烙印騎士と四十四番目の神・Ⅱ 召喚されたガーディアン達

赤星 治

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二章 狂禍に触れる未来

Ⅲ 全て本当の話しか

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 大精霊に案内されて辿り着いた所は、夢で見た底が見えない湖であった。
「覚えていらっしゃいますわよね。サラの夢でわたくしと会った場所よ」
 改めて見るも、やはり吸い込まれそうな暗闇に恐怖が蘇る。
「大精霊。まさかこんな恐い湖に潜れ、なんて言わないわよね」
 なぜかカレリナは保護者のように訊く。
「あら過保護かしら。甘やかしすぎては保護対象の成長を阻害して悪影響でしてよ」
「私はあなたを信頼していないだけよ。言葉巧みに惑わせて罠に嵌めようと考えられませんか? 先ほど、死刑囚の末路を目の当たりにしましたので、ガーディアンもあのような事をされてはたまったものではないでしょ」
 大精霊は静かに笑う。
「何が可笑しいの?」
「いいえ。あなた方はわたくしの事を何も知らないのですから、そのような邪推を巡らせるのは当然かと思ったのですが、あまりに俗物のような扱いをされるのだと思うと可笑しくって」
「こちらは本気なのですけど」

 大精霊は優雅に浮遊して湖の上へ立った。

「わたくしのような存在にはいくつかの制限が課せられますの。全てをお教えする気は御座いませんのであしからず」
 大精霊の笑顔にカレリナも笑顔で返し、互いに本心をひた隠している様子だが、一方でサラは空気の重さを感じた。
「わたくしは本当の事しか話せず、この地から動けない。しかし巫力を撒いて範囲を広げる事は可能ですわ」
「さっき話してたやつ」サラは呟いた後に訊いた。「話だけでも無敵みたいな力なのに、範囲を広げようとは思わなかったんですか?」
「広げる意味が無いですもの。人間は国の領土を戦争などで広げていらっしゃいますけど、それって、領土の広さや軍事力の強さを他国へ見せつけて威張りたいだけなのでは?」
「それだけ、じゃない……住む人達の事も、考えていると思いますが」
 勢いに負けてしまし、声が小さく途切れ途切れである。
「わたくしにはこの森だけで十分。人間の夢を渡り歩けますし、空も飛べます。窮屈とは感じませんの」
 今度はカレリナが口を開いた。
「範囲を広げない理由は分かりました。嘘が吐けないからそのように見境無く言葉を発してしまうと?」
「ええ。正確には本当の事しか口にしない。わたくしの言葉全てが真実と受け取ってくださって構いませんことよ。けど秘密はしますし、先ほどのように義理もありませんから話す情報量はわたくしが勝手に決めさせていただきます」
「それも、制限か、何かですか?」サラは慎重に言葉を選んでいる様子が滲み、カレリナのように訊けない。

 大精霊は少し悩む素振りを見せる。

「うーん……、わたくし個人の意思も御座いますけど、初代ミルシェビス王との約束というのも御座いますわねぇ。その点でしたら、ある意味では制限、かしら? 人柱と称し、人間を送ってくださっているのですから。あ、でもそうしなければ向こう側も大変な惨事を招きかねませんから……。少々返答に困る質問ですわね。共存していく為に仕上がった関係性、と考えてくださる?」
 言うだけ言うと湖の中央を指さした。
「本題に戻りますわ。サラにはあそこへ立って時渡りを行ってもらいます」
 湖の上。水面に立つ術があるのではと考える。
「ご心配なく、ここは巫力の溜まり場。サラの認識では湖に見えているだけで、平らな石の上と変わりないの」
「信じる証拠とかは無いの?」カレリナが訊いた。
「方法が御座いませんわ。見た目を変えたところで、それを信じ込ませるなど不可能でしょ? それこそ詐欺ではなくって? サラがわたくしを信じてくださるかどうか、それだけです。嫌ならこのまま元の場所へ返すしかありませんもの」
 にわかには信じがたく、選択をサラは迫られた。
 カレリナは寄ってきて帰るように促すも、サラは迷っている。
「悩みにあまり時間を費やす気は御座いませんので、あと十秒で決めて下さるかしら?」
 大精霊は一から数字を数え始めた。
「意地悪な御方。サラ、信じなくてもいいのよ」
 カレリナの言葉を余所に大精霊は数字を数えていく。

 迷いはある。しかし、大精霊があまりにも平然としており、違和感なく、本気で人間を傍観するに徹しているとしか思えない。
 数字はドンドン進むも、湖底の暗闇は恐怖心を増長させる。
 もし大精霊の言っている時渡りや時の狂渦の話が本当なら、来る未来で、この日のことを後悔したくない。
「八」
 容赦ない制限時間を聞くも、サラは覚悟を決めた。
「九」
「やります。私、時渡りを」
 大精霊はにっこりと微笑み、湖の中央へ向かうような仕草をとった。

 湖へ一歩を踏み出せば、もしもの時は落ちてしまう。この暗闇の中から凶悪な化け物が出現して食われるかもしれない。
 恐怖心から始めの一歩に躊躇が生まれるも、大きく呼吸して湖に足を乗せた。不思議と地面に立つ感覚である。体重を乗せると、安心して立てる事に安堵する。
「言ったとおり何も無いでしょ?」
「あら、今は安心させて、中央へ行けば落ちる可能性も残されているわよ」
 確かに湖の中央で落ちれば、沈む事は無くてもかっこうの餌食である。
 サラはそれでもゆっくりと歩いて進んでいく。
「守護神と違って、ガーディアンはわたくしの意思を信じて下さってるみたいね」
 拗ねたカレリナは頬を膨らせてそっぽを向いた。
「まあ、もしカレリナの仰っている事態にでもなれば、神力を解放してわたくしへ一撃を見舞えばよろしいのでは? “カムラ”、と仰いますのよね。さすがにそれを見舞われてはわたくし、存在そのものの維持が困難となりましてよ」
「そのようなこと、話してもいいの? 弱点じゃない」
「普通なら話しませんわ。ですがガーディアンを守護する神が、相手の弱みを握って脅し、優位に立とうなど。”神”と名のつく御方の所業とは思えない低俗な行いはしないだろうと踏んだまでですの」
 妙に試されているように感じ、再びカレリナはそっぽを向いた。
「やっぱりあなたとはそりが合いません」
 最中、湖の中央へサラは到着した。
 大精霊とカレリナが傍へ寄ると、サラの足下から白い光がポツポツと浮遊して現われ、次第に増えていった。
「さて、時渡りを始めましょうか」

 湖面が眩く発光した。
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