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二章 狂禍に触れる未来

Ⅶ レイアードの憑きもの

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 大精霊の森から戻ったサラを見たレイアードは小さく拍手して感心した。
「え、な、なんですか?」つい、サラは訊いた。
「ちょうど僕達を乗せる為の馬車が来た時だから。偶然?」
 その真相は分からない。しかし大精霊の粋な計らいとは考えにくく、単なる偶然と思えてしまう。どちらにせよどうでもいいことであった。
 どれだけの時間が経ったかは分からないが、周囲の淡い茜色の陽光を纏った雰囲気から、もう少しすれば夕暮れ時は近いと判断出来る。
 馬車へと向かうレイアードの後ろをサラは着いていった。

『サラとレイアードとスレイ。この三名が干渉した為の異常事態よ』

 大精霊の言葉を思い出した途端、急な悪寒が全身を駆け巡り、背後に刺すような気配を感じた。恐怖心が防衛本能を刺激したのか、サラは立ち止まり、振り向こうとさせなかった。しかし何かいるのは感じる。
 見えないソレは、長い腕のようなものを背後から前に回した。
 白色の光の塊。見た目はまさしくその印象であった。さらに腕を這いずり回るように確実に蛇と分かる黄色い光の物体が現われる。
(な……何?)
 得体の知れない存在を、身体は”明らかに危険”だと警戒心を働かせて震えが止まらない。
 やがて氷のように冷たい存在がサラに接触する。それは身体を密着させて抱きつくように。はっきりとは分からないが人の形をしているのだと感じた。
 ”ソレ”は顔をサラの耳元へ近づけた。
『オマエ、”ヤツ”ヲシッテルナ?』
 声は出ない。念話でカレリナを呼ぼうとすると一言目で”ソレ”に『ヨブナヨ』と止められる。
『ジャマスレバ、コロス、ガーディアントテ、ヨウシャシナイ』
(何が目的……ですか?)
 念話ですら恐る恐るになる。
『……チカラ、ダ』
 思い浮かぶのは時の狂渦しかなかった。

「どうしました?」
 何も知らないレイアードが声をかけてくる。
 今までは見えなかったのにレイアードの周りに白い光と黄色い帯状の光が纏わり付いており、サラの傍へ近づくにつれて背後の存在が吸い寄せられるように動いた。
 ”ソレ”が背後から流れていく最中、顔に当たる所に真っ黒い両目と真っ黒い笑みを浮かべた口がサラの恐怖を際立たせた。
「サラさん……大丈夫ですか?」
 身体を揺さぶられてサラは正気を取り戻した。
「大精霊に何かされたんですか?」
 ”ソレ”がレイアードには見えていないのだろう。
 今すぐにでも起きた事を話したい。レイアードの中に”ソレ”が入っていったと教えたい。しかし口止めされていてそれが出来ない。幽霊のような存在であそこまで身体の自由を奪う程の異質さ。逆らえば危険だと頭が働いた。
「え、ああ……いえ。ガーディアンだからかなぁ、ちょっとへんな感じだったから。立ちくらみ、みたいなの」
 苦しい言い訳だがレイアードには信じて貰えることが出来た。
 この場は難を逃れたが、これから先はどう行動すれば良いか迷う。発言にも注意しなければならない。
 今のサラでは、襲われれば到底太刀打ちできず、下手すれば周囲へ被害が及ぶ事態を招きかねない。

(カレリナ、今の見えた?)
(え、何の話?)
 守護神にも見えない存在。それほど得体の知れない何かがレイアードの中にいる。
 レイデル王国を凍らせた何かにレイアードも自分も、そしてスレイも関係している。
 バルブライン王国にいるノーマが一年半後に化け物に食われて死ぬ。それを阻止しなければならない。
 対処すべき目的が増えた。だが、今の実力ではどれも荷が重すぎる。
 モーシュの修行においても成長に時間が掛かりすぎてしまう。今後、何かが起こると想定した所で時間が足りなさすぎる問題に焦りを覚えた。
「早く王国へ帰りましょう。いくらミルシェビスが安全とはいえ、夜は魔獣が出ないなんてことはないから」
 サラは何もなかったような雰囲気を装い返事した。
 時間はまだあるが、暢気にしていられない。緊張と恐怖がまだ残る中、サラはレイアードと馬車へ向かった。

 ◇◇◇◇◇

 帰りの馬車にて。
「……レイアードさん……、良いですか?」
「ん?」
 若干だが、白い光がレイアードの身体から揺らいで見えた。今までは見えなかったのに白い光を窺えるのは、監視されている。そう思えてならなかった。
「スビナさん、相当辛そうでしたけど……大丈夫でしょうか」
 この質問に過敏な反応を示さず、やがて光は消えた。
「精霊巫女を辞めるだろうな。自尊心を傷つけられたし、あんな状態だと間違いない筈だ」
「え?」
「サラさんが戻ってくる前に神殿内でも話をしてたんだ。馬車に乗るときも相当落ち込んでる様子だったし、あんな真実を突きつけられたら続ける気は無いだろうな。先生とは違って生真面目だから」
「でも大丈夫なんでしょうか。王国はすんなり辞めさせてくれそうには思えないんですけど」
「普通は無理。最高機密に匹敵する真実だからね。ミルシェビス全域の大半の人間は大精霊を神として崇めているし、真実なんて暴露しようものなら反逆罪で処刑。今はまだ精霊巫女って立場もあるから、報告の際に今後の身の振りを訊かれるだろうね。命がけで言葉選ばないといけないし、嘘を吐いても巫力が反応して腹の内を探られるから、かなり危険だ」
 もしも最悪の事態に陥れば、モーシュとミリアの悲しむ姿が浮かぶ。
「どうにか出来ませんか?」
「こればかりは彼女次第。精霊巫女になる覚悟ってのはそれほど責任が重いってことだから。あの二人が」ルバートとザイルである。「頑張って取り繕ってくれるだろうけど……、いや、聞き入れてくれないだろうな。精霊巫女個人の身の振りだから口すら挟ませてくれないよ」
「そんな……。今まで頑張ってたのに、それってあんまりですよ」
「気休めにしかならないけど特例措置として別の職は考えてくれ筈だよ。スビナは真面目で堅実、精霊巫女としての役目もきちんと熟してたから、そんな人材をミルシェビス王国側も失いたくはないだろうね。けど、どれを選んでも精霊巫女より戦場へ出る機会が多いものばかりだろうな」
「知ってるんですか?」
「いくつかは。どれも巫力を使う術師みたいなのばかり。剣が扱えたらゼノアみたいな剣士にもなれるだろうけど」
 未だにゼノアの技を知らないサラは、頭の中で魔法を籠めた剣を扱う技、“魔法剣”を思い描いた。
「スビナはどちらかといえば一般的な術師だろうから、そっち方面。唱術とか印術とか。大精霊も言っていた”巫術師”が適してるんじゃないかな。スビナがちゃんと無事ならの話だけど」

 どうすることも出来ずもどかしい。問題ばかりが増え、帰路の車内でサラは気持ちが落ち着くことはなかった。
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