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一章 止まる国と大精霊

Ⅱ 森にいた人

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 ”森林神殿の里”
 想像していた光景は完全に打ち砕かれた。
 幻想的で小さな光が点在するほどの神秘さを求め、小さな妖精のような存在が生活していると思っていた。しかし現実は、樹海や山の中といった光景に木造の家が点在しているだけである。木の割合が多い田舎暮らしという印象だ。特に変わっているといえば、大樹の根っこが太く空洞が出来ている所に石積みの壁を設けた家があるくらい。
 新鮮ではあるがすぐに見慣れてしまう。
(やっぱそうだよね)
 動画やテレビ番組で放送されている編集加工された映像は、結局のところ想像を形にしただけにすぎない。ごく当たり前の事を改めて納得させられた。

 スビナに案内されて辿り着いたのは里長の家である。
 里長・ミドクは丁寧に挨拶しサラも挨拶を返す。
「それでは後はお願いします」
 告げるとスビナはどこかへ向かった。
「えっと……」
「ああ気にしなくて宜しいですよ。以前、濃いミジュナが現われる事が森林神殿奥の湖で起きたから、それの調査と後始末を」
 丁寧に話すミドクへ、サラは戸惑いながら頼む。
「あの、そんなに畏まらなくていいですよ。ガーディアン召喚、でしたっけ。それがされる前とか普通に話してた人とか多かったし」
 ミドクは申し出を断り、丁寧な話し方を貫き通そうとするも、サラも引かない。結局、二人だけの時は普通に話すと落ち着いた。
 ミドクは部屋へ案内し、前もって準備していた飲み物を提供した。

「……あ、美味しい」
「お気に召してくれたかな」
 素直に頷いて返す。
「この地で生息するコズラ牛の乳を温め、同割りでザガの茶を混ぜたものだよ」
 転生して以降、日本では聞き馴染みのある動物や植物がチラチラ耳にするが、こういった別の名も聞く。慣れてしまえば気にならなくはなった。
 材料を考えて導いた答えは要するにミルクティーだと判断するが、今まで飲んだことのない味に喜びを隠せず、一気飲みしておかわりを頂く。
「あの、私ってどうしてここに連れてこられたんですか?」
 飲みものを入れて持ってきたミドクは席に着く。
「召喚されて以降は、先ほど話した事がきっかけです。ミジュナの濃い所では不安定な魔力に影響を及ぼすと判断し、スビナ様の実家で匿う事にしたのです。目を覚ましてからの事は慎重になっているだけで、とりあえずは王国からの使者が来るまでこの里で過ごしてもらおうと。部屋も別の所を用意してるよ」
「王国からの使者って……私、連れて行かれるとかですか?」

 不安の表情が顔から滲み出る。

「ははは、心配いらんよ。一応この地はレイデル王国内だが、精霊巫女様は完全に国を信用してはいなくてな。一応、共に旅した仲間のよしみということで使者がサラさんを見に来る程度さ」
 気がかりなのは、グレミア達と違いスビナと王国側との温度差である。
「どうしてスビナさんは王国と距離を? 十英雄のグレミアさんやゼノアさんとか、レイデル王国へ協力を求めてましたけど」
 ミドクは唸った。
「私も詳しくは話せないが、スビナ様個人ではなく、大精霊様に関係する方々。スビナ様のような精霊巫女も含め、国の王と親密な関係を築くのは危険らしい。まことしやかに語られる噂では、そうなればその国が強大な力を得るとか、大精霊様の神性が穢されるとか色々。スビナ様はご覧の通り生真面目な方だから、訊いても教えてくれんだろうから、その程度の情報で心に留めておくほうがいい」
 気になる所だが、素直に従うことにする。
 今は右も左も分からない立場。下手に藪を突く真似は危険でしかない。
「じゃあ、十英雄になった経緯は?」
 それは話してくれるだろうと信じた。
「仕方なくだろうなぁ。魔女は人間全てにおいて害なす存在だからな。利害の一致だろうが、仕切っていたビンセント様とかグレミア様とか、スビナ様も気を許しやすい方々が多かったから協力はしやすかったと思うぞ」何かを思い出した。「そういえば、レイデル王国の使者も十英雄の方だ」
「え、どんな人ですか? 強面で、ずっと説教とかしそうな人とか嫌だなぁ」
 素直な思いが小声で漏れる。
「安心しなさい。ザイル様だとそういう類いだろうが、【レイアード】様は温和で気安い方だから」
 安心すると二杯目の飲み物を一気飲みする。
「あの、里の中とか見に行っても良いですか? 始めての土地だから見ておきたくて」
 ミドクの許可を得たサラは家を出た。まるで孫娘が喜んで遊びに行くような気持ちでミドクは見送った。


 “結界から出ないように”と告げられ、サラは里へ出た。
 結界は赤い実に紐を通し、木に括り付けていると教えられた。すぐ目立つからと教わり、まずそれを見つけようと動く。
 およそ十分ほど、里を抜けて森の中と言える場所で結界を見つけた。
(こんな遠くまで囲うんだ)
 理由は不明だが、里だけを護るものではないと感じた。
 次は他の所を見ようと決め、里へ戻ろうと振り返った途端、妙に圧迫感のある力を感じた。
 森内にいた鳥が一斉に羽ばたくと同時に力の発せられる方を見る。
 すれすれだが結界内で感じるも、そこへ行くべきかどうか迷ってしまう。それほど強く、冷たい異様な印象を受けたからだ。それでもサラは好奇心に抗えずに足が向くも、間もなく怖い力が突然消えて立ち止まる。
 謎めいた異様な印象は一瞬のことで、再びサラは目当ての場所へと向かった。警戒し、サラを心配するカレリナは”危険と判断したら引き返してね”と告げた。
 恐る恐る進むと、およそ百メートルほど先で「すぐ近くで誰か倒れてる」とカレリナが報せた。
 心の片隅で魔獣だと思っていたサラは安堵の息を吐いた。
 冷静に考えると、結界の張られた神聖な森の中で魔獣が徘徊するのは考えられない。今まで多くの魔獣を相手にしてきた影響から警戒する癖がついてしまったと感じる。

 周囲より一回り大きな樹の根元に黒い服を纏った女性が倒れていた。
(すごい、綺麗な人)
 まるで女優のような美しさ。そう、サラが思っていると女性はゆっくりと目を覚ました。
「……あ、れ? ……ここ……」
 徐に起き上がると、周囲を見回すついでにサラと目が合い首を傾げた。
「貴女は?」
 そのまま言い返したい気持ちを堪え、先に名乗った。
「あの、私、サラって言います。貴女は? どうしてここへ?」
 女性は穏やかな笑顔で返す。
「いつもいる人と突然逸れてしまって。突然いなくなってしまったんですあの人。あ、私はスレイと言います」
 先ほどの異様な力は何処にも感じられない。それはスレイからも。
 何が起きているか分からないが、こんな所に一人で置いておく訳にもいかず、サラはスレイとミドクの家へ帰ることにした。
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