間が出来上がる。もしそれが町や村なら、シーロスの二の舞となってしまう。
 元の世界へ戻る際、ゾアに宝石の詳細を告げられ、嫌でも持って行かなければならない事態であった。

「俺はどこの国だろうとこうはさせない。邪魔も裏切りも許さんぞルバート」
 決意を固めたビンセントを見て、ルバートは鼻でため息を吐いた。
「裏切りもなにも、俺様は探究心の赴くままに動くだけだ」
「おい!」
「だがこれだけは断言してやろう。俺様はお前を・・・裏切らん。解釈は好きにしろ」
 試されているようで、ビンセントは怪訝な表情となる。
「レイデル王国側ってことか?」
 鼻で笑って返すルバートは、そっぽを向いて背伸びをした。
「しかし計画が大幅に狂ってしまったぞ!」声量は大きめである。
「何が狂った?」
「予定ではお前さんが右往左往し、悪戦苦闘に悶えながらも指折り数えれる程度の難事件を解決した後、こういったゾアの災禍がらみの案件に着手。そしてゾアの災禍問題解決という、英雄探偵ビンセントの冒険譚を計画していたのだ。それをまさか、英雄探偵立ち上げ早々に本命が登場という展開、出鼻を挫かれてしまった……。小癪なことをしてくれる」

 ビンセントは途中から呆れながら聞いていた。

「こんな時に何を考えてるんだお前は! 俺は英雄探偵でもないし、今はそれどころじゃないだろ! このまま約束を反故にでもすれば事態悪化、森へ向かえばスビナが危険な目に遭う。どうにか手立てを考えてくれ!」
「おいおい、俺様にソレを頼むのか?」
「俺は術とか魔力どうこうとかが分からんから、こうして頭下げてるだろうが!」
 一度も頭は下げていない。
「やれやれ。いろいろと思うところはあるが、今はゾアの指示に従うしかないだろう。その時々でいろいろ考えるほかあるまい」
 確かに、何をしても後手に回る可能性が高く、相手はルバートですら手を焼く存在。深く考えても意味は無かった。
 とにかく、二人は次の目的地へと向かうことにした。

 ◇◇◇◇◇
 
 ”男”は明るく頼りがいのある者であった。
 多くの者に慕われ、仲間意識が高く情の深い男であった。

 彼は【十英雄】の称号を得てからというもの、今までより一層、周囲の信頼が深まった。
 表だっては明るく対応するが、日に日に人の目を気にするようになっていった。
 始めは期待に応え続ける事が正しいと思っていたが、それが本当に正しい事かと疑念を抱いた。やがて、目の前で褒める人たちを見るたびに別の疑いが生まれる。

(だらしない所、気を抜いた所を見られているのではないだろうか?)

 男はやましいへきを持っている訳ではない。
 ただ、自分で思う”普通”も、周囲の目で見たら”変”なのかと考えてしまう事態に陥った。
『もうすぐだ。……もう暫し耐えろ』
 声はしない。ただ、言葉だけが時々頭に浮かぶ。
 その言葉が浮かぶたび、周囲の目を気にする想いが強まっていく。

 いつしか、男は自らの行動すらも自らの意思なのか分からなくなり、次第に何も考えない、意思すらもおぼろ気な人間へと変わり果てた。
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