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一章 遺跡の魔獣

Ⅳ 蜘蛛の魔獣

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 怪我人を町医者に預けてジェイクは外で待っていた。一方で、治癒術が使える青年は医者に協力させてもらえるように頼み、補助に励んでいる。

 外で待つジェイクはベルメアと念話を交す。
(さぁ、どうするよ。良縁どうこうの問題じゃなくなってきてるようだぜ。あの怪我人がどれ程の実力者か知らねぇけどよぉ、あそこまで瀕死にさせる相手だぞ。魔獣狩りで踏み込んだ人間を否応なく殺す気満々で襲って来るって考えるべきだろ)
(そうね。でも早く行かなきゃならないのは確かじゃないかしら。さっきの人が言ってた仲間が襲われてるって事は、その中にいい仲間になる人がいるかもしれない。あたしとしては、さっきの青年を仲間にしてほしい所ね。治癒術は欲しい所よ)
(あんな気弱そうな奴を守護神の試練に巻き込むのはどうかと思うぞ。悲惨な戦地に引っ張り込むのは可哀想だろ。……とにかく、さっさと行くぞ)
 怪我人の報告を待たず、ジェイクは森へと向かった。


 町医者と共に治療を済ませた青年は、医者から感謝の意を述べられていた。

「本当に助かった。治癒術を使える者はこの村にはおらんし都会程の設備が無いからこの男はかなり危険な状態だった」
「どういたしまして。けど、この国は治癒術を使える者を村や町に置いたりしないんですか?」
 町医者は目を閉じ、ゆっくりを頭を左右に振った。
「ここまでの術を扱える人材はもっと人口が多い所とか、凶暴凶悪な魔獣を相手にする所に持って行かれる。負傷兵を失わず脅威となる魔獣を制する状況こそ、優先されるからな」
 説明する町医者の様子はどことなく寂しい雰囲気が感じられる。こういった怪我人を幾度となく救えなかったのだと察し、青年はそれ以上何も言わなかった。

 話しの途中、怪我人の男が呻き苦しみだす。

「治療はちゃんとしたはずじゃ?!」
 町医者が男の眼や脈拍を診た。
うなされてるだけだろ。容体に問題は……」
 突如目を覚ました男が町医者と青年を見るや、目を見開き恐怖に襲われた。
「う、うわああああああ――!!」
 叫びと同時に払いのけようと腕を振るって暴れる。
 青年は町医者を庇って右頬を殴られ、男から町医者を離す際に左手を机にぶつけた。
「大丈夫かね」
「はい。無事です」
 青年は男に寄り、両腕を掴んで抑えた。
「大丈夫です! ここは安全な場所ですから!」

 動転した男は次第に落ち着きを取り戻す。呼吸も整い上体を徐に起こすと、ようやく安全な所にいると実感して気が静まった。
「俺……助かったのか?」
 男は森で起きた事を思い出してしまい、身体が震えて蹲り、歯をガチガチと鳴らし怯えだした。
 青年と町医者が事情を聞くと、驚愕の事実を知らされた。



 森の中は怪我人と出会った時とは打って変わり、殺気立つ気配が漂っている。

「ベル、こいつぁ、かーなーりの危険地帯になっちまったぞ」
「すぐにでも帰りたいほどにね。注意して進んで、危険って思ったらすぐ退避に徹する。深追いなんて絶対禁物よ。前から言ってるけど、転生者の身体は元の身体と違って、気合で無理できる身体じゃないんだからね」
「へいへい。つーか、神力集める条件に特定の魔獣か何かを倒すってあっただろ? これがそれか?」
「いいえ。ここの魔獣が如何程の力を備えているかは知らないけど、神力を多量に含む魔獣の条件は知名度とか転生者に深く関わりある存在って考えて。神話に関係しているとか。分かりやすい所で例えるなら……『烙印塗れの魔獣』とか? 存在するかどうかは別としてよ。それくらい深い関わりがあると考えてちょうだい」

 全てを理解は出来ないが、森の遺跡に巣くう魔獣ではないとだけ理解した。
 暫く進むと空気が重くなるのを感じた。それは悪性の魔力が漂っているとベルメアは説明するも、ただならぬ気配であると悟ったジェイクは剣を鞘から抜いて構えた。
 じっと前方を警戒する。しばらくして、前方の暗がりから何かが動く影を見つけて緊張が走った。
 やがて、木漏れ日のある場所に姿を現したのは、蜘蛛のように足が八本もある魔獣であった。蜘蛛と断定できない理由は、胴体がまるで人間の風貌だから。巨大な人間に四本の手足が生えたような化け物だ。ただ、八本足の先端は全て蜘蛛のような形状である。

「まさしく化け物様様だな。こいつが親玉か?」
「そうは思えないけど強いことは確かね。隙をみてすぐ烙印技で倒すのよ!」
 告げるとベルメアはジェイクの中へと入った。以前、ジェイクに戦闘中は気が散るから姿を消してもらったほうがいいと頼まれたからである。

 蜘蛛の魔獣が勢いよく迫ると、前足で突き刺すように攻めてきた。ジェイクは後方に跳び退くことで躱し、続くなぎ払いの攻撃も受け流すことが出来た。しかし、剣で受けた時の衝撃が強く、長期戦にもちこむと不利になると悟る。まともに攻撃を受けると瀕死に追いやられると想定し。
(使うしかねぇな、畜生が)
 次にどんな攻撃が来るか分からないが相手の出方を事細かに分析する余裕はない。一つだけ備えている烙印技を使おうと構えた。
 いざ”力を注ぐ”と意を決した時、蜘蛛魔獣の頭上から何かが勢いよく落下してきた。

「イギャアアアアアアア――――!!!」
 蜘蛛は奇声を森中に轟かせた。
 激痛に苦しむ絶叫が続くと、次第に奇声も動きも弱まり、身体や手足を痙攣させ絶命した。
 蜘蛛魔獣を絶命に追いやったのは、槍で胸元を一突きにした男性の攻撃であった。
「フゥ……。ん?」男はジェイクに気付いた。「ああ、わりわりぃ。あっちで魔獣退治してたら一匹逃しちまった。怪我は無いか?」
 ジェイクは男と蜘蛛魔獣、両方を見た。
(ベル、姿を消したままでいろ)
 そう判断したのは、前世で培った警戒心が働いたからである。
(なんで?)
(勘だ。何も無ければそれでいい)
 ベルメアは素直に従った。

「悪いな。正直助かった。金稼ぎでこの先の遺跡に巣くう化け物退治の依頼を受けたんだけどよ。こんなのがゴロゴロいんのか?」
 男は先に手を差し伸べた。
「俺はバルド。旅で金が要るからここへ来た」
「ジェイクだ」
 握手を交わすと、バルドは蜘蛛を見た。
「本当ならもっと野獣に近い小型の魔獣ばかりだった」
「”だった”って、何かこの先であったのか?」
「ああ、俺らは仲間と一緒に来て遺跡に入ったのはいいが、異形の魔獣……いや、ありゃまさしく化け物だ。原型がはっきりしない変な奴だった。そいつと、そいつの率いた魔獣の群れに襲われて仲間と逸れた」
「じゃあ、この蜘蛛みたいなのも異形の魔獣の連れか?」
 バルドは頭を左右に振った。
「こいつは俺の仲間だった男だ」

 元が人間であった魔獣。ジェイクもベルメアも驚愕する。そして何か違和感が残る。

「異形の魔獣から飛んできた体の一部が入り込んでこうなっちまった」
 バルドは悲しい目を向けて蜘蛛の足を撫でた。
「……俺は仲間を探してこの森を出る。さすがに奴と戦うには国の力が必要だからな。仲間探しだけでも協力してくれるか?」
「いいぜ」即答で受け入れた。「……で? あと何人いるんだ?」
「七人だ。その内一人がこいつだ」親指で蜘蛛魔獣を指した。
「ついさっき、ズタボロで瀕死の奴を町医者ん所に送った。あんたの仲間か?」
「だろうな。この森に入ったのは俺らだけだし、魔獣が強すぎて長居なんて出来やしねぇから先に入った奴はいないだろうから」
 これで残りは五人となった。
「じゃあすまねぇなジェイク。仲間探し手伝ってくれ」
「おう」
 二人は森の奥へ向かった。

 歩きながらジェイクは蜘蛛魔獣についてベルメアへ訊いた。

(ベル、なぜさっきの魔獣から烙印が出なかった? 人だったからか?)
(さっぱりよ。でも可能性は三つばかし考えられるわ。一つはそうね、元が人間だったからかも。二つ目はジェイクがトドメを刺さなかったから。三つ目は烙印が出る魔獣じゃなかったのかも。今まで雑魚から烙印は見たけど、ああいった特殊な存在は見てなかったでしょ。とりあえず、一つ一つ可能性を確かめるしかないわね。それより、この状況、あんたはどうみるの?)
(かなり危険なのは変わりねぇけど……)
 未だ明確になっていない違和感。魔獣絶命時に見たもの。諸々の謎について、今はベルメアにも伏せた。
(まだ烙印は残ったままだ。出来る限りやってみるぜ)

 ベルメアへ教えていないジェイクが見たもの、それはバルドが蜘蛛魔獣を一突きにした際、烙印と同じ色の光が現れていた現象である。
 光は、魔獣が絶命した途端に消え失せた。
 烙印が出現する可能性に”一部の転生者”が条件だとするなら、その一突きの際にバルドが烙印を手に入れた事になる。つまり、バルドが転生者を狙う転生者であるならば、烙印技を使って殺される危険がある。

 ジェイクは警戒を怠ることなく、尚且つ不審がられないよう注意しながら歩いた。
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