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一章 遺跡の魔獣

Ⅱ 軍資金集め

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 カバルの町へ到着すると、ベルメアの案内で換金所へ向かった。
 転生者がこの世界で金を稼ぐ方法は大きく分けて三つある。『労働』・『魔獣と野獣の討伐や狩りによる換金』・『張り出された依頼の達成』だ。


「ブーガ三体。証明できるものある?」
 職員の言葉遣いは丁寧ではない。人間性か、仕事内容に対する不満か。
「証明もなにも……」
 戦利品は無く、証明方法も分からない。ナイフ代わりになるだろうと思い、ブーガの背に生えている角を一本だけ持ち帰っていたのを渡した。
「これだけ? ったく、兄さん、その歳で魔獣狩り初めてか? 見た目は”いつでも戦ってます”って感じだけど」
 若干の苛立ちを抑えつつジェイクは苦笑いを浮かべて答えた。
「訳ありで初めてだから許してくれ」
 職員は溜息を吐き、気怠い調子で「待ってな」と告げて奥へ行った。

 数分して戻って来ると、ジェイクに100ミル渡した。この世界の通貨は『ミル』と呼ぶ。

「それとこれね」
 渡されたのは封筒。
「なんだコレ」
「換金の説明資料。ここいらで獲れる必要素材も載ってっから、よく読んで出直しな。あと『魔力採取の腕輪』。安もんだけど貸してやる。欲しけりゃ金貯めて買ってくれ。金は大まけで100だ。さっき噂で森ン中にブーガの死骸が三体あったって言ってたから、兄さんの言葉信じてやるよ」
「お、おう。すまねぇな親父」
 腕輪の役割が気になりながら外へと向かう。去り際に、「町出る前に腕輪は返せよ」と忠告された。

 換金所を出ると、ベルメアが声を掛けた。
(人が多い所だったら声に出さないで念じて。普段の会話するように話せるから)
 とはいえ、念じて話をするのが初めてで、上手くできるか分からないジェイクは躊躇いがちに話す。すると、二言三言話してすぐに慣れた。
(出来るもんだな、念じる会話)
(当然よ、転生者の特権みたいなもんだし。念話って言うのよ。ん? お金なんか見てどうしたのよ)
(さっきの換金だけどよ。本当に合ってる額か? それに単位が違うけど、俺、この世界の金の価値とか知らねぇぞ)
(安心して、元の世界と同じ感じだから。呼び名が違うだけよ。それに、さっきのオジサン、嘘は吐いてないけど、5ミルしか得してないよ)
(あの野郎! どこが大まけだ!)
(仕方ないでしょ。噂程度でちょっとでもまけてくれたんだから有難いと思いなさい。不服ならこの世界の換金内容把握して。それと、あんたの疲労と空腹について話すからちゃんと覚えてよ)
(んあ? 疲れたら疲れた、腹減ったら腹減った。だろ?)

 どう返していいか分からず、ベルメアは一呼吸置いて落ち着いた。

(大事な事だから。さっきの魔獣戦で、今のあんたは一応疲れてるか傷ついて弱ってる状態よ。それで、回復しなきゃならないの)
(けっこう大丈夫だぞ)
(そう思ってるだけよ。いきなり戦闘になったら、すぐ疲れ切る身体なの。で、回復方法は三つ。一つは食事、一つは睡眠、一つは魔力を使用した回復術よ)
 当然ジェイクは分からず意味を求めた。
(転生者は、どんな状態でもちゃんとした所で寝ればちゃんと回復する身体になってるの。それに、食事すれば疲労は抑えられるし、食べたものの種類によれば解毒とかの効果があるわ。それで術による回復なんだけど、術を扱える術師ってのがいるのよこの世界では。味方に付ければかなり助かるわ)
(俺じゃ駄目なのか?)
(術を扱うっていうなら大丈夫だけど……)
 ジェイクの知性と性格から考えた。
(見るからに剣で戦う。って転生者だし。……簡単なのは出来るかもしれないけど)
 簡単な術を扱う方法をジェイクがしたらどうなるかを考えると、顛末が容易に想像できた。そして、術は完全に諦める事に決めた。
 それでも敢えて、必要な質問をかけた。
(あんた、毎日三時間の読書を試練終了まで続けなきゃならないって言ったら、やる?)
(するか、まどろっこしい)
 見事に予想を裏切らない即答。ベルメアは嬉しいのか哀しいのか分からない気持ちになった。
(俺はさっさとレベル20になって受肉すんだよ)
(了解了解。だったらそうなるまで、回復方法と換金方法だけはしっかり覚えてよ)
(おう、まかせろ)
 ベルメアの頭痛は酷くなる一方であった。

 念話の最中、食品売り場へ到着した。
 安くて腹持ちのするものを購入し、食料を持って町外れの広場へ訪れた。これで声を出して話せる。
「率直に言うわよ。あんたは仲間がぜぇぇぇっっったい! 必要よ」かなり強調されている。
「んだよ唐突に」
「あんたの為よ。他の小難しい必要知識を蔑ろにする性格でしょ。ってか、分からないってなったら言葉が耳を通過して頭に入んないでしょ、あんた」
 図星をつかれてジェイクは黙る。
「こんな時に性格の矯正なんて無理だし時間の無駄よ」
「喧嘩売ってんのか?」少し苛立っている。
「重要な分析よ。こんな事で喧嘩して時間無駄にしたくないのはお互い様でしょ」

 真っ当な意見にジェイクは不貞腐れ、黙った。

「小技程度は技術書みたいなのを買って勉強すればいいわ。でも今のままじゃいざって時に一人だとすぐ死ぬしんじゃう。さっきの戦闘は偶然烙印が出たから助かったけど、無かったらもう死んでるわ。これからそういった窮地はいくらでもあるから、助けになる味方を付けないといけない」
「でもよ、そいつがこの世界の人間って偽った転生者なら、俺を殺すって可能性もあるだろ」
(こういう勘は働くのね)少し感心した。「その通りよ。だから、仲間集めは慎重に、今は、依頼の同行ぐらいから始める方がいいわね」
「依頼?」
 この世界では国からの依頼と一般依頼がある。一般依頼は都会、町、村などの依頼は統一したものが多く、その地域限定のものもある。国からの依頼は報酬は高いが、当然命がけの危険なものばかり。
 資金集めにおいて、依頼達成の報酬のほうが魔獣討伐より順調にはかどる。
 こういった依頼を受け持ち生計を立てる者も存在する。

「まずは簡単な依頼から初めて、少しでも強くなりつつお金を貯める。その間、人を見て、味方になれそうな人を引き入れる。これしか方法が無いわ」
「んな簡単に行くのか?」
「まだ受肉してないで、この世界の常識も知識もからっきしのあんたが、これ以上口出すんじゃないの!」
 もう、ベルメアに気圧されて従うのが板についたようで、怒鳴られるとジェイクは素直に従った。
「まあ、とりあえずはこれより良いもん食う事に専念するぞ!」
 安い干し肉片手に呑気な言葉を発する彼を見て、高望みは期待せず、”動いてくれるならそれでいいか”とベルメアは受け入れた。


 ジェイクに出来る依頼は少なく、主に土堀り、指定の薬草摘み、荷物運びだけである。理由は、単にレベルが低く、装備も使い古された安物(身体の本人の所持品)しかない為である。
「剣術稽古の相手位出来ただろ」
 ジェイクの頭では、剣術稽古相手が一番レベルを上げる事が出来る依頼だと踏んでいた。
「確かに依頼可能だけど、レベルが低すぎるから相手の信頼を失う可能性の方が高いわ。国だろうと一般だろうと、依頼はいくら単純なものでも信頼第一よ。あんたも思わない? 店で料理注文して、食べたものでお腹壊したら、その店が大丈夫か不審がって、二度三度と続くともう行きたくないでしょ」
 ここは素直に従うしかない。
「けど運が良かったわ。こっちの旅先でも必要な薬草の依頼がいっぱいあって。しかも魔獣が弱い所よ」
 これで薬草代が浮く。

 最優先ですぐに済む荷物運びの仕事を終え、その収入で武器を新調し、続けて薬草摘みの依頼を受けた。

「借りた腕輪、ちゃんと腕にはめてから魔獣倒してよ」
 ジェイクは不思議そうに腕輪を眺めた。所々傷と色剥げが目立つものの、組み込まれた宝石は傷んでいない。
「どう使うんだ?」
「魔獣倒したら魔力をその腕輪が吸ってくれるの。説明書きにあったでしょ」
 適当にしか読んでおらず、曖昧な返事をする。
「……烙印みたいなもんか、魔力って」
「んなわけないでしょ。魔力ってのは、自然界や全生物に流れてる気よ。死んだら誰だって魔力が溶け出すように自然の中へ流れていくけど、魔獣の魔力はちょっと異質なの。それを腕輪の宝石が吸い取るのよ。それが倒した証拠になるの」
「変わった世界だな」
「それだけ”魔力”って概念が日常生活に浸透してる証拠よ。慣れるしかないわね」

 腕輪の説明中、小型の魔物が現れてジェイクは剣を構えた。
 依頼の目的地へはブーガより弱い魔獣ばかりとある。戦闘状態となってもすぐに済み、早速魔力採取を実践した。
「おぉぉ……」初めての事で驚く声が漏れた。
 魔力を採取して、先へ進んだ。


 町から少し離れた薬草群生地へたどり着くと、役所で借りたナイフを使って集め始めた。
「こいつでもレベルが上がんのか?」
「魔獣倒すよりかは上がりにくいけどね。けど、来るときも何匹か倒したし、帰る時も倒せば上がるわ。ステータスボード無いから分かんないけど」
 物悲し気な目線を向けられ、ジェイクはシレっと視線を逸らせる。
「レベル5くらいまでは今日明日中には上がるんじゃないかしら」
「もっと早く上がんねぇのかよ!?」
「焦らないの。今日は軍資金集めに徹すんの。それで、ある程度準備が整ったら、ブーガでも倒していい感じにレベル上げる。そしたら明後日にはもっと良い依頼を選べるわよ」
 ベルメアは目星を付けている依頼を思い出した。
「何となく、良い感じの依頼は見つけたんだけど、兎にも角にも、もうちょい強くなんないと受けれないやつばかりよ。気張って働いて、精一杯戦ってちょうだい」
「へーい」

 返事は情けないものだが、薬草摘みの早さから熱心な思いが感じられた。
 夕陽で空が朱色に染まり始めた頃、ジェイクは持ってきた籠いっぱいに薬草を詰め込んだ。
「一時間でこれだけ摘めるって、中々やるわね。さすが騎士団長、根性が違うわね」
「ったりめーだ。ガキん頃はずっとこんな事してたんだしな。懐かしすぎるわ」

 座って籠に凭れ、微風を浴びながら夕陽に染まる丘を眺めると、本格的に祖国の土地を思い出した。
 もう戻れない、懐かしい国の風景が眼前の風景と被り、気持ちが落ち込む。
 呆然と眺める最中、覗き込むベルメアの顔が視界すぐ近くに現れた。

「どしたの? なんか切ない感情剥き出しって感じよ」
「いいだろうが、田舎思い出してたんだよ」
「へぇ、あんたも感傷に浸る時とかってあるんだ」
「人間誰だってあんだろうが。ほら、帰るぞ」
 邪魔をされたからか、不機嫌な表情で籠を持ち、サクサク帰っていった。
「あ、待ってよぉ。ごめんってばぁ」
 さすがに悪い事をしたと感じたのですぐに謝った。

 薬草摘み依頼と、道中で得た素材や魔物退治の証拠をにより、合計で900ミルを稼いだ。換金後、宿で一番安い素泊まり部屋を借りるように命令され、渋々従う事となった。
(飯付きのもうちょい高いやつで良いじゃねぇか)
 ベッドで寝転がって念話でぼやく。宿内では誰が聞いているか分からない為、念話を強制されている。
(早くレベル上げたいなら我慢。屋台販売の安い料理でお腹は満たされてるし、色んな装備や道具を買うのにお金は必要なのよ)
(そんなに準備万端にしねぇとならん依頼なのか? 烙印使えば良いだろ)
(それなんだけどねぇ。今日も何度か烙印の力見たけど、あれはあれで使い所を選んだ方がいい気がするのよ)
(どういう事だ? まあ、俺もむやみやたら使うってのは賛同しかねるがな。何となくだけど)
(謎が多い事に変わりないんだけどね、あの力は無条件で高い威力の攻撃が出来るのは見て分かるでしょ。レベル2の状態でアレが使えたら、試練の概念自体が崩壊してしまうわ。まだ数回しか使ってないけど、十回、百回と使ったら何かしらの反動が来る可能性もある。その見極めを試されてるかもだけど。それに依存しきった挙句、あんたの精神に異常をきたす危険ってのも考えられるし)
(おいおい、脅すなよ)
(可能性の話よ。ともかく、烙印の力はいざって時に使いましょ。仲間が出来るか、依頼先で烙印についての情報を得られれば、何か分かるかもだし)

 色々と新しい事を覚えた上に考えるだけで頭が痛くなる烙印の話。
 もう考えるのを止めたジェイクは「もう寝る」と呟いて就寝した。
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