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三章 騒乱の種火

Ⅲ 人間観察

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 地図上には石が四つ置いてある。
 ガニシェッド北西の大海沿いに黒い石が一つ、七つの御殿より西に白い石が一つ、南東の大湖沿いに白い石が一つ、東の御殿から少し離れた所に白い石が一つ。
「この黒いのは魔女の塔? 確かガニシェッドの塔は海沿いだったから」
 レイアードの質問にウォルガは「そうだ」と返す。
「この魔女の塔にてゾグマの量が著しく減り、もはや魔女の塔とは言い難いものと扱われておる」
「それって、どういうことですか?」
 返事は頭を左右に振って返された。
「現在調査の最中だが、ガーディアン召喚後、異様な魔力波が起きたのが原因かと判断されてる。が、依然として謎のままよ」
 一番近い白い石をレイアードは指差して意味を求めた。
「それは不自然に神性の気流が途切れた所だ。いや、”穴”が出来たと言う方が正しいか……」
「穴?」
「言葉通りの意味だ。分かりやすいように説明するなら、川の途中で穴が空き、そこだけ水が無く、他はいつも通りに水が流れる。といった具合だ」

 サラは手を上げた。
「すいません。気流のこととかまるで分からないのですが、そういう異変ってよくあることですか?」
「ワシが生まれてから一度も経験した事の無い異常事態だ。ただ、遙か昔、似たような事例はある」
 地図の隣に置いてある分厚い本を取り、ページをめくり、求める箇所を開いて見せた。
「およそ百五十年前、【ボルゼー騒乱】という部族抗争があった」
 三つの部族が衝突し合い、戦争にまで発展しかけた歴史であった。
 徐々に争いが勢いを増していく最中、魔力の異常が起き、魔獣が溢れ、術が乱れ、騒ぎよりも自分たちを護るに徹する事態へと陥った。
「記されている三部族、イーセタ、ログロ、ゴモロ。それぞれに異常事態へ対応しようと躍起にはなったものの――」
 ウォルガの説明を聞き、本の挿絵を見ていると、歴史の授業を受けている感覚にサラは囚われた。ただ、前世の授業より聞きやすく、知らない世界の歴史ということもあり、すんなりと情報が入った。
「じゃあ、当時の気流の異常が治まったのって、”自然に”ってことで原因不明のままですか?」
「そうなる。それ故にボルゼー騒乱も調べてはおるものの、一向に解決の糸口が見当たらんままだ」
「けど港町を見た限りだと何も起きてない感じだから、神経質になりすぎなくてもいいんじゃあ」
 レイアードが訊くも、ウォルガの神妙な表情は変わらない。

「確かに、大半の者は無闇に異変を突いて悪化されるのを恐れている。故に踏み切った調査をせず当たり障りの無い状態を保とうと。しかし、妙な気がしてならんのは、ワシを含め多くの術師が感じている」
「ガーディアン召喚の余韻とかじゃないの?」
「お前にしては良い意見だがそうではない。説明しようのない、妙に歪んだような、極薄の布地を回りでチラつかされているのに何か見える気がするだけのような、幻めいたものだ」
「……歳、だからとか」
 右手で軽く握り拳を作り、人差し指を親指と中指で押さえ、勢いよく人差し指を弾いて伸ばしたと同時に、気功の球体をレイアードの額へ飛ばした。
「いったぁぁ!」
「”多くの術師が”と言っただろうが。何を聞いておるか馬鹿者」語気が強く、気迫が漂っている。
 苦笑いを浮かべたサラは、改めて気になる事を訊いた。
「人為的な事件とかではないんですか? 貴重なモノが盗まれたとか壊されたとか。それで気流や魔力に異変が起きた。みたいな」
「ここ最近でそういうのは無いな。ただ、窃盗事件が相次いで起きておる」
「どんなモノが盗まれたのですか?」
 ウォルガは口元を摩りながら情報を思い出す。
「主に食料か。その前は干してある衣服とかはあったが。ここ数日は武器や火薬といったものも盗まれておる。ただ、誰一人として盗人の姿やそれらしい者達を見ておらんという、不思議な窃盗事件だ」
「者達って……」額を摩りながらレイアードは訊く。「複数犯と決まってるので?」
「盗まれたモノの量が多すぎる。それに、短期間で大量だからな。十日前から王国の術師まで駆り出されている事態だ」
「ウォルガさんも犯人捜しに駆り出されたりはしないのですか?」
「お前達の迎えを優先し、犯人捜しは午後からにしてもらっている。異変発見器もあるからな」
 くいっ、と頭をレイアードの方へ動かした。
 一体、何をどうすればレイアードが犯人捜しに役立つのか、サラは気になった。

 ◇◇◇◇◇

 ガニシェッドのある町にバッシュは訪れた。目的は観察と暇つぶしの買い物である。
 召喚されて以降、ワードック達へ助言するだけで目立った動きは見せていない。
(今日も買い物。……バッシュ、何を考えているのですか?)
 町中へ出るときはレモーラスに姿を出さないよう言っている。
(単なる観察ですよ。人間観察をすれば色々と見えてくるものもありますから)
(例えば?)
 念話だが悩む声を漏らし、返答をまとめる。
(この世界のことはまだよく分かっていませんが、野菜を買いに来る女性を見れば、どのような夕食を作ろうとしているのか。耳を澄まして会話を聞いてみれば、誰の噂で盛り上がっているか。その辺を駆け回る子供達を見れば、身体の細かな動きから、このままでは態勢を崩してこけるだとか、あれは曲がり角を見ていないから、もし誰かが出てきたらぶつかるな、とか。様々です。表情や口調も人間観察を趣味にしてみると面白いものですよ)
 長いだけの説明を聞かされたレモーラスは呆れた。
(……え、暇なの? 何処にこの国の兵士が潜んでいるとか、どうやって反乱を起こそうとかって考えてるとか思ってましたよ)
(あちらはあちらで色々分かりましたから。それに、戦闘訓練はさせているでしょ)

 バッシュの指示でワードック達は戦闘訓練に励んでいる。『有事の際、攻め入られても相手を倒せるように』と告げて。さらに、個々の戦闘能力を向上させる術を発動させて戦力を上げる所を見せたため、ワードック達のやる気が増していた。
 バッシュがこうして単独行動を許されているのも、話術と補助術により信頼を得たからである。
(……ですので、私なりに調査対象を変えて行動を――ん?)
 ある一角が気になり視線を向けるも、二秒ほどで戻し、何事も無かった様子を装う。
(どうしたので?)
(気になる事がありますので少し黙っててください)
 レモーラスは気になるも、外に出てはならない命令を律儀に守る。どうせ少しでも出ようとすれば怒鳴られるだろうから。
 バッシュは不意に右の方へ進んだ。前方には十代後半か二十代前半くらいの女性が、まるで初めてこの町へ訪れたかのように周囲を見回って歩いている。
 バッシュはわざとその女性へぶつかりに行った。

「――ああ、これは失礼」
「ごめんなさい。前を見てなくて」
「いえ此方こそ。お怪我は?」
「大丈夫です」
 互いに挨拶しあい、すぐに別れた。
「もう、サラはもっと前方を気にしないといけませんよ」
 守護神の声を聞いたバッシュは、自身の読みが当たっている確信を得て、街角へと隠れるように進む。


(よく分かりましたね。あの子が転生者だと)
(人間観察の賜物です)
(ではないですよね。どのようにして分かったのか教えてくれませんか?)
 適当な事を言って説明を省こうとするバッシュの意図を読み取った。
(やれやれ。守護神でしたら、転生者の考えなど適当に流してくれても宜しいのでは?)
(バッシュは何を考えているのかさっぱり分かりません。それでのらりくらりと何気なく生きていくなら此方も興味を持ちませんけど、貴方はどういう訳か災難などの渦中に身を置く傾向にあります。守護神として黙って見過ごすと思ってるのですか? いざと言うときは助言させてもらいますので)
 まるで口うるさい使用人のようだ。話さなければ延々と何かを語り続けそうだと思いバッシュは観念した。

(衣装はガニシェッドこの国のものですが、町を見て回る観光者のような動きをしていました。気になって魔力の流れを見てみると、普通の若者とは思えない流れ方をしていまして)
(でもそれなら、術師で町には初めて訪れた、とか。衣装は知人のものとも推察できますよ)
(然りです。ですが、幾人か観察した術師と一般人の違いは分かります。そして彼女は魔力の流れが独特でしたので、気にするに値すると判断したまで。それに、白い糸のようなものも気になりまして)
 聞き返すレモーラスに、見えたかの確認を取るも、見えないと返される。
 守護神にも見えない力が存在すると、頭の片隅にその情報を置いた。
(転生者の魔力はグルザイアでも一人見ましたが、それとは全くの別物。まだ情報が欲しい所です。転生者にも魔力の流れに個性があるのかもしれませんね。偶然ですが良い成果を得ました)
(で、どうするのですか? 引き入れて仲間にでも?)
 ガーディアン召喚からかなり日数が経っているのに、並の術師ほどの魔力量を備え、まるで初めて訪れた町を見るような動きから、旅か、事情があって訪れたという仮説が立つ。それを裏付けるのは、レモーラスと話していた衣装のくだり。知人がいるなら、下手に動けば色々と言い訳が面倒になる。もし仮に、王国関係者と近しい存在なら、尚のこと怪しまれてしまう。

(少々観察します。協力してもらいますよレモーラス)
 レモーラスは姿を現わすと、バッシュの指示に従い、サラを遠くから追跡するように命じられ、早速行動に移った。
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