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三章 騒乱の種火

Ⅳ 後悔する油断

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 翌日の昼、サラは町外れの山岳地帯へと一人で向かった。
「サラ、今ならまだ引き返せるわよ」
 心配するカレリナの言葉でもサラは止められない。
 昨晩、昼間にぶつかった男から念話を突然受けた。内容は”二人っきりで話をしたい”であった。とても丁寧な対応、誠実さが窺えたのでサラの警戒心は弱く、ガーディアン同士色々情報を得られると考えていた。

「この世界で五人目のガーディアンだから色んな情報を聞きたいし。それに、かなり紳士って感じだったし、大丈夫大丈夫。私だってモーシュさんの修行で、ちょっとした魔力の変化とか分かるようになってるし、今ここから約束の場所を見ても何の変化も無いってことは大丈夫よ」
「私としては誰か一人は護衛があってもいいと思うけど」
「カレリナ心配しすぎよ。ここって神性が強いから、何かあったらウォルガさんとか来てくれるし。……ほら、見えてきた」
 小さく雑草が所々に生えた、小規模の荒野地帯。そこが約束の場所であり、既にバッシュは岩に腰かけて待っており、傍にレモーラスが浮遊していた。
 サラを見るなりゆっくりと立ち上がる。
「あのメイズさん。改めまして、サラといいます」
 お辞儀をするサラを見て、バッシュは若干だが怪訝な表情を滲ませ溜息を吐いた。
「え……何?」
「いくつか質問をさせて頂きます。本当に昨夜の念話通り、一人でここへ?」
「はい。……あれ? 駄目でした?」
 無警戒すぎるところがバッシュには理解し難かった。

「……サラさん、貴女は運の良さでここまで来ましたね」
 空気が張り詰め、話合いどころの雰囲気ではなくなった。
「え……」急に恐くなる。
「なぜ、私と一対一で何の準備もなく会おうと? いざ戦闘にでもなったら勝てる自信でもあったので? まさか、”良い人に見えた”などと寝言でもほざいていたとは言わせませんよ」
「ちょ、ちょっと待ってください。……なんで?」
 戸惑う最中、足下に白線の円陣が描かれ、淡い光の柱に閉じ込められた。
「メイズさん! どうして!?」
 バッシュは両手を後ろに回し、憮然とした表情でサラを見る。
「転生者同士だからとはいえ必ずしも協力しあえると考えていたなら、正直言って愚か極まりない。相手を殺し、神力を集めるという手段もあるのですよ。守護神から聞いてませんか?」
 カレリナの言うとおりにしておけば良かったと後悔するも、重力が少し増したように全身で感じた。

「ちょっと、騙したのね卑怯者!」
 カレリナは暴言をバッシュへぶつけるも、返事はレモーラスがする。
「卑怯もなにもないでしょ。無警戒すぎる彼女が悪いのですから。するべき事をしなかっただけにすぎません。絶命するまで後悔するしかないでしょ」
 言い返せず、カレリナは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「貴女がどれほど暢気な世界で生きてきたかは存じませんが、こんな間抜けなことで命を落とす考えは改めた方が良いでしょう」
 両手を前に出し、手を叩く姿勢になる。憶測でしかないが、”叩いた瞬間、サラは死ぬ”。カレリナも察した。
「――止めてぇぇ!!!」
 カレリナの叫びも虚しく、バッシュは手を叩いた。

 ――パンッ! ……………………。

 僅かな静寂が訪れた。
「え……あれ?」
 何事も無い事にサラは戸惑うも、しばらくして安堵する。
「驚かせて申し訳ない。ただの印術で陣を敷いたように見せかけただけの偽物です」
「で、でも、重かったです」
「そう思わせたほうが術の信憑性が増すと思いまして」
 どっと疲れが出て、サラは腰を抜かして深い溜息を吐いた。
「……死ぬかと思ったぁぁ」
「私でなければ死んでいたかもしれませんので反省はしてください」
 まるで先生に怒られている気持ちになり、素直に返事する。
「えっと、じゃあ、なんで私を?」
「特殊な力があちこちに存在するこの世界に転生し、今日まで生きている。相次いで転生者が死んでいる現状において生存しているのは強者の証とも言えます。協力しようと思うのは自然だと思いますよ。ですが……」
 視線で不用心さを指摘されていてサラはぐうの音も出ない。
「……まあそれはいいでしょう。私はガニシェッドここの、ある集団に召喚されました。彼らには目的があり、協力を求められましたが、如何せん初めて訪れる土地です、色々と謎が多いので町を調べ回っていたのですよ。サラさん、初対面で失礼な事をしてしまいましたが、ここからは本当に協力を申し出ます」
「駄目よ!」
 即答のように叫んだのはカレリナであった。
「こんな事をする人を信じるなんてどうかしてるわ! すぐに二人を呼んで成敗よ!」
「これはこれは、其方の守護神様には随分と嫌われた様子で」
 カレリナの心配を余所に、サラの返事は違った。
「協力に応じます」
「サラ!」
「おや、そちらの守護神様の意見は無視すると。……理由は?」
「殺す気でしたらさっきしてるだろうし、私もちょっと協力して欲しいことがあるし。あ、でも条件があります」
「条件?」
「私は今抱えている問題のみ。メイズさんも、今言った謎を解くまで、で良いですよね」
 バッシュは少し考える。
「その僅かな間で私が貴女に悪巧みをする可能性は考えなかったのですか?」
「私は十英雄の人達と行動しています。今だって、あまり遅くなりすぎると捜しに来てくれる状態ですので。二人はかなり強いです。メイズさんが転生して力をつけていたとしても、ずっとこの世界で生きて戦い慣れているかなり強い人が相手では分が悪いんじゃないですか?」
 即答で言い返されない。さすがにバッシュも正論だと捉えた。
「……少々甘い部分は見受けられますが。まあ良いでしょう。信じなくても構いませんが、私は嘘偽りなく貴女と私の抱える問題を解決するまでの協力関係を崩しません」
 手を差し出され、サラはやや警戒しながらも握手する。


 互いの情報を提示しあうとバッシュはしばらく考えた。
「……その話が本当なら……ウォルガさんに報せないと」
 今にも駆けていきそうなサラをバッシュは呼び止めた。
「悠長にしてる場合じゃないんですよ!」
 サラの焦りに反し、バッシュは全てを理解した。
(実に馬鹿馬鹿しい)
 呆れている本心を微塵も表情に出さず冷静な口調で話した。
「落ち着いてください。貴女が何をするでもなく、この問題はすぐに解決します」
「どうして言い切れるんですか! 多くの普通に暮らしている人達が死んでしまうかもしれないんですよ!」
「詳細は伏せます。この場は、私が言うのですから間違いありません」
 それでもサラの不審を抱く様子は拭えない。
「ではこうしましょう。今日、何も起きなければ私の読みが外れた。何か盛大な異変が起きた場合、私の意見が正しかった、と思って頂いて構いません。が、それでも疑うのでしたら気の済むまで調べてください」
 答えになっていない返答に、疑念しかなかった。
「それよりも、どうやら転生者同士会うのはこれが最後のようです」
「え? どうして……」
「さきほど話した通り、この問題はすぐに解決するからです。それよりも、転生者同士でこれからも協力関係を築いていきませんか?」
 返答は表情が即答しているようであった。
「おやおや、随分と嫌われたようですね私」
「当然です!」
「当然です!」
 サラとカレリナの声が揃った。
「では仕方ありません。これより先、かなり高い確率で敵同士として会うでしょうから、先ほどのような失態を起こさないように。この世界で生きていけるすべをもっと身につけた方が宜しいですよ」
「い、言われなくても分かってます」
 恥ずかしくて顔が熱くなる。
「行こ、カレリナ」


 サラとカレリナがズンズンと帰って行くと、「ふぅ……」と息を吐いてバッシュは岩に腰かけた。
「さっきの何ですか? まるで指導者じゃないですか。ああいった子が好みとか?」
「そんな訳ありません。ああいった世間も身の程も知らない娘は、ほどよく泳がせておけば、なかなか面白い『被検体』に育つものです。それに、何をどうすればこのようなモノを憑かせるのか、気になるではないですか」
 地面に手を翳し、光の円柱を出現させると、中では白く長い糸が浮遊していた。
「さっきのは、それを奪うために?」
「ええ。町で見かけた時、どうしてもコレが気になりました」
「何か分かったのですか?」
「この世界には大まかに分けて五つの力が存在するとグルザイアで知りました。まだ情報が足りないので明確だとは言えませんが。そのうち一番厄介な力でしょう」

 気功、魔力、巫力、神力。ゾグマの元となる力、呪い。

「私の知る力の性質上、ほぼ間違いなく呪いです」
「では先ほど、彼女が感じた重さというのは」
「呪いを外す時の反動でしょう。こちらも気づかれないように嘘で誤魔化し、呪いの波長に合わせて魔力を操作するのは気を遣いました」
「無茶しましたね。彼女の話を信用するのでしたら、ここは十英雄の一人の縄張りのような所。魔力の異変に気づかれでもしたら」
「神性の強い力を利用したので問題はありませんよ。全ては波長を知れば、ほぼほぼ心配は無用です」
 平然とやってのける辺り、バッシュは凄い人物だとレモーラスは改めて思った。
「では、帰ってコレを」
「ほう、面白い御仁だ」
 何の気配も感じさせず、突如背後から声がしたのに驚きバッシュは身構えた。
 眼前には紳士の衣装を纏った男がいた。
「ただ者ではありませんね。何者です」
「我の名はゾア。随分と馴染みある気が染みついているのに引かれてしまい、ついつい来てしまった」

 一目見て気づいた。隙が無く、力が今まで感じたことの無い存在。
 異様で不気味で、かなり強い、と。
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