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一章 恥と嘘と無情と過酷

ⅩⅡ フーゼリアの太刀

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「――え?」
 驚きは、出来なかった・・・・・・事に対してではなかった。
 恐ろしく早く、先の尖った円筒形の、太めの矢のようなものを想像しただけで出来た。放つ感覚もまるで忘れておらず、すぐに飛ばせる。
 こうもあっさりと出来ると、本当に魔獣を仕留める魔術なのか不安が過る。

 もっと魔力を籠めようと意気込むも、防衛本能のような咄嗟の思いつきが働いて制限をかける。
 ”全力を注ぐ時ではない”と危険を判断する直感が。
 力量が心許ないと感じるも、もう今しかないと、トウマは巨大魔獣の頭上から放つ意思を固めた。
 丁度、魔獣も魔力に反応して見上げた。
「いっけぇぇぇぇ!!!!」
 矢を放つと、一秒にも満たない僅かな間に、巨大魔獣の顔から体内にかけて貫いた。
 爆発が起きるわけでも魔獣が粉々に砕けもしない。しかし矢が刺さり終えた途端、巨大魔獣を中心に突風が周囲に吹き荒んだ。
 風の魔力からトウマの力とは違うのはすぐ分かる。
 ジールもディロも堪え、遠くで魔獣群と対峙しているフーゼリアは条件反射で大樹に隠れてやり過ごす。
 小型の魔獣は堪え抜こうと足を踏ん張るも、その甲斐なく身体が霧散して散った。

 爆風が止むと、巨大魔獣の身体は骨と変わる。周囲に魔獣はいなくなった。

「……やった。トウマ、やったよ!」
 着地したトウマへ、ディロは嬉しさのあまり抱きつくも、興奮して力が強くトウマを締め付けた。
 何度も背を叩いて苦しい合図を送り、ようやく気づいてもらった。
「あ、ごめん。つい」
「死ぬかと思ったぁ……」
 二人に向かってジールが指示を下す。
「フーが戦ってる! 加勢に行くぞ!」
 足の速いジールが先に向かい、トウマ達は後を追った。


 暴風をやり過ごしながらフーゼリアは腰に下げた革の袋から小瓶を取り出して中の液体を飲む。
 バゼル隊員が所持する魔力回復薬は、短時間で回復するものではなく、時間をかけてゆっくり回復する薬。
 重傷を負った者への急速な魔力回復による反動と負担軽減のために作られた薬だが、戦闘中、少量ずつでも魔力を消費して戦う者からすれば魔力消費をかなり抑える貴重品になる。
 内蔵魔力量が一般兵より少ないフーゼリアにとっては必需品だ。
 暴風が止むと、魔獣達も活動を再開してフーゼリアを攻撃してくる。
 小型の魔獣を斬り、巨大魔獣の攻撃を躱して逃げる。これの繰り返しだが、さすがに巨大魔獣二体を相手にしつつ逃げるには限界が生じる。
 いよいよ巨大魔獣の平手打ちを全身で受け、大樹へ叩きつけられた。

「ああっ!! ……っぐぅ!」
 痛みに耐え、着地するとまた逃げる。しかし先ほどよりも衝撃の影響により動きが鈍い。大樹に隠れて逃げる戦法へと変わった。
(まずい。このままじゃ、やられる)
 大樹に隠れても小型の魔獣が見つけ、まるで報せを受けたかの如く巨大魔獣が向かってくる。
 隠れる事が意味を成さなくなっている。
「やるしかないか」
 刀を構え、巨大魔獣へ向かおうとした時。フーゼリアに一番近い巨大魔獣の身体へ、一瞬にして小さな傷が走った。

「ジール!」
 二体目の巨大魔獣が叩いてくるのを逃げて躱し、大声で報告する。
「向こうは済んだ! トウマとディロがもう来る!」
「どうやって倒したんだ!」
「トウマの大技! さっき強い風吹いたろ!」
 その技をもってすればこの二体も倒せる。見事な打開策を得た事に安堵する。しかしジールは浮かない顔をしていた。

 トウマの大技は確かに強く、もう二回、巨大魔獣へ放てば倒せるだろう。だが状況から鑑みても一発が限界。それすら危ういかもしれないと、トウマの内蔵魔力量が物語っている。
 魔力消費において危険行為は、”魔力を一気に減らして一気に回復させる”である。いくら魔力の筋が鍛えられていてもこの行為だけは身体への負担が大きすぎる。
 つまり、もう一発大技を放ったとしても回復までに時間が掛かり、二発目までの時間差で小型の魔獣を相手に逃げ回り、機会を伺うのは効率的ではない。
 今から徐々に回復させようにも、動き回りながら出来るのはせいぜい消費を抑えるだけ。
 どう考えても敵を滅する手が一手足りない。

「あの技でやるのは無理がある」
 フーゼリアの傍へ来たジールが告げると、トウマとディロが追いついて到着した。
「トウマの内蔵魔力量が証拠だ」
 フーゼリアが見ると、ジールの言いたいことが全て伝わった。
 一手足りない、魔獣を滅するための大技。
 思い当たる策はあるが、果たしてそれを使って良いか迷いが生じる。
 悩みながらも腰に下げてる二本目の刀の柄をフーゼリアは掴んだ。

「……一体は私がどうにかする」
 決断した。もう、それしか方法は無い、と。
「どうにかって」ジールは察した。「おい、使ったら殆ど戦えないだろ」
「薬は飲んだ、魔力を失っても徐々に回復はする。護衛はお前達に任せる。しかないな」
 魔獣が襲ってきてから走りっぱなしのジールは、今の体力と魔力量で護衛仕切れるか不安になる。
 現状、フーゼリアの戦術に頼るしか手は無い事も理解出来る。
 小さく溜息を吐いて意を決し、賛成した。
「加減はしろよ。お前の大技はちょっと魔力ケチったぐらいで劇的に弱くなるようなもんじゃないからな」
「まかせろ」
 ジールは小型の魔獣を斬り、フーゼリアに近づけさせなかった。さらに、ディロとトウマへ叫んで命令し、巨大魔獣の気を引かせた。
 三人が自分を護っている間、フーゼリアは刀を抜いた。それは刀身の無い、鍔と柄しかなかった。

『お前の潜在魔力には夜叉が潜んでいる。迂闊に使うな。制御も出来んうちに使えば甚大な被害が及ぶぞ』
 昔、祖母が告げた言葉である。
 フーゼリアの内蔵魔力量が一般兵よりも少ないのには理由があった。それは、彼女の潜在魔力自体に混じる特別な性質が関係している。
 この力はあまりにも希少。しかし日常生活、狩猟、戦闘、あらゆる面において魔力を使う際には扱いが難しい。
 過去、この力を色濃く備えた者の多くは残念がる傾向が強かった。
 フーゼリアもその一人であり、幼少時は周りと同じように出来ない事が多く、泣き喚き、嘆いて苦しんだ。
 成長し、対応策を身につけていった彼女のこの力を、観察し、手段を与えたのは十英雄となって以降のバゼルであった。
 刃の無い刀。それがフーゼリアの力を最大限活かせる武器として、バゼルが渡した。

『大太刀の柄だ。いずれお前があの技を使う際、それを使え』
 フーゼリアの大技は刀を使うものである。
 柄と鍔だけの理由をバゼルは語る。
『お前の大技は一歩間違えれば刀を粉々にする。なら始めから具象術の大太刀で放つほうが効率的だ。刀身が無い分持ち運びも楽だ』
 全てを具象術に頼ると、柄の部分から反動が直に手へ流れる危険がある。だから特注で拵えた柄を使う事になった。
『使いどころと加減を間違えるな。お前のことだからそれはないだろうがな』

 バゼルの信頼も込められた柄を握り、フーゼリアは集中した。
 魔力を込め、形を想像すると、先ほどまで使用していた刀より刃渡りの長い長刀が出来上がる。具象術であるため、見た目も研ぎ澄まされた輝かしい刀身である。

「みんな離れろ!」
 叫び、狙いを一体の巨大魔獣へ向けると、フーゼリアは刀を構えて走る。
 刀は大きいが重さは無い。速度を落とすことは無かった。
「トウマもっと離れろ!」
 フーゼリアの技を知らないトウマは、何が起こるかが分からないままジールの指示に従う。
 迫り来るフーゼリアに向かって巨大魔獣は殴りかかるも、跳んで躱したフーゼリアは魔獣の腕を足場にして、近くの大樹へ跳んだ。
 さらに幹を足場にして巨大魔獣の頭上へ。
「行くぞ!」
 落下の速度を利用し、振り上げた大太刀で巨大魔獣を一刀両断した。
 手応えアリと感じたフーゼリアは飛び退いた。
 縦一線の太刀筋を刻まれた巨大魔獣の身体へ、次々に亀裂が走り、間もなくして身体が爆散した。
 暴風も同時に発生したため、肉体のつぶてと暴風をやり過ごすのに四人は大樹に隠れてやり過ごせた。
「……すごい」

 始めて見るフーゼリアの大技にトウマは圧倒された。
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