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三章 暒空魔術への想い

Ⅴ 会いたい人のために

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 ジェイク達より二日前にビストへ訪れた術師・グレミア=キーラン。彼女はレイデル王国十英雄の一人である。
 三か月前、一体の魔女を討伐した事で十英雄と称され、王国から魔力の業に関する調査の任を請け負った。それは、魔女が出来る要因に魔力の業が関係しているからであった。
 あちこちを旅し、あらゆる異変の解決に尽力したグレミアは、同じく十英雄である巫女の予言によりビストへ訪れ、妙な魔力の騒がしさが気になり調べ回っていた。

 日が昇ってすぐに起こされたジェイクとトウマは、寝ぼけ眼で多くの情報を聞かされ唖然となった。
 ビストの異変。
 転生者がこの世界ではガーディアンと呼ばれる事。
 グレミア=キーランについて。

「…………はぁ?」
「…………はぁ?」
 二人が口を揃えてそのように訊き返すのも無理はなかった。
「あ~……とりあえず、だ。一つ一つ話そうか」
 言いつつも、ジェイクは大あくびをして、気怠そうな様子がうかがえる。
 トウマは両手で顔をほぐし、眠気を取った。
「えっ、とぉ……レイデル王国って、ミゼルさんと待ち合わせにしてた国ですよね。そこで有名だった魔女を倒した十人の英雄の一人がグレミアさん。僕たち転生者は、この世界でガーディアンって呼ばれてて、神の側近として働けて光栄な存在」
 隣で漂うビィトラの方を向く。
「……本当?」
 しかし質問に答えたのは、胸を張って仁王立ちのように堂々と浮いているベルメアであった。
「本当よ!」
 一切の迷いがない。
「ついでに言うと、第一階層の人間はこの世界の人間で、宗教上の神話があるから、とーっても理解があって、かぁぁぁなり使いやすいのよ」
「胸張って言う事かよ。俺だって結構やってるぞ」

 何か癪に障ったのだろう、ベルメアは目を丸く見開いた真顔でジェイクの間近に迫る。
 今までの蛮行を恨めしく、今にも堰を切ったように吐きだす気迫を感じ取り、ジェイクは先に「すまんすまん」と謝った。

「けど、ミライザさんは普通に接してましたよね。”ガーディアン”と言わずにずっと”転生者”って言ってたし」
「フフフ。私は研究対象に余計な気を遣わないタチだから。それに元から信仰心はないし、何より死者だから崇めたり称えたりする気は皆無よ。一方でグレミア彼女を見るからに、私とは真逆ね。信仰厚くて礼儀も配慮も窺えるわ」
 グレミアは丁寧に告げた。
「一応お伝えいたしますが、此方の世界では主に”転生者”ではなく”ガーディアン”と呼びます。もし旅先でこの地の人間が転生者を当たり前の様に口にすれば、少し警戒したほうがよろしいかと」
 ジェイクはペルミの遺跡に向かう森で、バルド達が口にしていたのを思い出して納得する。
「一ついいですか?」サラが訊く。「転生者と呼ぶ事にどうして警戒したほうがいいのですか?」
「例えば、ガーディアンを喰った魔獣がいたとしましょう。それが捕食者の記憶を覚えて餌を引き込む類いの魔獣なら、あらゆる方法でガーディアンをおびき寄せます。さらに、人間同士でも同様。『転生者』と告げたことで仲間意識を持ったガーディアン様なら、仲間になった途端に奴隷とか研究の素材に使われたりします。見たところ、あなた方は近寄りがたい力があるようには見えませんし、少し変わった術師程度にお見受けします」

 一歩間違えればジェイクはすでに魔獣の餌になっていた。嫌な記憶を払拭するように咳払いすると、別の話に切り替えた。

「ああ、そうだ。話変わるんだけどよぉ、柄じゃねぇから間違っても”ガーディアン様”とか、名前に様付けとかすんなよ。呼び捨てで十分だ」
 トウマもサラも賛同した。グレミアが何か反論しそうになってもジェイクは言わせずに念押しした。
 紹介終了の一区切りとばかりにミライザは手を叩き、楽しそうに弾む口調で進めた。
「じゃあ、互いの挨拶も済んだので、本題に入りましょ」
(いい性格してんなぁ)ジェイクは思った。

 街の異変は邪悪な魔力が燻る所が多々あるものの、目立った被害はなく、魔獣が現れる様子もない。
 
「何も無きゃ問題ねぇだろ」
 グレミアは真剣な表情である。
「そうはいきません。魔力による秘術は、目立たない燻りだからと放置すれば町一つ失う惨事を及ぼす危険性があります」
 トウマは頭を掻いた。
「じゃあ、その燻った所を一つ一つ解消するというのは? ミライザさんから結界の解き方教わった要領で」
 ミライザは頭を左右に振った。
「燻り一つずつを消す事は可能だけど、あちこちに燻りがあるなら別の所に主軸となる結界か陣がある筈よ。大本の術が分からないから、その主軸一つで出来上がってるのか、いくつかの陣で一つの軸を築いてるのかも分からない」
「けど、それならどうすればいいんですか? 相手の出方を待つとか」
「それではもしもの事態に陥った場合、惨事の対処が追いつかない危険性を孕みます。自然現象でこういった状況ならいくらか手は打てますが……」
 グレミアの続きをミライザが続けた。
「これは明確な人の手による下ごしらえ。どう見ても惨事を起こす気満々よ。他に何か目的があるかもしれないけどあまりいいものじゃないでしょうね」
「二手に分かれて対処するのが最適かと」
「しかないわね。私もそう考えるわ」

 グレミアの案にトウマが手を上げて訊く。

「二手にって、結局は何をするんですか? ミライザさんとグレミアさんはこういったのに詳しいみたいですけど、僕とサラさんは術師でも難しいのは出来ませんし、ジェイクさんは剣士ですし」
「割り振りはトウマ君とサラがグレミアと、ジェイクと私。これしか考えられないから」
「あの、僕とサラさんは昨日までミライザさんに指導を受けてました。僕たちがミライザさんと一緒じゃないんですか?」
「色々理由はあるけど一番は烙印の力。私の研究は暒空魔術っていって、この星に漂う力に関する知識と魔力の技を合わせたもの。彼女は【ネイブラス式唱術】といって、人間から発せられるもの、声や音、気功や魔力などを解析して干渉する術。烙印の力はジェイク自体から発せられるけど、唱術で抑え込むより暒空魔術で封じるほうが安全だから、もしもの時は私が適役なの」
 トウマもサラもよく分かっていないが、二人は何か凄い術師である事に違いないのは分かった。
「それに、二人はグレミアの術を見た方が勉強になるわ。基礎中の基礎は教えたけど、これ以上私が教えるとなったらかなり複雑すぎるから今の二人じゃついてこれない。けどネイブラス式唱術は人間の発するモノに関してるから、魔力の扱いは難しいけど理解はしやすい」
 もう、ジェイクは何が何だか分からず、とうとう我慢の限界に達し、立ち上がった。

「よし! じゃあやる事やりに行くぞ! 結局俺はミライザの護衛ってことでいいのか?」
「ええ。皆で私とグレミアを護って。楔となる主軸の破壊は色々無防備ですからね」

 話がまとまると、一同に身支度を整えて宿を出た。

 ◇◇◇◇◇

 トウマとサラは気まずかった。
 会話を好み、話しやすい先生のようなミライザに反し、グレミアは口数が少なく自ら話しかけるような女性でない。そして見た目年齢からトウマ達より上、三十代前後の”出来る大人”な雰囲気が醸し出ている。

「……あの~……いいですか?」トウマは申し訳なさそうに訊く。
「何でしょう?」
「キーランさんは」
「グレミアで構いません。我々の住む世界では畏まった場、上下関係を重んじる場所以外では、名に敬称を付ける話し方が一般ですので」
 まるで『転生者への配慮』のマニュアルでもあるような口ぶり。
「じゃあ、グレミアさん。魔女を倒した十英雄から見て、今回の魔力の」
「魔女とは関係がございません」
 本件と魔女の関係性は即座に否定された。
「御二人は魔女を存じていらっしゃらないので簡単にご説明いたします」

 魔女とは、悪性に満ちた自然界の気や魔力の業が集まり形成された塔の主を指す。
 【魔女】というのは呼称であり、女と決まっていない。遥か昔、塔に住まう主の容姿が女性だった為に魔女と称され、以降、魔女の塔に類似する塔に住まう存在を魔女と呼ぶようになった。
 魔女は塔から出ず、内部で力を放出させて近隣諸国へ害を及ぼしている。また、放出された汚染された魔力により幾つもの塔が形成されている。
 ベルゲバの塔は、魔女に成りかけであり、あのまま放置すればいずれ魔女となっていた。

「ですが、この事実を知ったのも魔女討伐を成して以降の事。元々は塔に危険な術を使用する女性が巣くっていると思っておりましたので」
「なら、その情報は塔を登っている間か、戦闘中に判明したのですか?」
 グレミアは頭を左右に振った。
「その話は……――!?」
 言いにくそうに話す途端、周囲の空気が張り詰めるのを三人は感じ取った。



 トウマ達と別れたジェイクとミライザは、昨日の修業場は訪れた。

「ここになんかあんのか?」
「”何かがある”というより、その”何か”を確かめに来たんだけど」
 昨日、ミライザは修業と称してこの場を訪れたが、その際、街の異変を探る術を使用していた。それは、魔力の発生源を探る術である。

「抜け目ねぇな。そんだけ魔力の知識があるなら歩いてでも目当ての町に行けるだろ」
「魔力の知識があっても無理なものは無理よ。こういった神聖な気が漂う場の近くでは魔力の流れが強いの。一個人の魔力放出と供給も強いから、魔力の業で保ってる私だと流されて消えてしまうわ。馬で走るとそんな流れある場所の滞在時間が短くて済むから、何が何でも馬で行かなければならないの」
「今普通にしてるだろ」
「街の中だからよ。人のいない自然だと気は滞りなく流れる。しかし人が集まる場所だと、人間から漂う気が流れを妨害するの。それに建造物も障害物となるわ。よって、私は現時点でこの街の人間に生かされてるってわけ」

 大まかにしか分かっていない最中、ベルメアが現れた。

「そうまでして行きたい町に何があるの?」
 話そうかどうか迷う姿を見て、自分もジェイクも口は堅いと告げた。ただ、ジェイクの口が堅いかどうかをベルメアは知らない。
「まあ、ひた隠す必要も無いわね。……会いたい人がいる。その人に首飾りを渡して、私の記憶を消すのよ」
 まるでミライザの心境に感化したかのように風が吹いた。
「……なんで記憶を消す必要がある?」
「……さぁ、なぜかしら。……この身体になって最初に思いついたのがそれだったの。まさか、ここまで来れるとは思ってもみなかったけど」
 心境が複雑なのだと分かるや、ジェイクもベルメアもそれ以上は聞かなかった。
「話が逸れたわね。今から大元を」
「お前が暒空魔術の賢師だな」
 反応して三者は声の主を見た。
「どうりでガーディアンを待ち伏せても兆し一つ感じねぇわけだ。結界張ってやがったか」

 気温も低いのに袖無しの服を着ている十代と思しき男が岩に腰かけていた。

「あなた何者かしら? 暒空魔術と分かりにくい術を使用したはずよ。それに暒空魔術はかなり少数しか扱えないわ」
「だからっつっても0人じゃねぇだろ」
 ミライザは直感して戦闘状態に魔力を構えた。
「……あなたも暒空魔術師」
 男は卑しい笑顔を浮かべた。
「賢師様に気付いてもらえて光栄だぁ。運よく生き返ったみたいだが、あの世に戻れよ」

 男が手に魔力を込めて構えるも、ジェイクは全身に烙印を纏わせて斬りかかった。
 攻撃は呆気なく躱され、烙印の刃を飛ばして追撃するも、魔力の風が生じて軌道を逸らされ上空へ流された。

「おいおいオッサン。賢師様との貴重な対面時間を無理やり裂くなんて野暮だぜ」
「うるせぇぞ若造。やる気あんなら相手してやる」
「おー怖」
 男から余裕の笑顔は消えない。次の手を打とうと、しゃがみ込んだ。
「やるなら俺の舞台でやろうぜ」

 男が地面に手を付けると、ミライザは手をジェイクへ向けた。

「いけない!」
 結界を自分含めジェイクもろともかけたが、地面から緑色の光が生じ、一瞬にして弾き飛ばされた。
「そんな術で防げるかぁぁ!」
 男は立ち上がり、優雅に両手を広げた。
「わざわざ面倒な仕込みまでした俺が作り上げた舞台だぜ。踊り狂って死んでくれや」

 男を中心に眩い光がジェイクとミライザを包み込んだ。
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