烙印騎士と四十四番目の神・Ⅰ 転生者と英雄編 

赤星 治

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序章

Ⅰ 転生と烙印

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 男は処刑台の上で跪かされていた。
 上半身裸、ボロいズボン。手は後ろに回して金具を嵌められ、足も鎖付きの金具で拘束されている。
 浅黒く隆々たる肉体、屈強な身体を持つ男の全身には紫色に光る印が随所に刻まれていた。大きさは最大で大人の手の平程である。
 男の隣には大きな戦斧を持つ兵士がいる。

「まさか……これほどまでに『業魔ごうま烙印らくいん』を」
 玉座から王は処刑台の男を悲しい目で見た。
 傍には神官の男性がいる。位は法衣の装飾と色合いから最高位と分かる。
「業魔の烙印は一つでも多大な力を持つとされます。全身を埋め尽くすとあらば十日足らずで大陸の国全てを滅ぼせましょう」
「由々しき事態だ。騎士団長たる者が、なぜこのような邪な力を求めたのやら」

 処刑台の男は猛獣が唸るような声しか出せない。

「嘆かわしい。既に人の言葉を発せぬまで堕ちたのでありましょう。……王よ、あの者は騎士団長になる以前より功績を積み上げ、長の任について以降もこの国の為に努めてまいりました。せめて苦しませぬように」
 神官が頭を下げると、王は一息吐いて目を閉じ頷いた。
「分かっておる。一瞬で済ませてやろう」
 王が手を翳すと、処刑人の兵士が斧を振り上げた。
「グッ、ガアアア! ギッ、グガアアア――!!!」
 男は斧を見て顛末を悟る。そして、渾身の力で王目掛けて吠えた。とはいえ、まともな声になっていないのだから、男の訴えは届かない。

 王は一歩前へ出た。

「第三騎士団長・ジェイク=シュバルトよ! 業魔の烙印を収集し、その多大な力を持って我が国へ害を成そうとした罪により刑を執行する!」
 王は手を挙げた。
 ジェイクは血眼の見開いた目で王を見た。
「今まで我が国の為に尽くしてくれた事、感謝する」
 けして届く事の無い王のつぶやき。意に反し、手を下ろされた。
 合図と同時に兵士が斧を振り下ろすと、ジェイクの首は斬り落とされた。



 痛みは一瞬であった。
 数多くの烙印を刻んだゆえか、それともこういう感覚なのか。斬首以降、痛くも苦しくも無い。ただ視界は真っ暗、温度も音も無い。ジェイクは疲れ果ててベッドへ寝落ちる感覚で闇の中へ沈んでいく。



 突如、視界が開け光景が映し出される。
 自身が両腕を後ろ手にされ、縄で拘束され、跪かされている光景であった。

「謀ったなバッシュ!」
 ジェイクは神官・バッシュ=ボートマンが宙に出現させた烙印を次々に刻まれていた。一つ一つが刻まれると焼ける痛みが生じる。
「君は邪魔ですジェイク=シュバルト。妙に鼻は利くし勘も良い。質の悪い兵を寄せ集めた第三騎士団の長とは思えんが、流石は王のお眼鏡にかなった存在と言えます。……どうあれ、私の烙印研究には妨害でしかない」
「ふざけるな! 業魔の烙印を作って何をしようとしてやがる!」

 バッシュは嘲笑った。

「国の滅亡以外何が? この国の住民の命を対価に烙印を生産。各国に災禍をまき散らし争わせる以外、答えは無いだろ」
「虐殺に何の意味がある! それでも人間かぁ!」
「随分と退屈な事を。人間同士の争いが面白いに決まっているでしょう。お前には分かるまい。自分達ばかりが救われようと必死に神に祈る民達の姿を見ているとだな、ほとほと嫌気がさしてくるのだよ。こういった連中は、もっと凄惨な世界を味わうといい、と」

 バッシュはジェイクの背に手を当てた。

「てめぇの悪事は必ず暴かれる! 俺を殺しても逃れられると思うなよ!」
「暴かれる前に地獄を作り上げます。それより先に、お前には面白い地獄を味わってもらいます」
 耳元で”家族を殺す”との囁きと同時に、背に当てた手を中心に数多くの烙印が連続で刻まれた。
 激痛に悶え苦しむジェイクを他所に、バッシュはまるで愛しい子を見るような微笑みを向けた。



 光景が再び暗闇に溶けるも、思い出された光景に業を煮やしジェイクは叫ぶ。
「ちく、しょう……。許さねぇぞバァァッシュゥゥゥッ!」
 もう一度、真っ暗闇の上空目がけて咆哮する。



 ジェイクは、目を覚ました。
「ようやく目覚めた。……まあ、五階層だから仕方ないか」
 覗き見るように観察する少女の顔が視界に飛び込んだ。
 ジェイクは即座に訝しい顔になる。
 少女は両手を腰に当て、胸を張って偉そうな態度になる。
「何なの、眉間に皺なんか寄せちゃって。こういうのって、感動のあまり喜ぶか泣くかするでしょ」
「なんだ、てめぇ……はぁ?」

 陽光が少女に当たって見えていると思っていたが、しっかり見ると少女は薄黄色い肌に、全身が仄かに発光している。衣服は肌と同じ色なのか地肌なのか分からないが、羽衣の様なものを纏っているように見える。
 そして、少女は宙に浮いていた。

「幽霊……」
 間もなくジェイクは死後の世界が浮かぶ。
「ああ……あの世か」
 視線を空へ向けると、強引に少女が視界に入り叫んだ。
「バカ言うんじゃないの! あんたを! あたしが! その身体に転生させたのよ!」
 まったく何を言っているか分からないジェイクは再び眉間に皺を寄せる。
「何言ってんだ?」
「い~い。あんたは五階層の候補者だったから、初めっからチンプンカンプンだと思うけど、分かりやすく説明すると、【神様の昇格試練】の為に、死後のあんたを別の世界の人間を媒体にして生まれ変わらせたの。よく見なさい、元の身体と全然違うでしょ」

 言われて気付いたのは装備である。安物の革製の鎧を纏い、安物の長剣を傍らに置いてあった。
 次にジェイクは鎧を外し、自身の身体に愕然とする。
「何だこれ! もっと俺の身体はしっかりしてるぞ!」
 とはいえ、今の身体もしっかりとした筋肉質である。元の身体よりやや細いだけで。
「おい女! お前がやったんなら元に戻せ!」
「戻せるわけないでしょ、あんた死んだんだから。ちゃんと覚えてるはずよ」

 思い返すと斬首刑から夢の内容まではっきり覚えている。

「おいおい、俺どうなっちまったんだ?! さっき、神のなんとかって言ってたよなぁ。何がどうなってんだよ」
 動転するジェイクの様子を見て、少女は溜息を吐いた。
(あ~、面倒くさ。二階層より上とかって、“転生”って言ったら、だいたいは理解してくれるんだっけ? 羨まし)
 少女は改めてジェイクに説明する。
「いい? ちゃんと聞いてよ。あたしは神で、あんたを選んで転生させたの。立場上は守護神ね。分かりやすく言うと、違う世界、違う肉体で、もう一度人間の生活を出来るようにしたの。そんで、奇跡の代償として私の為にちょっとばーっかし戦ってもらおうって話。これでいいかしら?」

 色んな説明を端折り、少女は上手く説明出来た事に自賛した。

「ふざけんな! 元の世界で何もしなかった神が、死んだらてめぇらの玩具になれってか? んな奇跡いらねぇ! 殺したきゃ殺せ!」
 どうやらジェイクには逆効果でしかなかった。
(うっわ、最悪! がっつりハズレくじじゃん! あたし、脱落確定じゃんか!)
 神であるにも関わらず内心で毒づき、それでもジェイクを戦わせる説明を考えた。

「せっかく生き返ったようなもんなのに」無理やりな愛想笑いを向ける。「命を粗末に扱いたいなら好きにするといいけど。いいの? この奇跡って、ちょっとした特権があんたに与えられるのよ」
「なんだ? 特権って」
「試練達成後、守護神は神格が上がり、転生者は何でも願いが叶えられるの。何が望みかしら?」
「だったら元の世界に戻せ! 俺は奴をこの手で殺さねぇとならねぇんだよ!」
 自身を嵌め、全身に業魔の烙印を刻んだ張本人。バッシュ=ボートマンの顔が思い出される。

 怒り任せの言葉。しかし冷静さを欠く内容。
 少女は真剣な表情になる。

「冷静になりなさいな。たった今会ったあんたが怒り心頭って怖い顔してんだから、よっぽどの恨みがある相手だって分かるわよ」
「神だから、怨恨には手を貸さねぇって事かよ」
「神の話は最後まで聞きなさい。そうじゃないわ。その願いを叶えるのは可能よ。向こうに戻ってあんたが悲願達成すればいいだけだからね。けど本当にその願いが正しいかを考えなさい。また殺される、なんて顛末があるかもしれないし、報復なんだから、より一層の不幸に見舞われるかもしれないわよ」
「黙れ! 俺は奴に嵌められて殺されたんだぞ! 騎士団長としての誇りも……家族を……」

 まざまざと見せつけられた惨劇を思い出すと言葉が詰まる。
 恨みの深さが相当なものだと少女は分かった。

「別にあんたへ“恨みを持つことはいけない”、なんて諭す気なんてないわよ。そうじゃなくって、今のあんたが戻ったところで、殺したい相手を殺せるのかって話よ。暗殺? 戦争に負けたとかなの?」
 ジェイクは怪訝な顔になる。
「寝込みを襲うコソ泥相手なら簡単に捻り殺したりできるでしょうね。あんた強そうだもん。けど相手が策士だったり、強かったり、立場かかなり上すぎてあんたの手の届かない所にいるような人間だったらどう? もしそうなら、すぐにまた嵌められて殺されるかもね。そうなったらあんた生き返り損よ」

 冷静に指摘され、バッシュの立場と知能と研究を考慮すると、確かに生き返った時点で殺されるか良いように使われるのがオチだと考えられた。

「……正々堂々と、戦いたい」
 それで勝てればいいが、それでも負ける可能性もある。どうにもならないが、今思いつく手はこれしかなかった。
「それも中々困難な展開ね。理由は自分で考えなさい。……まあいいわ。あんたにはどうしても叶えたい願いがあるって事で良いわね」
 改めて堂々と胸を張り、溌剌とした顔で断言した。
「じゃあこの戦いにまず勝たないとそれは達成できません! ってな訳で、あたしとこの戦いに勝つことを目指してもらうわよ」
 ジェイクは口答えするのを諦めた。
「分かったよ。それで? この戦いってのは誰と戦うんだ? 猛獣とかか」

 少女はジェイクの右手を指差すと、双方の右手が白く光り、四角く薄い板が出現した。光が治まり、半透明な板をジェイクは両手で掴んで入念に観察した。
「これは『ステータスボード』よ。あんたは自分や敵の情報を、私はあんたの経歴やら現状なんかを見る事が出来るの。他にも戦闘になったら色々調べられるし、日常でも分からないことを調べられる優れ物よ。戦況をよく知ることもできるし」
 少女は嬉しそうにステータスボードに現われた文章を読む。
「何々? 年齢三十三。ベルディシア王国の……へぇ、騎士団長だったんだ」
 一方でジェイクは突然現れた文字列に驚きつつ、本名、性別、年齢と読み進めると、見慣れない文字を見た。
「なんだこれ……れ、べる、2……何の事だ?」
 呟きつつ、他に変化が起こるかと思ったジェイクはステータスボードを振った。すると、近くの岩にステータスボードをぶつけてしまい、まるで窓ガラスが砕けるように割れた。
「へぇ、母と子供が……」
 家族構成を眺めている少女のステータスボードが突然砕け散り、残骸が地面に落ちた。
「……へ?」
 力ない声が漏れ、真剣な表情がみるみる絶望に満ちたものへと変貌した。
「あ、悪ぃ、割っちまった。もう一枚出してくれ」
 換えがあると思い込んでいるジェイクに、少女は怒りで全身を震わせる。
「出せるかぁぁ!!!」

 ジェイクは凄みに気圧され、半歩下がった。

「いい! このステータスボードは戦いで、最! 重! 要! な! 生き抜くためにかなり役立つ道具なの! あたしら守護神と転生者の二枚一組分しか渡されない超ぉぉ貴重なものなのよ! それをあんたは、訳分かんないからってその辺にぶつけるか普通! 何? 頭ン中戦う事でいっぱいか? 恨みだけで他の情報入んないのか? 原始人みたいに何でもかんでも岩にぶつけんと分からんのかぁぁ!」
 憤慨する気迫、早口の叱責。
 さらに気圧されたジェイクはたじろいだ。
「ま、まあ落ち着け。書いてる意味の分からん板出されても、俺が分からんかったら意味ねぇだろ」
「あたしが説明するわ!」
「そ、それにだ。さっき戦う時は出して戦えって言っただろ? あんな岩にぶつけたぐらいで壊れる板じゃ、狼だって狩れねぇぞ」
「武器で使うんじゃねぇっつーの!」

 言い合いの最中、近くの茂みが揺れた。
 ジェイクが警戒すると、三匹の狼のような化け物が現れた。三匹共、三つ目で背に角が数本ずつ生えている。大きさはジェイクより二回りもある大男が四つん這いになったようである。
「あんたさっき、レベル2って呟いてなかったけ?」
 少女は怒りが冷め、怯えだした。
「だったらなんだ」
「こんなん、どう見てもレベル7とか10じゃない。敵うわけないわよ。逃げに徹しなさい」
「何だ、れべるっつーのは。それに囲まれちまってる。無理だ」
 ジェイクは傍にあった剣を取った。持った感覚、重さ、身体の動かし辛さ。全てが不快に感じる。
(くっそ、訛ってんのかこの身体)
 鞘から抜いて構えた。

「無茶よ! 普通の戦いじゃないの! すぐに死ぬわ!」
 呼び止めた矢先、今までのジェイクの言動と性格から無駄な訴えだと頭が働く。そして、”昇格試練の終了”の文字が過ぎった。
 少女の絶望を他所に、襲って来た化け物の突進をジェイクは剣で受け止めた。しかし、勢いが強く、足の踏ん張りが効きにくい。
 抑え込むのを諦め、受け流した。
「おい! こいつらなんでこんなに硬い!」
「あんたの力が弱いのよ! 元の身体と違うって言ったじゃない!」
 まだ無事なジェイクの姿を見て安堵の気持ちがあるが、気が気ではない。

 二体目の化物がジェイクへ襲いかかる。左腕を引っ掛き尻尾を振って飛ばした。
(いってぇぇ! なんだこの力)
 ジェイクの息切れはさらに増した。たかだが二撃で満身創痍である。
(どうする、どうする。何か手立ては……)
 方法を考えるも、疲弊して手に力が入らず体の動きも鈍い。次に一撃でもくらおうものなら、本当に死んでしまうかもしれない状態だ。
 窮地でも必死に対策を講じる最中、一匹目の化物は今にも飛びかかりそうな姿勢であった。
 ジェイクは剣を右手で構えると、咄嗟にある一手を思いついた。

(一か……八か)
 思いついた策を、どのように動けば成功するか想像する。
(伸るか反るか……勝負!)腹を括った。
 切っ先を高い位置で構え、化け物の突進する勢いを利用して眉間より上の眼に突き刺した。
 先ほど同様に踏ん張りが効かず、後ろに倒される状態になる。しかし化け物はすぐに倒れた。目を貫いた効果は覿面てきめんであった。
「よし!」
 剣を引き抜くと次の化物に対して構えた。途端、一気に絶望へと突き落とされた。
 いつの間にか、五体の化物に囲まれていたのだ。
 いくら一体を倒しても満身創痍なのは変わらず、一度に襲われれば死に直結する。

(くそ! どうすりゃいい)
 今度は逃げの手段を考えるも、前世での戦闘経験上さすがに無理があると分かる。
「後ろよ!」
 少女に言われて振り向くと、絶命した化け物の上に、黒と赤と紫色が混ざる光を放つ模様が浮遊していた。
 それが一体何をするものかは分からない。しかし、ジェイクはその模様に見覚えがあった。

「……烙印……どうして」

 脳裏にバッシュから受けた烙印塗れの光景が蘇る。
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