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三章 暒空魔術への想い

Ⅵ ビストに似た街

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 ”ソレ”が現れたのは突然だった。

 グレミア、トウマ、サラが周囲を警戒していると、突如人間の形をした”何か”が現れた。
 『人間』とも『魔獣』とも断定できない理由は、まさしくそれの形にあった。頭、手足、胴体。その全体像は人間そのものだが、体中に、見るからに不気味な模様を施した、帯とも包帯とも思えるモノが巻き付いている。
 複数枚巻かれているのか、長い一枚を巻き付けているのかは分からないが、トウマとサラは『ミイラ男』や『包帯男』など、ゲームに登場するモンスターが浮かんだ。やや違和感を覚えるのは、想像するモンスターよりも骨ほど細い体つきであった。

「なんですか……アレ」
 初見で敵にしか見えない”何か”に恐れた。漂う気味の悪い魔力が恐怖心を増長させる。
「二人とも私の傍へ」
 グレミアの指示に従い、三人は背中合わせで集った。その間、不気味な”何か”はそこかしこに現れ、さらに三人へ向けて手を伸ばした。
「何かしてきますよ!」
 トウマもサラも手を前に出して魔力を込め始めた。
「二人とも何もしないで!」

 グレミアの言葉に反応して手の魔力を消した途端、四方八方から無数の帯が一斉に迫ってきた。その速さはプロ野球選手の剛速球並。
 転生者であるものの、戦闘不慣れに加え動体視力が追いつかない二人が、帯を飛ばされたと気付いたのは、眼前で帯の先端が止まっている光景を見た時であった。
 トウマとサラは驚いて腰を抜かした。

「――な、なに?!」
「……これって」
 二人を護ったのは結界である。昨日、ミライザが見せた結界に似ているが、模様がどことなく違う。
「ネイブラス式唱術の防壁です。魔術の防壁に見えるでしょうが……」
 グレミアは防壁を人差し指で突くと、模様と光が波紋を広げた。すると、波紋に触れた帯は瞬く間に爆ぜて散っていった。
「相手にしたら危険な防壁です」
 帯を伝って爆ぜる勢いは止まらず、本体へ到達すると問答無用で身体を粉々にした。
 状況に驚くトウマを他所に、サラはグレミアに訊いた。

「平然と対処してましたが、この世界ではよく出る魔獣ですか?」
「アレは魔獣では御座いません。誰かに意図して造りだされた化け物です。初見で魔力の総量と質を見測り、今の防壁が有効と判断したまで」
 観察と判断から導く戦術。これが場数の違い、修行の有無、慣れ不慣れをまざまざと見せつけられた。
「すごい分析ですね」
 感心するサラの言葉はグレミアの耳に届いていない。それ以前に、事態の対処を優先した。
「状況が変わりましたので向こうと合流します。お二人とも手に魔力を込め、地面に触れてください」
 指示に従うと、グレミアは跪いて両手を地面に付けた。
「どうやって探すのですか?」トウマが訊いた。

「ネイブラス式唱術の基本原理は『波を知る』です。ネイブラス式は唱術に巫術と魔術を組み合わせ進化させた術ですので。今から行う術は魔力の波長を辿ります。長年共生する者同士は魔力や気の波長に同性質の波が生まれます。ガーディアン様は、仲間という間柄でしたら傍の神々が結びの力を増しますので探りやすく……」
 何かを感じ取ると、北西の向いた。しかし、二人と離れた方角は反対である。
「どうしました?」
「分かりませんが、急いで向かいます」

 グレミアを先頭に、三人はジェイク達の元へ向かった。

 ◇◇◇◇◇

 眩い光が治まり、ジェイクが目を開けると、そこはビストに似ていて色がまるで違う場所であった。
 建物の色は白一色だが石畳の床は茶色や黒。
 空はいくつかの色が混ざり、まだら模様を描いて揺らいでる。

 突如現われた男の術中にはまり、別の街へ来たと察したジェイクは、前方から迫って来る化け物を見て驚愕し剣を構えた。上半身は屈強な体格の男性姿だが、腹から下は地面に溶け込むような泥状。まるで土人形と地面が融合しているようである。背丈は建物の二階分はある。
 ジェイクが一番驚くのは、ミライザが化け物の胸部から腹部に掛けて埋め込まれ、頭部には襲って来た男が乗っている姿であった。

「ひゃーっはっはっは! 暒空魔術の賢師ともあろう御方がいいザマだ!」
「てめぇ! ミライザに何しやがった!」
「死人風情が俺様の邪魔をした罰だ! 魔力の業を動力源として使用している! ゴミは有効活用するに決まってんだろ!」

 味方が誰もいない窮地。
 ジェイクはどう手を打とうか考えを巡らせる。先の攻撃により、すでに烙印は一つしか残っていない。取るべき最善の選択肢は一つしか無い。
(ここは逃げるしか――!)
 ベルメアに言われる前に直感で『逃げる』しか手はないと判断し身体が先に動いた。

「らしくねぇなベル! こんな窮地だと姿出してるだろ」
(どういう訳か出れないのよ。きっとこの空間が関係してるみたい)
 走りつつ後ろを見ると、化け物の速度はジェイクより遅い。
「はっ、鈍いぜあの野郎」
(油断しちゃダメ! ここまで大胆な術を使う奴よ。こんなの予測の範疇に決まってる。他に手がある筈よ)
 大通りから横道へ曲がり、少し進んだところで呼吸を整えるために歩いた。
「はぁ、はぁ、はぁ。動けなくなるまでほったらかしかよ」
(考えられるわね。疲弊した転生者を捕獲して神力の質が良い状態で取り込むってんなら上策かも)
「へっ、嬲り殺しかよ。悪趣味な野郎だ」

 再び動こうと前方を向くも、全身に帯を纏わせた人型の不気味な”何か”が通路や壁に現れ、ジェイク目掛けて手を向けていた。

「野郎の手先か!?」
 烙印の力を込めようとしたジェイクをベルメアが止めた。
(使うと烙印が!)
「言ってる場合かぁ!」
 この劣勢を打開する手は”烙印の力で一掃”しか手はなかった。
 いざ放とうと構えた時であった。

「――ジェイクさん伏せて!」
 背後からかけられた声に反応して身体がその場に伏せる動作を取った。声の主がトウマと気付く。しかし敵から視線を外さない。
 前方の”何か”達は帯を飛ばした。ジェイクの意識が『危険』と判断するも、同時に『躱せない』と直感した。
 一瞬、何が起きたか分からない。なぜなら、目と鼻の先で帯が止まっているからだ。
 事態を理解する前に、隣をグレミアが通るのが目に入った。グレミアは帯群とジェイクを隔てる透明な壁部分に触れると、瞬く間に帯が爆ぜていき、やがて本体が砕け散った。
「急いで此方へ」
 グレミアに案内され、傍の家の中へ入っていく。
 部屋の一室、ジェイクが襲われた近くの窓際にトウマとサラが座っていた。
「お前ら……。寿命が縮まったぞトウマ。伏せろって言うからてっきりあの炎が来るってな」
「ああ言った方が烙印技の使用を止めるのに最適だと思って」
「皆さん静かに」

 グレミアが部屋の中心で全身に魔力を発生させて何かを唱え始めた。
 ジェイクは窓際へ寄り、外を覗き見た。

「奴が来るぞ。隠れろ」声は潜めている。
「大丈夫です。グレミアさんの結界の中ですから」
 サラは言いつつも、二人も窓から見えない位置に着く。
 暫くしてミライザを取り込んだ化け物が通過した。
(でかい!)
 トウマとサラは驚愕した。

「どこ行きやがったガーディアン! さっさと出てこい腰抜けが! 賢師様が天に召されっぞ!」
 歓喜しつつの叫びにジェイクの怒りはこみ上がる。
「野郎、好き放題言いやがって」
 暫くしてグレミアが三人を呼んだ。
「どうするよ。ここで立ち往生しても時間の問題だ」
「ええ。これは十中八九暒空魔術による空間転移、ビストを投影した世界です。範囲はおそらくビストの5~7割の狭さでしょうが。ミライザも化け物に捕らわれてしまい状況は最悪です」
 グレミアはミライザが動力源として埋め込まれていると察している。
「おいおい、まさか打つ手なしとか言うなよ」
「いえ。いかに窮地とはいえ、幸い、無事に助かる方法は一つ御座います」

 一同が安堵したのも束の間、告げられた方法に安心は失せた。
 化け物の動力源である魔力の業が尽きるのを待つ。
 つまり、”ミライザが消える”を意味していた。
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