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二章 激動の訓練

Ⅹ 地獄の訓練成果

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 翌日、まだ身体の節々に痛みを感じるも、動けるようになったバゼルは訓練区域へ向かった。
 まだラルバ隊が訓練を行っていると思っていたが、励んでいるのは自隊の部下四人だけであった。
「隊長!」
 一番始めにディロが気づく。
 バゼルが近づくと、四人は駆け寄って整列する。
「すまん、休みすぎた。訓練の方はどうだった?」
 一瞬にして四人の笑顔が、まるで作られたようにぎこちなく、目が笑わず小刻みに泳ぎ、僅かばかり不気味さを帯びていた。

「と、とても、有意義な」
「嫌な事を訊いた。もう分かった」
 ジールの本心を無理やり偽っているような言葉を遮った。どれほど過酷であったかは伝わった。
「訓練成果を見る。この三日で行った陣敷きをやってみろ」
「はい!」
 気を取り直し、四人は背中合わせの円を組む。
「範囲はどうする?」トウマが訊く。
「俺達が入る位でいいだろ。ディロ、ちゃんと制限かけろよ」
「分かってるよ。どれだけ苦労したと思ってんの」
「じゃあいくよ、皆」
 フーゼリアの声に合わせ、一同は自分たちが入る円陣を足下に作ると、魔力を込めて陣敷きを行った。
 四色の光が混ざる光の柱が薄ら出現し、黙ったままだがバゼルは目を見開いて驚く。
「皆、もう少し上げようよ」
 ディロの提案に皆が返事すると、さらに濃い光の柱が出来上がる。

『あんたが思う以上に部下はしっかり強くなってるんじゃないか?』
 何気なく口にしたシェイルの言葉を思い出す。
 自分では短期間でここまで成長させる事は出来なかった。素直に自身の、隊長としての不出来さを心の中で嘆くも、どこか清々しくある。
 部下の著しい成長についつい口元が緩む。
「よし、止めろ」
 合図と共に四人は陣敷きを止めた。
 疲労の様子は無く基礎体力も上げられている。

「隊長、俺達聞いたんですけど」
「メアの壇上か」
 あのラルバがここまで余所の隊員を成長させたなら、その話が無いわけがない。
「お前達の事だ。”ラギの部隊のしごきに堪え、誰が見ても分かるほどの成長を遂げた。だからメアの壇上でも渡り合える”と思ってんだろ」
「すごい隊長! 心読めるんですか?」
「それは無理だ。俺も似た経験をしただけだ」
「隊長も?」
「少し強くなった程度で息巻いたが結果は惨敗。腐ったガキの痛い歴史だ」
 トウマはジェイクから聞いた仲間を失った話を思い出す。
 皆、そういう経験は積んでいる。どれほど強い人間であろうと。
「今のお前等はそういう状態にあるかもしれん」
「けど隊長! 強くなるのは戦士として必要です!」
 ジールの訴えを、手を前に出して黙らせた。
「誰も任務を”拒否する”とは言ってないだろ」

 言い方から『参加出来る』と感じ、四人は安堵した。

「馬鹿正直に任務を受ける・・・・・・などとは言わん。それこそ過去の二の舞だ。俺は俺の方で条件を考える」
「条件?」
「任務内容が”魔獣を倒す”とあるが、数は不明。地形も不明。何処に何があるかも不明。こんな任務を考え無しに引き受けるのは、崖から笑って飛び降りる馬鹿のすることだ」
 つまり、喜びながら死んでいくと例えられている。
「『何をどこまで、どのような成果を上限にするか』これは一例だが、そういった条件を考えて任務を受ける」
 任務を受ける。と確かに言った。
「じゃあ、オイラ達」
「俺はお前達を信じる。残りの期間、厳しい訓練になるだろうが頑張ってもらうぞ」
 四人は顔を見合って喜び、整列して返事した。
「はい!」

 ◇◇◇◇◇

 任務参加の是非、報告日。
 まるでバゼルの担当を仕組まれたかのように、報告書の受取人はラルバであった。
 会議室へ入るや否や、ラルバだけしかいないと分かるや、あからさまに嫌な顔となる。
「おやおや、立場が上の者へ向かってそのような表情をするものではないよ」
 言いつつ笑顔のままだ。
「受取人は女王陛下側近の方と聞いておりました。ガーディアンの現状報告も兼ねておりましたので。なにゆえ第二ラギ様が?」
 丁寧に聞くも目つきは悪い。
「よく聞いてくれた!」
 そんな事は気にせず嬉しそうに立ち上がる。
「私も多忙の身の上なのだがね、皆、どうしても忙しいから、兄弟というだけでなぜか振られてしまったのだよ。はははは」
 自分が受取人を引き受けると言ったのだとバゼルは決めつけた。例え間違っていてもそれすら嘘だと思い込めるほどに。
 言い返さず黙って一枚の紙を渡した。
 ラルバが内容を確認すると「なるほど」と呟いた。
「異常発生の魔獣討伐を優先ではなく、魔獣を寄せ付けない浄化結界を張り、範囲を広げる作戦か……。考えたね、数日そこらで終わる作戦ではないのは理解しているかい?」
「メアの壇上はギネドの領地内。協力関係だがバースルに作戦の決定権は無い。これが向こうへの提示だ。それが受けられなければ、深入りせず魔獣討伐をしつつ我々の陣内で浄化結界を張るだけだ」
「あくまで結界作戦は貫き通すと?」
「安全圏があれば調査にしろ異変にしろ、いろいろな面で楽に動き回れる。欲を言えば魔獣勢力を分断出来る直線の結界を張りたい」
 提出された作戦は、情報不足の現状では時間が掛かるが効率的なものである。拠点を設け、自分たちの有利になるよう行動していく。
 ギネドの兵達もその作戦は気づいている。実行出来ていない理由は一つ、結界を張る術師がいないからである。
「結界を張るのはいい着眼点だ。しかしそれを張れる人物はいるのかい?」
「つい最近、そういった術が可能な奴と再会した。どこの誰が気を回したのか知らんがそいつと会えた。向こうも色々訳ありでこの地に来たみたいだからな。利用させて貰うだけだ」
「随分と行き当たりばったりが過ぎるのでは? もし彼女・・が来なければどうしたのだ?」

 男か女かも言っていないのに彼女と断言した。
 そこを突いてほしいと言わんばかりの表情を向けられているが、「白々しい」と呟いて流した。

「時間があるならミルシェビス王国へ向かい、暒空魔術の賢師・ダン=オルクス殿へ協力要請を考えてました。トウマが知り合いというから交渉の仲介を頼もうと。他にもミルシェビスには大精霊がおります。何か手段を考えられるかと」
「ほう、あらゆる手を考えていたのだね。さすが我が弟だ。よろしい、上層部やネイラ様へはそのように報告しよう。浄化結界発動、維持、拡張。それらにおける作戦会議が遠征日まで開かれるだろうから、面倒くさがらずに来るように」
「ガキじゃねぇんだ、行くに決まってるだろ」
 反応が面白いのか、ラルバは笑顔のままだ。
「それに本作戦は俺の部下達の命も掛かってる。奴らには戦闘訓練中心に、どのような場面においても戦える様にしているが、現場と訓練が違うのは百も承知。出来ることだけをさせるつもりだ。魔獣全討伐なんて期待しないことだ」
「いやぁ、素晴らしい事を言うようになったな。私の下にいた頃より格段成長と遂げてくれて嬉しい限りだ。ただ、その訓練に際し、私からバゼル隊長殿に提案したいのだ」
「ああ?」
 所々態度はいつも通りになる。
「先の合同訓練において、我が隊員達に先輩心が芽生えてしまったらしく、将来に期待を持てる若人達へ手を貸してやりたいと思う者が多くてね。残り十日、いや、それに満たないだろうが。協力させても良いだろうか? という提案だ」
「ダメだと言ったら?」
 神妙な表情に変わる。
「仕方ない。それはそれで隊員達には辛い想いをしてもらうだけだ。いや、しかし悲しい話ではないか。隊の長たるバゼル隊長は忙しさに感け、隊員達の訓練には最適な環境へ送らず、放置で自主練。自主練習だなんて! そして迎える討伐作戦はかなりの修羅場なのだよ。もし若き優秀な隊員が亡くなりでもしたら、”あの時の自主練がぁぁ”と後悔を。ああ、なんと悲しい事だ」
 ラルバの一人劇場にバゼルは呆れる。
「気遣い有り難いが、自分の隊員使ってまですることかよ」
「おや、我が隊員達の気持ちは本当さ。嘘だと思うなら本人達に聞いてくれたまえ。まあ、そんな事をせずとも首を突っ込みそうなものだ。私もね、隊主としてそんな見苦しい事をさせるぐらいなら交渉ぐらいお安い御用だ。引き受けて頂けるかい? 色々隊員達へ手を貸したお礼としてね」
 全てラルバの掌の上で踊らされているようで歯がゆくあるも、溜息を吐いてバゼルは告げた。
「好きにしろ。ただし過剰な長時間訓練はさせるなと誓え。アレはあまり意味が無いと身に染みてる」
「そこまで我が隊員達は馬鹿ではないさ。大船に乗ったつもりでいてくれ」

 不服ではあるが、多くの悩みが一度に解決し、バゼルの心はかなり楽になった。
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