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一章 止まる国と大精霊

Ⅸ 車上での細やかな幸せ

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 二日前に国兵がザイルからの手紙をモーシュへ渡した。二日後である今日、ミドクの家で話し合ってから七日後のことである。
 明朝、外はまだ暗いが雪は降っておらず移動しやすくあった。
 モーシュを先頭に、サラ、レイアードはレイデル王国とミルシェビス王国を隔てる国境へと向かった。先にミルシェビス王国へ報告に向かったザイルとスビナは、国境で迎えを用意してくれていると、手紙には記されていた。
「あれ、あの荷車って」
 村を出てしばらく歩くと積雪が弱い所へと辿り着いた。その地帯の車道には荷車が止まっており、道路には雪が薄らとしか積もっていない。
 サラの質問にモーシュが答えた。
「俺の幼馴染み。サラちゃん忘れてると思うけど、ガーディアンって神話に登場する戦士だから。そんな素晴らしい戦士様のお役に立ちたいってんで、国境までの足役を買ってくれたわけよ」
 やや戸惑うサラの横にカレリナが現われた。
「国境までは遠い道のりよ。楽できるのは有り難いわね」
 見る機会が少ないレイアードはカレリナをジッと眺めた。
「改めて見ると不思議な存在ですよね守護神様って。はっきり見えるのに触れないし、これといって凄い力を使って魔獣を倒しもしないんですよね?」
 カレリナは振り返ってレイアードと話す。
「確かに戦いとなったら助言しか出来ないし、サラが落ち込んでいるときも話し相手しか無理ね。けどガーディアン特有の力を使う時、本領発揮でサラのためになるわ」
「へぇ、ガーディアンの大技ですか。是非見てみたいものです」
「フフ。楽しみにしていてね」

 楽しそうに話すレイアード達とは別に、モーシュは馭者の男性と軽い打ち合わせをしていた。
「じゃあ、俺はここまで」
「え? モーシュさんは来ないんですか?」
「正直、大所帯もミルシェビスも苦手でな。向こうにはレイデル王直属の騎士様に精霊巫女の愛娘と、しっかり者が二人もいるだろ。他にもミルシェビスの護衛兵がいるから、俺がわざわざ出しゃばる必要ないんでな」
 モーシュは腰に備えた布袋から首飾りを二つ取り出した。
「これ、サラちゃんへの御守り」
「二つともですか?」
「ああ。多すぎると効果激減だが、この二つなら充分な加護が働く。ちょいと術が強くなる程度のやつと、あと一つはお楽しみ」
 すかさずレイアードも口を挟む。
「先生、愛弟子には無いんですか?」
「ああ? 催促してんのかよ。お前には大事な籠手くれてやったろ。ちゃんと持ってるだろうな」
 レイアードの左腕には青い宝石を散りばめた銀の籠手がある。片方だけの装飾品であり、右腕にはない。
「いつでも先生に護れらてると思って付けてます」
「気持ち悪い事言うな馬鹿野郎。それより、”術の加減”と”意識飛びそうになる”のだけは気をつけろよ。一応、ザイルとスビナちゃんがいるから安心してるがな」
「心配性すぎですよ。僕、結構大人ですから」
 心配させてしまう性格をしているから。と言いたいがこれ以上は無意味と悟り、モーシュは溜息をついて気持ちを立て直し、馭者の男性へ挨拶して二人を見送った。


 車上では馭者の男性との会話に夢中であったサラとレイアードだが、密かにサラは嬉しさと昂ぶる感情を抑えるのに必死であった。
 冷たい空気が心地よく。一枚しかない毛布を二人で使用している時など、まるで青春恋愛小説のような展開だと感じて身体が熱くなる。
 電気も街灯もない世界。赤くなる顔が分からないのは嬉しくあった。

 日が昇り始める頃、荷車は国境へ辿り着いた。
「何事も無く到着出来ましたね」
「魔獣も冬眠してるんでしょう。助かりましたよ。ここからはさらに大精霊の加護が強めだから魔獣の出現が抑えられるから安心です」
 シレッと様付けされていなかったが、サラは聞き流した。
「いやぁ、ガーディアン様に十英雄様。こんな近くで話が出来るなんて、一生の宝ですよ。家帰って皆に自慢してやりますよ」
 そう言って馭者の男性は喜んで帰って行った。
 挨拶を済ませた二人は通行許可の手続きをしに国境基地へと向かった。



 国境でミルシェビス王国へ向かう馬車が待っていた。二人はそれに乗って城下町へと向かう。
 ガーディアン召喚前に訪れた時にはあまり目にしなかったが、赤煉瓦を用いて立てられた三階建てはある円筒形の柱が気になってレイアードに訊いた。
「あれは陣術の”点”だって」
「点?」
「僕は陣術を使わないから原理がよく分からないけど、ある陣術の模様を描く線の角や交差する箇所とか、そういった部分をああやって柱にしてるとか。守護の陣と聞いたことはあるけど、はっきりとは。けど、魔獣がいないのは外を見て分かるかと」
 外を見ると、以前ではあまり見なかった酪農風景をサラは目の当たりにした。それほど平和な土地なのだと判明する。
「一応ここは大湖寄りの牧草地だから、守護の影響を重んじてるんでしょうね。ほら、またあった」
 国境を出てから三つ目の柱である。補足説明のように、昔から有ると告げられた。

 丘陵地帯を抜け、馬車は王国の城下町へと辿り着いた。
 馬車を降り、指示のあった屋敷へ二人は訪れた。
「予定より早く着いたな」
 屋敷内では、騎士の制服を纏ったザイルとスビナがいた。サラが少し違和感を覚えたのはスビナの服装。巫女とあるのだから、着物のようなものを想像していたが、貴族服と遜色ない見た目であった。むしろ普段着の方が巫女と印象づけされるものであった。
 つい、理由を求めてしまった。
「精霊巫女と位置づけられるのは神聖な場でのみ。国王様との謁見や貴族の社交場など、畏まった場では一般人と変わらない正装をします。一応、十英雄ですのでこういった格好を。お二人の分もありますので着替えて下さい」
 屋敷の使用人の案内でサラとレイアードは別々の部屋へ案内され、準備されていた制服に身を包んだ。
(お似合いよサラ)
 想像していた貴族服より地味で、日本でのスーツを印象づける。しかし細かな模様や線が入っているので、少し新鮮であり感動もあった。
(すごい。生地が良い感じ)
 肌触りが良く、軽い。
 上着から覗かせる下着にもこだわりがあるのか、布地を結ったような飾りが見えている。派手ではないが、上着に合って主張しすぎないものであった。

 着替えを済ませ、四人は城へと向かった。
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