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二章 狂禍に触れる未来

Ⅵ 秩序と調整

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 時渡りを終えたサラは起床時のように、一度目と違い穏やかに目覚めた。様子を伺う大精霊とカレリナに不気味な巨人とジェイクの話をした。
「どういうこと? 黒い化け物ばかりが未来では頻繁に発生でもするの?」
 カレリナの意見を余所に大精霊は何かを考えている様子だが、サラが意見を求めると元の表情に戻る。
「先ほどの時渡りと照らし合わせて考えますと、形は違えど身体が黒色に類する化け物とノーマという女性。時の狂渦と関係しているのはこの二点かしら」
「二つの時代差は半年で、ジェイクさんと会った時がガーディアン召喚から一年後」
 ジェイクの言動を思い出すと、未来のサラは一度ジェイクに会っている。もしくは会うと連絡したからか。どちらにせよ、”ジェイクと会えば何か分かる”という漠然とした結論に至った。しかしそれだと、なぜノーマと会っていないのかが分からない。
 一年後のジェイクはノーマと行動を共にしている。一年半後のノーマはジェイクと別れている。
 二つの時代は半年差があるものの、順番ではジェイクとノーマが一緒にいる時代が先だ。サラが会いに向かえば、ノーマと会った際にサラを知らないのは辻褄が合わない。

「……あの大精霊様。なんか、辻褄が合わない状況、出来てるんですけど……」
 大精霊はサラの考察を聞いた。
「もしこれが時の狂渦と無関係でしたら、これから運命を乱した者とみなされたサラを起点に大災害があちこちで頻発するでしょうね」
 そして人類が滅亡する結果へと至る。
「ですがこの度はわたくしが”時の狂渦関連として観た未来”への時渡り。問題はございませんわ」
「けど……」
「二つの時渡りでサラはノーマを知り、ジェイクと会う意識が強まった。時間もまだまだあるのに会いに行けず、ジェイクと会うには理由があり、ノーマとは時渡りで初対面。これらは揺るぎない事実ですのよ。なら、どうしてそのように至るのか、それは、サラが自然な流れを考察することでしてよ」
 またもカレリナが口を挟む。
「あら意地の悪い。何も謎解きを強要するような言い方しなくても、素直に答えを少しだけでも教えてくれてもいいじゃないの」
「過保護重視な御方には分からないでしょうけど、人間は考え続けることが重要な生き物でしてよ。悩みに悩み、手探りで道なき道を突き進む。目の前の問題にあの手この手で挑み続ける。何が正解かは分からないでしょうけど、だからといって答えを他者から教えられていては成長しないのは当然でしてよ。運がよろしくない者は間違った道へと突き進むのは道理。サラをそのようにしたいのかしら?」
「間違った道?」サラが訊いた。
「ええ。例え話ですが、今ここでわたくしがそれなりに筋の通る答えを語ったと致しますわよ。けどそれは正解のように聞こえるだけであって不正解かもしれない。もっと言えばサラを罠に嵌めてわたくしが望む、わたくしの有利にことが進む未来への道を指示していることにもなりましてよ」
 詐欺師の話術を題材にした映画やドラマをサラは思い浮かべた。
「わたくしの立ち位置は大精霊、ミルシェビスの民の多くが崇める神のような存在。そのような存在の意見ですので、疑う余地がないのでしたらわたくしの言葉を信じて止まず、他の人間の意見を信じなくなる。そうなってしまってはどうなると思います?」

 サラは素直に「罠に嵌められて不幸になる」と返した。

「状況次第では凄惨な死も考えられますわね。ですから、わたくしはわたくしの愉しみを重視して考えて傍観に徹しますわ。あなた達はあなた達なりに思考して行動するべきよ。そうしなければ他者の言葉に踊らされて後悔するなんて未来、無様ではなくて」
 尤もな意見をサラは素直に受け入れるも、言い返せないカレリナは悔しそうにサラの中へ入った。
「さて、随分と楽しい展開になってきましたわね。サラの未来も絞られましたし、どの道へ進もうともわたくしの心躍る展開ばかりですわね」
「あの、未来が分かってるのに私を観ているって、楽しいですか? 結末の分かってる物語を聞かされてるようなもんじゃ……」
「話してませんでしたわね。サラやスビナのような特別な人間の未来は鮮明な経過ではなく、途切れ途切れの展開ばかり。台詞はあるけど描写が所々抜け落ちた小説のようなものよ。抜け落ちた箇所を進み、どのような未来を貴女たちが切り開くかを眺められるなんて、楽しいのは当然でなくって?」
 そう言われてしまうと、そうとしか言えない。
「では、わたくしは満足いたしましたので、これにて御開おひらきに致しましょう」
「あ、ちょっと待ってください!」
 わざわざ手を上げて言った。こうでもしないと無理やり帰されそうだと直感したからだ。
「何かしら?」
「すっかり主旨が逸れてしまったんですけど、レイデル王国の凍り付けになったのは当然ご存知ですよね」
 大精霊に会う目的を切り出した。
「ええ。ですがあの事態についてもそちらでいくつか可能性を見出しているのではなくって? 時間が止まっているだけだと」
「けど規模が大きすぎて、人為的か自然災害かで悩んでいます。なんでもいいので、何か教えてほしいんですけど……」
 大精霊はどうしようか悩むも、五秒ほどで結論に至った。
「本来でしたら一言たりとも語りませんが、サラには時渡りをしていただき、わたくしの愉悦に協力してくださったお礼がありますから……特別よ」
「ありがとうございます!」
 深々と頭を下げた。

 大精霊は右手人差し指を立てた。
「一つだけ、端的な、少し考えれば分かってしまいそうなことだけですわよ」
「はい、何でも良いです。……多分、何でも」
 大精霊はにっこりと笑って語った。
「サラとレイアードとスレイ。この三名が干渉した為の異常事態よ」
 それだけでサラは思考を停止させる程の衝撃であった。
 自分は大した術も使えないのに、あのような大それたことは出来ない。なぜレイアードとスレイが関係しているのだろうか。そもそも上げられた三名に王国を停止させる意図は無いはず。
 僅かに思考を働かせたサラは、もしレイアードに暗躍の意思があると仮説を立てた。しかしそれが本当なら、皆にどう伝えて良いかが分からない。
「あとはそちらで考えてくださいな」
 咄嗟にサラが大精霊へ追い打ちの質問を投げかけようとするも、先に大精霊が手を払うのが早く、サラは消えてしまった。

 ◇◇◇◇◇

 サラを神殿へ返した後、湖の畔に黒いローブ姿の人物が立っていた。

「あら珍しいですわね。貴方がわたくしの前へ現われるなんて」
「あちこちで撒いた種がどのように芽吹くか待つ期間で暇だからな」
「でしたら『調整』としての仕事をなさっては? お気づきでしょうけど、あちこちで異変が起きているでしょうに」
「自分は無関係って言い方だな。無傷な『秩序』は静観に徹するつもりか?」
 双方とも薄い笑みを浮かべて話す。
「静観も何も、わたくしはそれぐらいしか出来ませんのよ。力の影響が生じれば何かしら手は出せそうですけど。それよりも貴方……少々、欠けまして?」
 『調整』の男は左手に白色、右手に黒色の魔力球に似たものを出現させた。
「ご覧の通り、別の力・・・も備えた状態なのだよ」
「その力は、『時空』かしら?」小首を傾げた。「どのような経緯で混ざり物になってしまって?」
「そうは言ってくれるが、其方以外は全てこのような形になっているぞ」
「あら、わたくしだけ仲間外れ? まさか『秩序』の力まで分けろ、なんて命令されるのかしら?」

 『調整』の男は頭を左右に振った。

「こうなったのは『無限』の影響……いや、前回の反動・・・・・だろうな。あちこちで起きてる変動は『無限』以外の力も混ざっているのでな」
「そうよねぇ。この度のガーディアン? 四十三・・・に分かれるなんて、一体何を考えているのかしら、
 『調整』の男は微かに口元に笑みを浮かべた。
「さあな。あちらの理由など力の所持者以外は分からんからな。ガーディアンにも何かしらの“役”を与えているんだろうな。しかし『世界』と『運命』がどう動いているかよく分からん。何が起こるか予測も付けられんのがいじらしいが、『時空』も絡んでいるのだからこの度の災禍は其方の喜ぶ展開になるのではないか?」
「ゾアの災禍。そう名付けられてるものよね今回は・・・。世界を巻き込む“大調整”」意味深な目つきで『調整』の男を見る。「わたくしも参加したいですわ」
「無理と知ってるだろ。もしできたとしても止めておけ」
「あら、わたくしを心配なさって?」
「六ある力全てが好き勝手動けば後々狂いが生じる。均衡を保つ力も必要だろ? 『秩序』なのだから、後始末ぐらいに動いてくれれば、こちらとしては安心だ」
「まぁ、雑用係? 貴方も『調整』なのですから、手伝ってくださってもよろしいので?」
「傷ものになってしまって完璧な調整が出来なくってな」ややおどけて告げた。
「はいはい。わたくしの用事が訪れるまでは楽しい楽しい人間観察に興じてましてよ。面白そうな人間達が多いものですから」
「この度は其方が悠々自適側とは、羨ましい限りだ」

 『調整』の男が踵を返して歩き出した。

「また来て下さる?」
 呼び止められて立ち止まった。
「らしくないな。寂しいのか?」
「あら、こうして話しているのも楽しいものでしょ? わたくし、おしゃべりは好きでしてよ」
「暇があったらな」
 告げると『調整』の男は歩き出し、静かに姿を消した。
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