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四章 因縁の者達

Ⅴ 守護神の目覚め

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 ベルメアが眠る祭壇へ来たジェイクは、小さな柱に凭れて座った。
 呆然と祭壇から見える宿の庭先を眺めた。
 何も考えられない。考える気が起きない。そんな心情であった。
「…………なあベル」
 返事はない。到底返ってこないだろうし町で空間術のような異変が起きたのだから、ベルメアに異常が起きて目を覚まさないだろうと思える。
 それでも声をかけたくて仕方なかった。
「これからどうすっかな」
 何もする気が起きない。
 しなければならない事は山ほどあるが、気力がまるで湧かない。
 しばらく間を置いて続けて訊いた。

「このままガーディアンの寿命までここで暮らすのもいいかもな」
「それであんたの気が済むなら良いんじゃない?」
 懐かしい、久しぶりに聞く声が返ってきた。
 幻聴かと思いつつも、咄嗟に祭壇へ目を向けた。
 祭壇には、仰向けに寝ているベルメアは頭を上げてジェイクを見ていた。
 目はしっかり開いている。幻覚ではない。
 ようやく、目を覚ました。

 妙に嬉しくなり鼻で笑う。

「男とやった翌朝の目覚めかよ」
 返事の前に溜息が返された。
「……目覚めた女神に破廉恥発言って、あんたバチ当たるわよ」
 ベルメアは浮遊し、ジェイクの向かいに移動した。
「バチならとうに当たりまくったよ」
「みたいね。その顔と雰囲気でどれだけ傷ついてるか想像つくわ。けど、まさかミゼルがあんたと同郷の間柄だったとわね。ってか、同じ国なら気付かない? 普通」
「ああ。見た事も……」
 淡々と進む会話だが、ベルメアが寝込む前までにミゼルが同郷のガーディアンだとは知らない。さらに加えると、ミゼルとの再会は寝込んだ後だ。
「お前、なんで知ってる?!」
 ベルメアは腰に握り拳を当て、胸を張り、堂々とした姿勢になる。
「ご覧の通り、覚醒したのよ」
「覚醒? なんか変わったのか?」

 まさか、見た目が以前と変わっている事にすら気付かないジェイクの鈍感さにベルメアは呆れた。どうやら、細かい変化に気づかない性格が、受肉しても何一つ変わらないのは健在だとはっきりした。
 ベルメアの服の端がややピンク色に染まり、神も少し伸びオレンジ色に先端付近が染まっている。
「この服、髪、そんでもってこの雰囲気。どう見ても以前と違うでしょうが!」
「分かるか! もっと分かりやすくしろよ!」
 これ以上言い争っても無駄なのは分かる。
 ジェイクの鈍感を改善させようとすることを諦めるのが一番ということも。
「ま、まあいいわ」
 気を取り直して深呼吸する。
「守護神は何度か大々的な覚醒をするのよ。それは転生者のレベルに比例して変化していくんだけど、あんたは受肉したから概念が変わったの」
「そんな話、前にはなかったよな」
「ええ。レベルの概念に縛られてたからね。けどソレがなくなったからあたしは結構物知り状態って言えばいいかしらね、そうなったの。もしこれからジェイクが特別な力に触れたら、またさらに新しい知識を得る可能性はあるだろうし」
 よくは分からないが、情報通になったのだとジェイクは漠然と理解した。
「けど、どうしてミゼルの事知ってんだ?」
「一応、寝てはいるけど意識はあんたの周辺で飛んでた。っていう表現が正しいのかもね」不意に嫌な事を思い出す。「あ、先に言っとこ。あんた、あたしの祭壇で「往生しろよ」とか「あの世で達者にな」とか、まだまだあるけど、なんか勝手に殺してんじゃないわよ」

 詰め寄られ、視線を逸らせてごまかし小声で謝罪した。

「まあいいわ。で、そんな曖昧な状態だったけど今までの経緯は見てたってわけよ」
「町が変な空間術にかかった時とか。そういや、お前の声が聞こえた事があったな」
「咄嗟に叫んだけど届いたのは奇跡ね。あたしにも理由は分からないわ。それに空間術を起こしたのはあの特異な少年よ。アレはかなり危険な存在。見つけたら潰さないと大変な事になる」
 ダリオスの傍に現われ、幻覚を見せ、どこかへ消えたグレンと名付けられた少年。人間のように見えてそうではない存在。
 初見で危険は容易に察知出来た。
「後は禁術と世界全体の魔力の異変が関係してるわね」
「どういうことだ?」
「後で詳しい説明を誰かがするでしょうが、今、世界全体で大きな異変が起きている。この国の禁術って、物語とか伝説に干渉するっていう話だったわよね。それであたしなりの仮説なんだけど、グレンとかいう少年の力とその異変と国の禁術、そして寝続ける守護神あたしが干渉しあって一つの逸話が出来上がった。それがあの緑色の霧じゃないかしら。特定加護が働き、あんたへ声が届くって奇跡、そう考えると辻褄は合うかも」

 縁結びの加護が働いたなら、ああも都合よく同郷のガーディアンが揃う理由に納得はいく。
 いつもより大人しい雰囲気のジェイクを見て、ベルメアは緑色の霧以降の出来事を思い出した。

「ねえ、あんたの目的はバッシュ=ボートマンへの復讐に変わりないわよね」
「ああ。けど正直、どうすりゃいいか分からなくなってきた」
「ふーん……。まあ、ジェイク自身がどうしたいか決めるしかないし、あたしは話するしか出来ないから、”戦いから離れたい”って言ったらそれに従うしかないわね。寿命まで平凡に暮らすってのもアリかも」
「意外だな、口うるさく怒鳴ると思ってたんだがな」
「素敵な女神は気遣いもバッチリなのよ」
 その真偽は定かではない。
「でもね、もしバッシュと戦うって意思があるならさっさと決めないとね。向こうも強くなってくだろうから、何ヶ月も足踏みしてたら、ただ喚くだけの案山子かかし同然。あっさり斬られて終わりよ」
「ああ、分かってる」

 とはいえ、まだ決めかねている。

「ああ、忘れないうちに言っとくけど、受肉した者は一度だけ特別な力が与えられるのよ」
「なんだそれ?」
「単純な表現だと”かなり強くなれる力”。特定加護ならぬ、特別加護・・・・って言えば良いかもね。受肉したてって、結構不利な身体じゃない。だから一回だけの保護措置のようなものよ。現在のジェイク自身の力量を今まで貯めた神力で底上げする技よ。使ったら神力がチャラになる訳じゃないから安心して良いんだけど、たった一度、自分が”解いていい”と判断するまでか”一時間以内”までが使用制限。慎重に使いどころを決めないといけないの」

 ダリオスを追った際、魔獣に対して受肉体で烙印を使い今まで異常の力を発揮した。それに加えて特別加護があれば、バッシュとも対峙出来る可能性を秘めている。
 勝機はある。しかし、それで本当に勝利して喜ぶべきか悩んでしまう。
 自力とは程遠い。反則に反則を重ねている方法。
 騎士道精神に反する、正々堂々ではない。
 苦悩する心情をベルメアは察した。

「まあ、こんなところで長々と話してても仕方ないわね。これからどっか行くの?」
「マッドがノーマを連れてくるらしい。一応、俺が回復したのはベルの傍にいるからだとかで、色々調べてからみたいだ」
「あんた、なんだかんだで結構頼りになる仲間集ってんのね」
「お前の加護だろ。問題も山積みだがな」
「じゃあ、あんたはもう少し部屋で休んでなさいな。あたしはちょいとその辺飛び回ってるから」
「必要あんのか?」
「ずっと寝てたんだから思いっきり飛び回りたいのよ。あんただってずっと寝てたら元気になったときに外で暴れ回りたいでしょ」
「俺は野獣かよ。気を失ってたようなもんじゃねぇんだな」
 やけに食いつかれ、ベルメアは向きを変えて視線を泳がせる。
「まあ、守護神には守護神なりの体質があるってことか」
「そ、そうよ! 覚醒もしたんだし、色々あんのよ!」
 どうやら何かを隠しているのをジェイクは読み取る。しかしそのうちボロが出るだろうから、今は放っておくことにした。
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