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二章 狂禍に触れる未来

Ⅰ お導き後の行動

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 先に“お導き”から戻ってきたスビナの話をルバートとザイルが聞いている最中、ビンセントとレイアードが戻ってきた。
「腹立つぅ! なんなんだ!」
 開口一番、ビンセントは怒りを露わにした。
「お前さんならそうなるだろうな。しかし口は慎め」
 驚かず冷静に、それでいて慣れたようにルバートは告げた。
「ルバート!」
「重要な事だ。軽々しく口にすればいらぬ惨事を引き寄せるぞ」
 周囲を見回すと、案内人の女性と別の人が話している姿を見つける。
 ザイルは二人を傍に来るよう指示し、スビナの話と合わせて情報をまとめた。途中、一人になりたいと言ってスビナは離れた。


「なるほどな。これで合点がいった」
 ルバートもザイルも反応は薄かった。
「なんで二人とも冷静なんだよ。かなり重要な事だぞ」
 ビンセントの語気にまだ治まらない苛立ちが滲む。
「俺様は元々世界の奇異も探求していた。一方的に善良に偏っている存在を目にしたことはないのでな。スビナあの娘には悪いが、始めからきな臭いとは思っていた。俺様の驚きをどうこう言うなら、レイアードも反応が薄いだろ。お前さん同様に話を聞いていたなら怒っても良いものを」
 三人揃ってレイアードを見るも、何気ないといった表情であった。
「神様みたいな存在が善良であるべきってのは一方的すぎでしょ。スビナは崇拝してたけど、僕は大して崇めてないし。言ってることは正しいから何も言えないよ」
 ビンセントもそれは痛感し、悔しい表情を滲ませる。
 ザイルも続けて自らの思いを口にした。
「俺は昨日の申請許可で疑念を持った。そもそも大精霊に会える存在など珍しいのに、どうして会える前提であそこまで厳重に秘匿を重視する取り決めがあったのかがな」

 ビンセントの怒りも静まりだしたのを見計らってルバートが口を開いた。

「さて、後はガーディアン殿が戻るのを待つのみだが、現時点でかなり面倒な事態だ。スビナはどうする? 血気盛んにミルシェビス側へ反論しそうなものだが」
「スビナはそこまで愚かではないぞ。今は真実を突きつけられて」
 ルバートはビンセントの言葉を遮って告げた。
「ああなってから物わかりが良い人間などそうはおらんぞ。崇拝により煌びやかに象っていた偶像を、その本人が粉々に砕いた。下手すれば反乱軍を作りかねん」
「それは大げさだろ」
 レイアードは大精霊に絡んだ歴史を思い出す。
「それはどうだろうか」
「え?」
「バルブライン王国って、ミルシェビス王国嫌ってるでしょ。正確には大精霊を、だけど。表だっては宗教上の問題ってなってるけど、ここまで来たら過去に大精霊と何かあったとも考えられる。スビナが反乱を企てるってなるならバルブライン王国にいく可能性は十分にあるよ」
「尤もな意見だが、恐らくそれは困難だろうな」
 三人はザイルの意見に集中する。
「ミルシェビス側も“お導き”に会うと想定しているなら、スビナがああなるのは考えているだろう。反乱の意思を示そうものなら何かしらの処罰が下るだろうな」
「処罰って、何もやってないだろ!」
「精霊巫女の真実を隠すためなら汚い手や罪状はいくらでも作れる。特に大精霊を侮辱したという理由ならな。大精霊は軽く見ているが、人間としての立場から見て精霊巫女は清廉潔白であり弱者を導く重要な役職だ。ミルシェビス側も必死に護ろうとするのは当然だろ」
「じゃあどうすれば良い」

 悩む三人を余所に、レイアードは提案する。

「とりあえず二手に別れよう。”サラ待ち”と”ミルシェビス王国へ報告”と。もしかしたらサラは遅くなるかもしれないし、あまりにも報告が遅いと王国側に余計な邪推が生まれるだろうし」
「確かにそうだ。不穏に思われると此方が不利になる」
 突如ビンセントは妙案を思いつく。
「そうだ! サラだけがお導きにあった事にすればいい! そうしたらミルシェビス王国側にバレないだろ」
「却下だ」
 ルバートの即答にザイルとレイアードは頷いて納得する。
「なんだよ三人揃って!?」
「ビンセント、さすがにその嘘を通すのは苦しいよ。だって」人差し指を背後に指した。相手は遠くで仕事をしている案内人の女性である。「既に”お導き”が起きたって判明してるし、口止めは絶対無理だ」
「それに、顔に出やすいお前さんと、あそこまで消沈した精霊巫女。この条件で嘘を貫くは不可能と確定している」
「なんだよお前まで」

 ザイルは咳払いして黙らせる。

「とにかく、報告とサラ待ちに別れよう。というより、考えるまでも無く決まっているがな」
 報告役は、ザイル、ルバート、スビナ、ビンセント。サラ待ちはレイアードであった。
 スビナの様子から一人では無理がある。冷静なザイルかルバートを同行させたいが、この時点でビンセントを置いていくと、後で報告するときに感情に任せて失礼な言動をしかねない。
 よって、スビナとビンセントを一緒に報告役へ回すなら、ルバートも一緒にいるほうが異常事態に対処しやすいとの判断である。
「俺、そんなに信用ないのか?」
「ここへ戻ってきて開口一番何を言ったか思い出してみろ」
 ルバートに指摘され、ビンセントはぐうの音も出ない。
「それにだ、この際ミルシェビス王国側にもお前さんの異常事態を報告し、助力を得るほうが賢明だ」
「良いのか? 俺一応レイデル王国の戦士だ。機密漏洩とかになったりしないか?」
 説明をザイルが変わる。
「安心しろ、まだそこまで重要視されておらん。厳密には、謎すぎて考えを巡らせている間にこの事態だ。それに大精霊もお前に備わった謎の力がゾアの災禍を逃れる運命を背負っていると言っていたならかなり重要な力だ。悪いようにはしないだろうし、同盟国としてはどのみち報告は必須、早いに越したことは無い。後々いらぬ考えを巡らせられるのも面倒だしな」
「とはいえ、お前さんは報告の際、余計な事は言うなよ。質問には端的に答え、俺様とザイルに説明を任せろ」
「そんな意地っ張りな子供みたいな事をするか。頭が痛くなるから嫌でもお前達に任せるぞ」

 それは胸を張って言う事かは疑問である。
 話が纏まると神殿にレイアードだけを残して三人はスビナに声をかけて馬車へと向かった。

 ◇◇◇◇◇

 時の狂渦と、初めて聞く言葉にサラは戸惑い説明を求めた。
「時の狂渦っていうのは、複数の世界が入り混じった状態。放置しているとかなり危険な事態に至る現象よ」
 サラはある言葉が思いついた。
「並行世界って事ですか?」
 大精霊もカレリナも首を傾げて言葉の意味を知らない様子を示した。
「可能性の世界を指すものです。今生きている世界とは別の、もしもの世界。この世界で言ったら……自分が医者をしている世界が今だとしたら、並行世界では農家だったり、王国に仕えてるとか。そういった可能性の世界です」
「うーん……、大まかには似てるけど違うわね」
「え?」
「それって、同じ時間を進んではいる別の世界の話でしょうけど、そのもしもの世界に今の自分が干渉出来るのかしら?」
 サラは頭を左右に振った。
「つまりは想像上の世界。童話や小説の作者が思い浮かべる幻想。接触出来ない世界でしょ? 時の狂渦の世界は、もう少し現実的な世界よ」
「どういうことですか?」
「サラの言う並行世界は、登場人物は同じだけどそれぞれの役職が違うってものでしょ?」
 少し悩み、言葉を選ぶ。
「あ~、大まかには、ですね」
「時の狂渦は役職は同じ。戦士なら戦士、農家なら農家。ただ、ある地点で複数の分岐が発生して、そこから枝分かれした未来へ」
「並行世界とどう違うのですか? その分岐した道の先で、未来は大きく変わっているんじゃあ」
「大まかに似ているのはここまで。並行世界ってものと違うのは、時の狂渦は分岐した短い期間の未来が、ある時、一気に収束するの。極希に起きる一種の災害みたいなものね。分岐したほうの未来では大体が不幸な顛末を迎えてしまう。収束した時の狂渦の影響は下手をすれば魔女なんかよりも強力な悪影響を及ぼすわよ」

 説明だけでもかなり複雑な混乱が起きてしまうと想像がつく。

「そんな事が起きたら、世界が狂ってしまいませんか?」
「うーん……、確かに起こるのは悪辣極まる現象だけど、極々希なものよ。時の狂渦はかなり異質な条件が整ったら起きるものですから。ただ、今回はゾアの災禍時期が近く、加えてガーディアン発生時期もありと異例塗れな事態でしょ? 既に極小規模の時の狂渦はあちこちで起きているわよ。あ、けど安心して。異常事態はよく調べて手を打てば解消されるものばかりだから」

 説明はあるものの、どういった事が起きるかを見なければ分からない状態であり、サラの思考は既に限界に達していた。
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