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一章 止まる国と大精霊

Ⅰ 遠退く意識の中で聞く声

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 ガーディアン召喚を阻止する馬車の中で突然意識を失ったサラが目を覚ました時、周りの色が白色の世界であった。どれだけ気を失っていたかは分からない。
 視界はぼんやりとしており、周囲の輪郭ははっきりしない。
 空気の匂いはなく温度も感じない。
 重力も無くなっているように身体から重さが消えている気がした。
 一瞬、”死んでいるのか?”と感じる、そんな白い世界である。

「……サラ、聞こえる?」
 聞き覚えのない女性の声がする。返事も出来ず、目を閉じたまま漂い続けるしか出来ない。
「今はまだ分からない。何も知らない、どうしてこんな事を言われるのか分からないだろうけど……」
 そこから何かを話しているが酷い睡魔が襲って声が朧気にしか入ってこない。
「――待って! 最後に、サラにこんな怖い力を預ける事を」
 訴えの途中、我慢出来ずに眠りに落ちた。深く暗い闇へと沈むように意識が遠退いていく。
 遠くで誰かが、自分に向かって何かを叫んでいるが、とうとう分からなくなる。



「……――成功です。ただ、魔力の安定が……」
 今度はもっと若い女の声。その声に続いて複数人の声がする。
「あ、貴女は?!」
 突然、男性の驚く声がしたと思いきや、守護神カレリナがサラも踏まえた自己紹介をしている声がした。
 またも深い眠りに落ちたサラにそれ以上の話を聞くことは出来なくなった。


 目を覚ましたとき、木造家屋の屋根が見えた。
 木の香り、温かい空気。
 トントンと、心地よく等間隔で何かの作業をしている音がする。
 頭を動かして部屋の様子をうかがうと、テーブル席に腰掛けた女性が木の棒を持って何かを叩いていた。
 壁のあちこちに色んな種類の布袋や細い蔓を束ねたようなものが提げられている。
「あら、お目覚めですか?」
 優しい表情の女性がサラに気づいて歩み寄り、額に手を当てて熱を測った。
「うん。熱とかはないみたい」
 その場に正座した。
「スビナの母、ミリア=ケイリーです」
 深々と頭を下げられた。
 突然の事に驚き、サラは上体を起こす。
「あの、待ってください。私、何が何だか分からなくって」
 カレリナが姿を現わすと、ミリアは見えているらしく再び深々と頭を下げた。
 守護神が見えるのは、互いに触れ合った転生者同士か魔女を討伐した者。サラの知る魔女討伐者は十英雄である。

「もしかして……十英雄の方ですか?」
「え? いえいえ、もう五十近いこんなおばさんにそんな大役は出来ませんよ」
「でも、カレリナが見えるって」
「私の娘のスビナが十英雄の一人であり精霊巫女でして。この家の中だけは守護神様を見る事が出来るようにしてくれてるのです」
 説明中、玄関の扉が開く音と、男性の「帰ったぞ」の声がする。
 サラの視界に入った気堕落な様子の男性は、サラとカレリナを見ると「おお、起きたか」と、ミリアとは違い丁寧さがない。
「ちょっとお父さん! ガーディアン様と守護神様になんて無礼な!」
「無礼も何も人間の娘と幽霊みたいなもんだろ」
 恥ずかしくなってミリアはいそいそと頭を下げると男性の腕を掴んで外へ出て行った。
「なんて罰当たりな事言うんだい!」
 その一声は聞こえたが、後は何か説教をしているようにしか聞こえなかった。

 部屋に一人残されたサラは改めて部屋を見回すと、壁に掛かっているのは布袋だけではなく、干し肉や何かの植物を乾燥させて紐を通してと、様々なものがある。憶測だが冬を越すための保存食だと感じた。
 説教を終えたミリアは男性と共に戻ってくると、再び正座した。勿論男性も無理やり正座させる。
「主人のモーシュ=ケイリーです。こんな感じですが、一応は術師をしておりました」
「モーシュだ」
 精一杯の礼儀だとは窺える。
「あの、畏まらなくて構いません。ここへ来る前は皆様普通に接してくれましたし。それよりも、ここの事を教えてもらっても宜しいでしょうか」
 サラの召喚先は、レイデル王国内の村・ベシュ。
 召喚された場所は森林神殿と呼ばれる森内の湖付近だが、邪な魔力が漂っている為に森の外へ運ばれ、検査を行った後、介抱をする目的でスビナの実家へと預けられた。
 今は召喚されて二日後である。

「私、他の転、あ、ガーディアンと一緒にレイデル王国へ来る途中だったんです。十英雄のグレミアさんやゼノアさんと共に」
「それは聞き及んでおります。ですが、訳あって今はレイデル王国へはサラ様を連れて行くことは……」
「どういう事ですか?」
「そいつぁ、うちの娘に訊いたほうが早いぞ」
 礼儀をミリアの豹変した表情が指摘する。
 とにかく、スビナに会うことが重要であると判明する。
「あの、スビナさんは……」
「娘でしたら」
 言おうとした矢先、玄関の扉が開く。
「あ、帰ってきました」
 巫女の衣装のまま帰宅するスビナは、サラの前へ来ると「こちらへ」と告げて外へ出て行く。
 両親に一礼したサラはスビナの後をついていく。

「あ、あの……サラって言います。スビナさんで宜しいですか?」
 家から少し離れた所でスビナは立ち止まって向き直り、丁寧に一礼した。
「スビナ=フィリア。精霊巫女をしております」
 真顔の挨拶にどこか威圧を感じてしまう。
「あれ? ケイリーじゃないんですか?」
「族名は精霊巫女になると変わります。その土地の加護を得る意味もあり、精霊フィリアの名を。先ほどは父が失礼を」
「い、いえ。お気になさらず。十英雄の方ですよね」
 時間を気にしてか、歩きながら話す事をスビナは求めた。
「他にも十英雄の方にお会いになられたのですか?」
「はい。グレミアさんとゼノアさんです」
「あの、勘違いされないで頂きたいのですが、私は十英雄ではありますが、それはあくまで魔女討伐に関しての証明にすぎません。精霊巫女が本命であって、単純な力量差でしたら皆様の足下にも及びません」
「けど、特別な術とかを使うんですよね」
「巫女の使う術は全てが巫術。用途は限りがあり、ミジュナに対する事に重点を置かれた術を。後は精霊様の力をお借り出来る場所で少々強めの術が使えるくらいです」
 聞き覚えのない単語の意味をサラは求めると、一般では呪いやゾグマを指す言葉であり精霊巫女はそう呼ぶものだと教わる。
「あの、よく知らないのですが、呪いってどういったものですか? 人の恨み辛みが怖い幽霊になるみたいな?」
「そういう表現もありますが、術師や巫女の間では全く違うもの。そして、呪術というものも御座いますが、それはさらに一般に使用される術とも一線を画して別ものです。対処するには呪術を発する本人が対処するか、巫術を用いるの二通りしかございません」
 もっと詳しく知ろうにも、これ以上は頭が追いつかないので止めた。
 説明を終えたぐらいで荷車まで辿り着いた。
「これに乗り、森林神殿の里ガデアへ向かいます」

 日本にいた時の情報から、“森林神殿”という単語のイメージが幻想的で神秘的であるとサラは想像し、興奮と喜びがこみ上げる。
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