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二章 狂禍に触れる未来

Ⅷ それぞれの処遇

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 ミルシェビス王国の大聖堂には『白の間』という部屋がある。
 部屋には初代ミルシェビス王の時代に設けられた印術と陣術が壁内部に施されている。記された模様や文字全てを土壁で隠し白く塗った為、誰一人としてどのような模様かは分からない。
 天井は無く吹き抜け。風の強い日には入り口の大扉を開けば風が抜け、夏にはかなり涼しく、居続ければ夏風邪をひいてしまうほど気温は低い。しかし秋や冬は術の影響により寒さをあまり感じない。
 精霊神殿より帰還したビンセント達は、早速謁見の間へ案内されるも、途中でスビナだけが白の間へ連れてこられた。
「精霊巫女スビナ=フィリア。其方がここへ連れてこられた理由、言わずとも理解しておるな」
 神官エバンは、精霊神殿へ行く前と表情や目つきが違うスビナを見て何が起きたかを、術の力に頼らなくても察した。
「……はい」
 力無いスビナの表情を見てエバンは胃が痛む思いである。
 白の間では嘘が吐けない。吐けば部屋に施された術が対象の魔力に反応して周囲の色を変えるからである。この部屋は別名【審判の部屋】とも呼ばれ、証拠不十分な罪人を尋問する部屋にもなる。

「初代様より大精霊様との契約は我が国において重要な極秘事項。我々もお導きを受ける可能性がある者には厳重な審査を行い秘密を守ってきた。会って分かったと思うが、大精霊様は嘘が吐けない御方ゆえ、会えば必ず極秘事項を平然と語ると覚悟している。……さて、ここからは其方の処遇についての話になる」
 たった二人しかいない白の間で、緊迫した空気へと変貌する。
「精霊巫女スビナ=フィリア。まだ精霊巫女としての職を全うするか?」
「いえ。今日をもちまして精霊巫女の任を解いていただきます」
 覚悟していた返答。嘘は無い。
 腹の内に秘める本音は白の間でも分からない。それゆえエバンにはスビナの本心が分からず、若い少女を生け贄に捧げる覚悟を決めなければと迫られている。
 生け贄の末路は過去に見た事がある。神秘に満ちた森の中で、あのような姿になるのは、今まで精霊巫女として尽くしてくれた者の末路にはさせたくない。ましてまだ十代の少女には。
 エバンは願った。スビナがそうならない答えを口にし、心の底からその信念を貫こうとすることを。

「……見合う理由が無ければ任は解けん。ましてや其方は事情が事情だけに、ここからは返答次第では命に関わる選択肢となるだろう」
 スビナの僅かばかり虚ろな目がエバンに向けられる。
(やはり、終わる。か)
「其方はなぜ精霊巫女の職を辞すのだ? 詳細を聞かせてもらうぞ」

 即答ではない。少し間を置いてスビナは口を開いた。

 ◇◇◇◇◇

 謁見の間へとビンセント、ザイル、ルバートは連れてこられた。この度は国王ウービス=リド=ミルシェビスと大臣のベイラン、そして護衛の術師と騎士、計四名であった。
「さて、話を進める前に聞こう。大精霊様のお導きを賜ったのは誰だ?」
 ザイルが丁寧に答えた。
 報告の際、ザイルが仕切るよう、きつくビンセントは言われているので何も言えない。
「こちらのビンセント=バートン。そして別室にいますスビナ=フィリア。まだ帰還していないレイアード=シアートとガーディアン・サラの四名に御座います」
 ウービスへ術師が何やら耳打ちする。
「嘘は吐いてないようだな」小声で話し合っている。
 謁見の間に張られた術と魔力の流れを読んだルバートは、嘘を見抜くものだと察した。

「大精霊様の御言葉は我らミルシェビス国において重要な御言葉。それを容易く口外されては困るのでな。審査の際に伝えた、簡単な口封じの術を施させてもらうぞ」
「ちょっと待ってください!」
 ビンセントを見てザイルは頭を彼の方へ向けて黙らそうとするも、既に玉座へと目線が向けられて周りが見えていない。
「おいビンセント!」
 小声で呼び止めるザイルの言葉すら頭に血が上ったビンセントの耳に入らない。
「御言葉ですが、おかしくないですか! あのような――」
 突然言葉が止まり、顔つきも怒りの感情が消えた。
「英雄殿が失礼を」
 一部始終をその場にいた誰もが見て関心と驚きの声を漏らした。ルバートがそっと近づき、まるで溶け込むようにビンセントの中へ入った有様を見て。

「ほう。情報にある魔女の御業か?」
「御業と言うほどのものでは。どういう訳か、ビンセント=バートンの中へ入れるようになった”偶然の特技”、とでも申しておきましょうか」
 改めて跪いた。
「相方は少々頭に血が上り激情に任せて話の腰を折ってしまいます」
(おい、邪魔するなルバート!)
「証明はお見せできんが、ビンセントの本心は出せ出せと喚いてますので、このままで失礼させて頂きますぞ」
(ああ、五月蠅い! 話しにくいから黙ってろ!)
 ルバートに念話で叱責され、ビンセントは仕方なく黙って拗ねた。魔力の実力が未だにルバートが上であるため、抗えないからである。
「レイデルからの報告と違い、随分と弁えのある紳士ではないか」
 ウービスはザイルへ視線を向ける。
「ザイル=リンガース」
「はっ」
「其方から見てこの者はどのように見る?」
 出会いはルバートが挑発的な態度でザイルを屈服させ、それ以降もけして仲が良いとは言えない。
 ビンセントはルバートの中で緊張していた。
「人間性は別として、術師としての実力はかなりの手練れ。世界の謎を探求すると豪語するだけのことはある博識でもあります。もし王国に仕えるというなら、国王の側近は平然と立てる逸材かと」
 冷静な分析にルバートは鼻で笑った。
「ではなぜレイデルで仕えさせる動きをしない?」
「彼はどういう訳か、ビンセント=バートンには気を許し、国に仕えるというより英雄探偵などと口にして異変絡みの謎解きに興じることを重視しております。我々も、昨今頻発するゾグマや魔力の異常事態の解決に当たってもらい、報告書を受けている次第。正直な意見を申しますなら、かなり貢献してくれています」

 ウービスは考えを巡らせた。

「……ルバート、確かゾアの災禍を探求すると報告を受けているが、今も変わりないか?」
「無論。昨今、あちこちで起きてる異変、未だ全容を見てはいないがレイデル王国凍結現象など、好みの謎が溢れかえり、喜ばしくはあるが処理が追いつかないのが現状ではあるがな」
「どうだろうか、今レイデル王国は氷付け状態にある。そちらの解決も兼ね、我が国が抱える謎も解いてみては如何かな?」
「王よ」ベイランが心配して耳打ちするも、王はその意見を退けた。
「ミルシェビスの王よ。俺様はどの国にも属す気は無い。探偵として協力し、謎解きに尽力はするが、見返りが必要と言わせてもらおう」
「無礼だぞルバート」
 ザイルが口出すも、「構わん」とウービスに止められる。
「報酬か。此方が提示する問題事に見合う金品か、不服なら応相談で良いか?」
「失礼ながら俺様は高価な物には興味が無い」
「それは其方が魔力体だからだろ? 本体のビンセント=バートンには必要では?」
(そうだそうだ)
 念話でビンセントの意見が聞こえるも、(黙ってろ)と言って退けた。

「過度な報酬はビンセントの為にならない。その点は少額で構わない。欲する物は寝泊まり出来る所、そして今は、公にしても構わないこの国の情報だ」
「今は? それは、此方が提示する問題事に関してか?」
「調査の最中に必要な情報を、と解釈してもらって構わない。こちらも出来る限り知り得た情報は提示しよう。一方で現在俺様が抱えている、ゾアの災禍に関係する些細な情報の提示を求むなら、相応の重要情報を提示して頂きたい」
 王は大臣と話し合い、意見をまとめた。
「いいだろう。細かな話合いは明日行うとする。ザイル=リンガース、其方も行動を共にすると考えて良いか?」
「はっ。それに関し発言をお許しください」
「構わぬ。なんだ?」
「私の優先はレイデル王国の復活に御座います。ルバートと行動を違える時もあることをお許しくださいませ」
「許す。では一同、翌日になるが口封じの術を行ってもらう。今日は此方で用意する部屋で休んでもらおう。時にルバートは術が効くのか?」
「残念ながら。口封じ程度の術は効果が薄く、強すぎてしまえば俺様の魔力が過剰反応してしまいそちらに危害を加えてしまう。俺様を信じて頂くほかないかと」
「……そうか。今はその言葉を信じるとしよう」
 報告はこれにて終了した。
 三人がスビナの処遇を知ったのは、レイアードとサラが帰還してからであった。
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