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二章 激動の訓練

Ⅸ 医務室の雑談

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 ゼド山での効果が二日目の訓練区域で如実に表われ、三人の魔力の扱いが格段に上がっていた。
「別に不思議なことではないよ。あの山では魔力が減らされるが少量の状態で維持されることが続く。こちらは魔力切れ寸前でも無くならない。そんな極限状態で維持と意識に徹したなら感覚が身に染みつく。何日やってもいいが、今はそれどころではないから、感覚だけでも少し無理して成長してもらうよ」
 朝一番でラルバの説明があった。
 トウマは魔力を満たし、範囲の鎧を維持しながらオードと戦った。
 オードは本気ではないだろうが、木刀での攻撃は身体が飛ぶほどに強い。ただ、防壁の影響で痛みはかなり抑えられている。
 何度も何度も立ち向かい、何度も何度もやられ続ける。
 ラギの隊員にトウマが対等にやり合えるはずもないのだが、フーゼリア達と戦うより学ぶ事が多い。それは、オードが攻撃や諸々の動作の際、魔力を細かく動かしたり出現させたり消したりを繰り返している。
 魔力消費を抑えた戦い。それをオードは繰り広げている。
 まだトウマには出来ないが、よく観察して動きを覚え、後に練習出来る。

「よし。戦闘訓練はここまで」
 約一時間で戦闘を終えるとオードは、息切れするトウマから棒を借りた。
「……何、してるんですか?」
 訓練の成果か、昨日の陣敷き訓練の影響か、体力の回復が早い。
 オードは棒をジッと見つめると、「ほら」と言って返した。
 普通に何気なく受け取った途端、急に重くなっているのに気づき、咄嗟に両手で持つ。
「え? ええ!?」
「今度はその武器に範囲の鎧を纏わせろ。文字通り、武器のみ・・・・にだ」
 トウマは棒へ範囲の鎧を纏わせた。しかし手も含められているのでオードに手に纏っているものを意識して剥がせと告げられる。
 今まで気づかなかったが、部分的に範囲の鎧を纏わせるのはかなり難しく、三十分挑戦してようやく出来た。
「範囲型はこういう風に」
 言いながら、二メートル程離れた地面へ、小さなドーム型の防壁を張った。
「自分以外を護るにも使える防壁だ。出来て損は無い。手軽な練習では今やっている方法が一番成長しやすい。やって分かるだろうが、馴れない間はかなり難しいだろ」
「は、はい」
 声に力を籠めようとすると、棒に纏わせた範囲の鎧が解けそうで気が気でない。
「元気が無いな。返事!」
「は、はい!」
 どこの世界でも、こういった事は変わりないのだとしみじみ思う。
「その棒を使って素振りだ。重さは今の状態ではないが範囲の鎧を解けば重くなる。また、時間が経つごとに重くなり続ける」
 つまり、重くなる度に範囲の鎧を強めなければならない。
「とりあえず二百回素振り」

 どこもかしこも鬼だらけ。と、頭の中で浮かんだ。

 ◇◇◇◇◇

 気を失って翌日の夕方、バゼルは目を覚ました。場所は医務室。
「ん? ……どうやらお目覚めだね大将」
 医療術師・シェイル=アレファは呆然と天井を見つめるバゼルの視診と触診を行った。
「……何が、あった?」
 まだ記憶が定まらない。
「筋は痛んでなし、揺らぎも大したもんでなし」
 バゼルを余所にシェイルは診断を進め、薄い板に乗せた紙に診察結果を記す。
「怪我はぁ、っと、問題なし。気功がまだ回復してないから……処方薬は……」
「おい」
 診察に夢中でバゼルの質問が届いていない。
「ん? ああ、すまんすまん。仕事熱心な性分だから許してくれ」
 とはいうが、いつも何かに集中すると周りが見えなくなるだけ、仕事熱心な熱意はあまりない。

「俺は何日寝てた?」
「丸一日ちょいだ。もう夕方だよ。激しい兄弟喧嘩繰り広げたそうじゃないか。懲りないねバゼルも」
 思い出されるのは一方的に攻められた所だが、ラルバ最後の一撃からの記憶はない。
「一方的にやられた。喧嘩にすらなってねぇよ。あの化け物にまだまだ追いつけねぇってだけだ」
「ラギは“覚醒”しないと対等にはムリじゃないか? 向こうも産まれた時から天才でもバケもんでも無いからね」
 シェイルは木のコップに入っている水を飲む。
「あんたん所の隊員達はなんとかラルバ隊のしごきに堪えてるそうだ。まあ、変わった魔力や立場の子達が多いからね、何かあったらまた観させて貰いたいもんだよ。特にガーディアンのトウマ君、どう変わってるか見物だよ。定期検診って名目で今度観させてよ」
 今まで度々シェイルは魔力を実践や訓練で酷使する隊員や兵士達を観ている。
 トウマも召喚後や訓練後、シェイルの気まぐれでこっそりと簡単な視診はされている。
「気が向いたらな」素っ気なく返された。
 バゼルはラルバに対して偏見の目を持っていても、分別ある行動を取れる戦士だと評価している。だから自隊の訓練ではなく別の訓練をしている。

 メアの壇上の任務を気にかけていた。
 先日に始めた防壁訓練を知っている。
 考えられるのは防壁訓練。陣敷きを取り入れた強化訓練。隊員を使って戦闘訓練。
 自分がしようとしたことをしていると考えると、妙に不快であった。

「それよりも風の噂で聞いたけど、なんか面倒な任務の参加をどうするか迷ってるんだって?」
 バゼルは上体を起こすと、重度の筋肉痛のような痛みが走り、顔が若干歪む。
「無理しなさんな。気功と魔力が乱れまくったせいで自己修復が行き届かなかった身体だ。今日明日は相当筋肉痛、動くだけで地獄だよ」
 諦めて寝た。
 開いた窓から吹き込む微風がヒンヤリとやや寒くあるが、今は妙に心地よい。
「情けねぇ話だ。自分が死ぬのはどうでもいいが、あいつらが死ぬのを嫌だと思ってる。腹立つ話だがラルバあいつに全部見透かされてやがる」
「それだけ嫌な苦労、辛酸も舐め続けてきたんだろうよ第二ラギ殿も。魔女狩りの時はどうだったのさ、仲間の安否は気にしなかったのか?」
「したにはした。ただ、ここまで気にするほどでもなかった。……強かったからからかもな」
 呆然とシェイルはバゼルを見る。
「なんだ」
 表情が気に障ったのか、少し声に棘がある。
「いや、変わったなぁ、って思って」
「あ?」いつも通り、隊員達に向ける状態になる。
「十英雄前は強さだけを求めたガキ。戻ってきてからは何かに苛立ってたガキだった。隊長となり、部下をしっかり育て、大きな選択を前に上等な苦悩をしている。今のあんたを見ると、だいぶ大人になったなぁって」
「やかましい」

 軽口をここまでにして、シェイルはベッドの傍の台に近づいた。
 白衣のポケットから小さな紙袋を出して台に置く。
「二種類の薬が入っている。食後に一つずつだ。明日の昼過ぎには普通に動くまで回復してるだろうから」
 返事はないが、いつものことだと割り切って医務室の入り口へと向かう。
「ちょいと出るが、何かあったら適当に魔力ぶっ放せ。誰か心配してくるだろうさ」
 言い残して出て行く。
 横暴な呼び出し方法に(するか)と心の中で返す。
 台に乗せられた薬を見て、少しでも動くのが苦行でしかない状態で飲めという状況。
(拷問か、畜生)内心で毒づく。
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