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二章 狂禍に触れる未来

Ⅴ 一年後の未来

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 サラが目覚めた所は家の個室。窓の向こうに木の高さから二階だと分かる。
 ベッド、タンス、机と椅子があり、全ての見た目は地味で高級感は無く一般的。壁、床、天井を見るからに木造家屋。結論からどこかの一般人宅だと考えた。
(サラ、聞こえる?)
(うん。前の時と同じ感じよ)
 ――バキッ!
 突如、部屋の外から何か壊れる音がした。
(ごめん、ちょっと待ってて)
 音は扉のすぐ傍ではなく離れた所からした大きさであった。恐る恐る扉へ近づくと、またも壊れる音が。木が折れる音に近い。
 “何かが部屋の外にいる”
 不安から扉をゆっくりと開け、慎重に覗き見た。途端、絶句するほどの光景を目の当たりにする。

 部屋から出てすぐ廊下はあるが、”半分ほど残っている”という表現が正しく、廊下は半壊していた。全容は家の半分ほどが破壊され、サラがいる部屋沿いの壁や別の部屋が無事であるだけだ。
 無惨な有様と成り果てた一階には、全身から触手のようなものを靡かせた、黒紫色の巨人が身体を揺らめかせて周囲を見回している。
 巨人がサラのいる部屋へ頭を向けると、まるで巨大なボールに人間の顔面を貼り付けているような、伸びて張り付いている人間の顔が向けられ、横長に伸びながらも見開いた目と目が合ってしまった。
 巨人がにんまりと笑う最中、サラは扉を閉める。
「やばいやばいやばいやばい」
 思考は逃げる事しか働かず、真っ先に視界に飛び込んだ窓を見るからに逃げ道は一つしか無いとしか思えなかった。
『サラちゃんは魔力量が少ないから頻繁には出来ねぇけど、魔力を足に集中させると、そこそこ高いところから飛び降りても足が平気だし、跳べば、どうにか三階建ての家の屋根ぐらいまではいけるだろ』
 モーシュの言葉を思い出し、急いで窓まで駆け寄って戸を開けた。

 ――ドォォォン!!

 部屋の扉と壁に無数の亀裂が走るほどの強烈な一撃が起きた。
 何処へ行けば良いかなど考える暇はない。不気味な巨人が攻めているのは直感で分かる。
 窓からサラが飛び降りた途端、またも爆発音のような巨大な音がして、やがて窓と壁が突き破られて巨大な黒紫の腕が現われた。
 頭の中ではカレリナと大精霊に話をする余裕もなく、逃げる事しか機能しない。
 壁を突き破った手は近くの木を掴んで引っ張る。それが部屋から這い出ようとすると分かるのに時間は掛からなかった。すぐに不気味な顔が壁を突き破ってサラを見つけると、巨大な口を広げてにんまりと気味の悪い笑みを浮かべたのだ。さらに両手を伸ばしてくる行動から意図することが読みやすかった。
 捕まえて食らうか潰す。確実に殺されるだろう。
 さすがに距離があって届かなく、動きも走るほうが早いので僅かばかりの安堵はあった。しかしその優位も束の間、巨人の特性はその安堵も粉々に打ち砕くものであった。
 両手から垂れる触手が、まるでヘドロの如くドロリと垂れて地面へ着くと、まるで巨人を引っ張っているように部屋から身体を引きずりだした。

 ――ドシィィン!!

 身体が地面に落ちた。どんな速さで襲ってくるか分からないが、かなり窮地であることに変わりは無い。
 サラは近くの家の屋根へ飛び乗り身を隠した。だが無駄であった。巨人は気づいているように、サラのいる位置をジッと見つめ、やがて何かを投げるように右腕を振りかぶった。
(何かが飛んでくる!)そう察したサラは急いで飛び降りた。
 間もなく、サラのいた所に黒い棒のような細いものが突き破った。もし逃げなければ胴を貫かれていたと想像は容易であった。
 屋根を突き破った棒は、空中で勢いを止めると、解けたアイスクリームのように蕩けて地面に落ちた。それらは水溜まりのように平たく広がらず、ゴツゴツした黒い岩のように固まる。次第に表面が滑らかになると、滑らかな部分を残して塊が先端へ移動して巨大な岩が出来上がる。すると、滑らかな部分が張り詰めだしてゴムのように伸びた。
 次にどういう行動に出るかは想像出来る。”岩の塊目がけて巨人が飛んでくる”である。
 予想的中は二秒後に判明した。しかも事態は最悪な方へと突き進む。
 サラは、突っ込んだ勢いのまま地面を突き進んだ巨人と急激に距離が縮まってしまった。
「嘘っ!?」

 時渡りもこれで終了と覚悟を決めた時、一本の矢が巨人の額に突き刺さる。巨人は痛みを感じていないのか、首を傾げて眼球を上に向けて様子を伺った。その最中、矢が眩く発光した。
「サラ! こっちだ!」
 ジェイクの声であった。
「ジェイクさん!」
 駆け寄るも、立ち止まって話すことなく巨人から離れるように走り出した。
「お前、空間転移でもしたのか! なんでここにいる?!」背後を気にしながらも会話を続ける。「それにお前……その身体」
「ジェイクさん、魔力を見る事が出来るんですか?!」
 発言の意味が分からないといった様子をジェイクは示した。
「おいおい、本当にサラか? それに、なんでそんな魔力が少ねぇんだよ」
 魔力を使いすぎた為、魔力体としては致命傷に等しい状態である。モーシュの修行からそれほど魔力慣れしていないのに容易に魔力を扱えるのはこのためだと痛感した。
「ジェイクさん時間が無いので、不思議がらずに答えて下さい!」
「何だ!」
 巨人を見ると、矢の効力が切れていた。間もなく動き出し、どんな方法で近寄ってくるか分からない。ただ、急いで逃げなければならないことは確かだ。

「今はガーディアン召喚からどれだけ経ってますか?」
「ああ?! 本当にどうしちまったんだ!」
「お願いします! それに、ここはバルブライン王国ですか?」
 ジェイクは質問に混乱するも、巨人が動き出したので速度を上げつつ答える。
「丁度丸一年! そんで、バルブラインの最西端の町、だった所だ! 人はもう居ない!」
 どういう意図がある言葉だろうか。
 “人はもういない”
 避難したのか、何かに巻き込まれたのか。だとすればあの巨人が影響している可能性が考えられる。
「あの! ノーマさんはいますか」
「なんでノーマの事知ってんだ!? ってか、今そこへ向かって――!?」
 巨人から伸びた腕が頭上に差し掛かりそうになる。
「くっそ! 使うしかねぇのか」
 ジェイクが剣の柄に手をかけると、サラは呼び止めた。
「私が食い止めます! ジェイクさんは行ってください!」
「馬鹿言え、死にてぇのか!」
「今の私はこの時間の私じゃないです! こっちの私に会ったら詳細を訊いて下さい!」
 ベルメアが現われ、ジェイクへ急ぐように告げた。
「どういうことだベル!」
「カレリナがいない! どういう訳か分からないけど、あのサラはサラじゃないみたい!」
 ますます混乱しつつも、ジェイクはサラを信じて走った。

『効くのは時の狂渦に干渉されたもののみよ』
 魔力体の力を解き放てば、足止めくらいは出来るだろう。残量からジェイクと一緒に逃げてもすぐに消えてしまうだろう。
 願わくば、巨人が時の狂渦に関係している存在であってほしい。
 サラは強く巨人が止まるように願った。すると、身体全てが発光する。巨人は眩しさに反応して目を細め、伸ばした手を引っ込めて顔を隠す。

 身体が消える刹那、サラは発せられる光を拒む様子を垣間見て安心した。
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