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序章

Ⅱ ベルメア

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 化け物から現れた烙印に気をとられてしまったジェイクは、咄嗟に気づいて残りの化け物達を警戒する。すぐにでも襲ってくると焦ったが、不思議と化け物たちは気性を荒げてジェイクを睨み付け、今にも飛びかかりそうだが動かない。強敵を前に敵意をむき出し、警戒している状態に近い。

(なぜ襲ってこない? ……死骸を見て恐れてんのか?)

 謎が残るも幸いであった。呼吸の乱れ、手や膝の震えなどから一体目をしとめた行動はもう出来ない。しかし油断は出来ない。現状はジェイク獲物が疲弊して多勢で攻めれば容易く殺せる。
 双方睨み合いが続く。
 弱者が襲われて喰われるのは自然界における摂理のはずだが、”この世界では違うのか?”とジェイクは疑問に思う。何か違う気がして、次にしとめた化け物が大将格かと考えるも、こちらもしっくりこない。疲弊した人間を怖れるとは思えなかった。

 事態が変化しない中、少女は冷静に状況を分析する。
(あの紋章、なに? ……あの程度の魔獣・・にこんな事が起きるはずはない。なら、ジェイクに反応したの? ……“因果”の話かもしれないわね)
「おい! なんで死骸から烙印が出るんだ! こいつら何で襲ってこない!」
 ジェイクが紋章を『烙印』と呼ぶ時点で、少女は因果関係が濃厚と悟った。
「あんた、その紋章を見た事あるのね!」
「紋? 烙印だろ!」
 決めつけて言い放つ。関係性があると確信した。
 まだ情報が少なく仮定の話だが、魔獣がジェイクを襲わない理由は、ジェイクを警戒しているのではなく烙印を怖れているのだろう。それ程驚異的な力を秘めていると。

 突如、烙印の周りを漂う蒸気のようなものがジェイクの方へ流れているのを少女は見た。それはほんの微かなものである。
 少女は一つの可能性が浮かぶ。成功か失敗か賭けでしかないが、この窮地を抜け出す方法はそれしかなかった。
「その烙印に触れなさい!」
「はぁ!? お前、これがどれだけ危険か知らねぇのか!」
「言ってる場合?! 今のあんたじゃその魔獣を倒すのは無理だし逃げるのも無理! 一か八かなのよ!」
 命令は正しい。これ以上睨み合いを続けていても埒が明かず、いつ均衡が崩れて襲われるかもしれない。とはいえ、嫌な記憶しかない烙印に触れるのは危機感しかなく気が引ける。
 ジェイクは、決断を下すのに苦悩した。
「急いで! 死にたいの!」
 ジェイクは舌打ちして決断した。
 魔獣への警戒を解くことなく死体を登り、烙印の傍へ立った。
「畜生が……。なるようになれ!」
 意を決して烙印を左手で掴んだ。

 烙印はやや熱く、手の平から手の甲へ熱が移ると赤紫色の烙印が浮かび上がった。処刑時の色合いより黒みが抜けて鮮明な輝きを放っている。
 突如、ジェイクは剣を両手で構える動作をとった。それは無意識か騎士として生きた経験からか、なぜこのように体を動かしたのか分からない。ただ、その動きが自然だと直感が働いた。
 魔獣の死骸から烙印が消えた途端、仲間の魔獣の緊張が解け、ジェイク目掛けて飛びかかった。
「避けてぇぇぇっ!」
 少女の命令を無視し、敵を睨みつけたジェイクは何をすれば何が起きるか。先程同様に体が覚えているように行動に移った。

 飛びかかる二体の魔獣目掛け剣を振ると、赤紫色の弧を描いた光が放たれ、二体を寸断して抜けた。
 身体を断たれた二体の魔獣は呆気なく死骸となった。間もなく、それぞれの死骸から烙印が出現した。一方でジェイクの左手に記された烙印が消えた。
(……使えば消えるのか?)
 ジェイクは近くの烙印の元へ跳び寄り右手で触れると、今度は右手の甲へ記される。続けてもう一体の烙印にも触れると、右手首へ縦並びに記された。
 烙印の力により大技を出せる。突破口を見つけたと考えたジェイクは力を籠めて剣を構えた。すると、残りの魔獣たちは危機を感じて逃げていった。

 緊張が解けたジェイクは地面にしゃがみ込み深く息を吐く。
 落ち着きを取り戻すと少女が傍まで来た。
「おーい。結局何で烙印があんだ?」
「おそらく『因果』かもね」
「……なんだって?」
「あたしは”紋章”として判断したわ。この世界じゃ、ああいうものって紋章とか印術とかになるんだけど、あんたは初見で”烙印”と決めつけた。それを知っているって事でしょ?」
 前世での在り方とはまるで違う。はっきりと断言できない気持ちであった。
「……まぁな、多分」
 曖昧ではっきりしない返事でも少女は続ける。
「あんたを転移した時、因果も転移されたの。烙印の概念がこっちに来て、あんたと関わったって事ね」
「ちょっと待て! 俺の因果って事は、業魔の烙印って事だよな!? 甚大な被害が及ぶぞ!」
「落ち着きなさいな。その業魔の烙印がどういうのかは後で聞かせてもらうけど、そんな危険な烙印を両手に刻んだ状態で何か危険な感じはする? あたし、一応は神だからそういう危険なのは感知できるけど、今のあんたからは何も感じないわよ」

 言われてみて右手の烙印を眺めるも、業魔の烙印程の重圧も痛みも感じない。程よい湯加減の温もりは感じる。

「ここからはあたしの推測だけど、ジェイクは魔獣から出た烙印を宿して戦う技を身に付けてると思うわ。他の転生者がどうかは分からないけど。とりあえず今ある情報からだと、『ジェイク=シュバルトが魔獣を殺せば烙印が出る』その道理が正しい筈よ。で、烙印に触れて戦うと今みたいな技が出るか、他に効果を示す。そういったものね」
「おいおい、これがもし業魔の烙印だったらどうなんだ? ずっと手に刻んでていいのかよ」
「さあね。情報が足りないし、道すがら色々試して情報集めるしかないでしょ。何か危険だと判断したら、近くの大木とか斬って烙印消せばいいだけだし」
「……そんな適当で良いのかよ」

 そんな面倒な事態を招いたジェイクへ、少女は苛立ちを露わにした顔で詰め寄り人差指で胸を強く突いた。

「あ、ん、た、が! ステータスボード壊さなけりゃ、こんな悩む必要なかったのよ!」
 それほど不思議な力がある代物であったと理解したジェイクは苦笑いになる。
「わ、わりぃ。だからそんな怒んなって。ちゃんと説明聞くから」
 少女は深い溜息を吐いて離れた。
「じゃあ、とりあえず近くの町に行って態勢立て直すわよ。当然だけどこの世界の事分かんないんだったら、知らなきゃ話にならないし、転生直後の身体で無理するのは危険なのよ。後で説明するけど」
「お、おう」

 これ以上色々質問しても理解できず、素直に返事だけした。不意に、大事な事に気付く。

「ところでお前、名前あんのか?」
 少女も自己紹介していない事に気付いた。転生後、思いもよらない展開が立て続けに起きたので紹介する間を失っていた。
「そうね。とっても大事なこと忘れてたわ」
 改まって向き直った。
昇格試練対象四十四守護神しょうかくしれんたいしょうしじゅうししゅごしんの一柱、四十四番目の神『ベルメア』。ベルって略しても良いわよ」
 ジェイクが一番気になったのは番号であった。
「何だ? 四十四番って」
 ベルメアは平然と答えた。
「今回の昇格試験における神の数よ。四十四柱の守護神がいて、あたしは四十四番目ってわけ」

 率直に実力順の序列を想像したジェイクは、『最下位の神』と頭で変換して言葉が漏れる。
「……ドベ神か?」
 ステータスボードの破壊、理解できない言動、苛立ちと心の負担。諸々の不満が爆発したベルメアは怒鳴った。
「ドベって言うなぁ! 神に関する話は人間風情が理解できるほど単純じゃないのよ! かなり複雑なんだからね!」
 気迫に圧されてジェイクは軽口も控えた。なにより、これ以上口出すとさらに面倒な説教と怒号が飛んできそうであるからだ。
 改めて、ジェイクは名前を知られているが、自己紹介として名乗り返した。
「ベルディシア王国第三番騎士部隊団長・ジェイク=シュバルト。よろしく頼むわ」

 こうして、災難だらけで始まった神の昇格試練における転生。
 前途多難な騎士と守護神の旅は始まった。

 ◇◇◇◇◇

 ある町の宿にて、二人の男が転生者について話し合っていた。
 黒を基調とした貴族服を纏う男は転生者の男を見て話す。その転生者の男は、家屋二つ分を重ねたほどの高さがある塔の頂上で燃えさかる火を眺めていた。
 塔は町を護る外壁の所々に設けられた塔で、魔獣避けの火は毎晩燃えている。

「なかなか興味深い疑問だ。俺様もこのような身体・・・・・・・・・・で聞けた義理ではないが、転生者たる当人がどうしてそのような疑問を?」
 炎を眺めていた男は少し考えて答える。
「”レベル”というのが力量を示す言葉ではあるが、限界を超えてもある程度の力は、かなり疲れるが出せる。そしてやたらと脆いステータスボード。神がかった代物ではあるが、なぜ頑丈に拵えていないかが疑問だ。それにこの世界において転生者は”ガーディアン”と呼ばれる伝説の戦士で役目もある。しかし私が守護神から聞かされた内容はそれほど重要な点が語られない。階層があり、差別的であり、曖昧な点がちらほら目立つ」

 貴族服の男は腕を組み、口元を摩って考える。

「何か意図がある転生。……いや、転生者たる存在に重要な何かが?」転生者の男を見る。「レベルなる概念やステータスボードと言ったモノは、真意を隠すために?」
「そこまではなんとも。情報量が少ないので他の転生者の意見を聞かなければ何とも言えないよ」
「……奇妙で不快に思うか? 常人と違う身体に生まれ変わり、不明瞭な役を押しつけられて」
 転生者の男は僅かたりとも不安や不快といった思いを顔に滲ませなかった。むしろ、目つきは微かに喜んで見える。
「これほど探求し甲斐のある役目を与えられたのだ。感無量といったところかな」
 貴族服の男はその心情が理解出来た。
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