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四章 因縁の者達

Ⅲ 俺だって

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 ミゼル=ウォード。
 二十歳の頃にベルディシア王国の東端の街で有名なほど物知りとして知れ渡っていた。ただし、その探究心と行動力、他人には理解出来ない物事の解釈など、変人としても有名であった。
 同時期、当時修験者のバッシュ=ボートマンも、自らの実力を磨くために山ごもりに専念していた。
 同年代のミゼルとバッシュ。出生も居住地もまるで違う二人だが、共に星を読む知識、気功技など、周囲の大人達が舌を巻くほどに優れてる所が多々あった。
 そんな二人が出会ったのはバッシュが修行で山に籠もっている時である。ミゼルが未だ解明されていない生物に備わった特異な力の原因を証明しようと研究していた時でもあった。

 二人が出会ったのは山ごもりで技を磨いていたバッシュを見て、ミゼルが気の流れを読んでいた時であった。
 意気投合、とまでは行かないまでも二人は互いの事を語り、共にミゼルの研究素材を黙々と探した。
 そういった事が何日か続き、一日たりとも楽しく過ごした事のない二人は共に惜しむ事無く別れた。
 あまりにも淡泊、それでも相手に何かを感じた二人。その時はその程度の関係であった。

 一年後、ベルディシア王国の、互いに別々の幹部の目にとまり王国内で働く事となった。
 ミゼルは魔力や術の研究員として、バッシュは修道士兼占星術師としてである。
 二人が再会を果たしたのはさらに三年後。互いに仕事で必要な素材を採取しに赴いた場所が同じであったことがきっかけであった。
 獰猛な猛獣が棲みつく山で、二人は互いの剣術、気功術、体術を駆使して協力し、無事に任務を達成する。この時、最初に出会った頃よりそれぞれの夢について熱く語り合い、やがて未知の力、後に業魔の烙印と呼ばれる力の話へと進展する。

 数年後、バッシュは神官となり、専属研究員を置く事を許可された。そして指定した人物がミゼルであった。
 二人は王の目に止まらない場所で業魔の烙印について密かに研究(主にミゼルが。バッシュは隠蔽工作に専念する)をしていた。
 二人の実力や功績に嫉妬する一部の幹部達は協力し、研究に気付かないまでも不穏な動きがあると噂を吹聴した。
 当時第三騎士団長に任命され、数々の功績を挙げて上り調子であったジェイクに 噂の真相を明かす極秘任務の命令が下った。
 ジェイクがバッシュの罠にはまり業魔の烙印を与えられて処刑された後、暗躍者の張本人である濡れ衣と、強欲の烙印騎士という汚名を背負わされた。
 ジェイクを利用して二人の研究を嗅ぎ回る幹部達も協力者だと、バッシュは王に報告し、嘘の証拠を、さも本当であるような筋書きと動機を作り上げて報告した。
 邪魔者は次々に処刑されて排除した。
 かくして、バッシュが業魔の烙印を用いて暗躍するに充分な環境が整った。



「お前は長旅の終着としてベルディシア王国に腰を据えたのだったな。やがて王の興味を引く何かをした。どういう経緯かは知らんが、王は全幅の信頼をお前に寄せていたぞ。第三騎士団長に置き、国外の情報はお前経由のものを優先していた。それが、汚名を着せられ処刑された事により崩れた。バッシュはお前を利用して邪魔者達を排除し、今度は自らが王の信頼を置く存在に立った。見るに堪えん愚王っぷりだったぞ」
「何だと!」
「簡単に言えばバッシュの言いなりだ。奴は頭も口も回る切れ者ゆえ、嘘の筋書きでさえさも有るように語る見事な話術まで持っている。仕方ないといえば仕方ないのだろうが、いや、そんなことより王は何も考えなくなった。全てバッシュの口車を信じ頼り切っていた。まあ、裏では他の者達に面目がないと思っていたのだろうな。自分が信頼を置き、騎士団長に任命した者が、一国を失う脅威の研究に励んでいた存在だと思い込んでいたのだからな」
 諸悪の根源たる研究に励んでいた人間の口から聞くと、怒りが増す。
「いけしゃあしゃあと。てめぇ等が嵌めたんだろうが!」
「そう力むな。無茶のしすぎで気が安定してないんだ、身体を壊すぞ」
「ふざけん――っぐ!」

 叫ぶと身体から何かが抜けるのを感じ、視界が霞みだす。それでも力んで堪えた。

「忠告は聞いておけ。そもそも私は、研究はしたが暗躍に手を貸した訳ではない。奴は烙印に魅了され、人が変わり、良からぬ方へひた走っていたのだよ。私も馬鹿ではない、対応策は密かに講じてはいたさ。まあ、結果として、全てにおいて奴が一枚も二枚も上手だっただけだ」
「……王は、国はどうなった」
 それは、静かに告げられた。
「滅んだよ」
 ミゼルの目には怒りも恨みも何もない、虚無に近い目であった。
「奴も誤算だったのだろう。烙印は真の意味で制御しきれる力ではなかった。暴走し、ベルディシア王国を含む広範囲に暴走した力が噴出し、全てを破壊した。……のだろうな。私も巻き込まれ死んだのだ。転生してから憶測でそう結論づけた。奴の姿を見て、失敗して巻き込まれたのは明白だろうからベルディシアは滅亡したのだろうな」

 仕えた国の滅亡。
 そこに住む者達も、ジェイクの親しい者達も、全てが死んだ。
 真実を聞かされ、悔しく、憎く、自らの不甲斐なさが嫌で嫌で仕方なくなる。
 解消する訳でもないのに、地面を殴っても殴っても気が済まない。
「くっそ……くそ……ちく、畜生ぉぉ……」
 今まで多くの者に迷惑をかけてきた。少しは払拭出来ると信じて生きたが、最後には暗躍に利用され、何も守り切れずに滅んだ。
 大切な家族さえ、自らの眼前で殺される始末。
 憎しみ、怒り。
 悔しさ、悲しみ。

 頭が痛い。
 次第に涙が零れる。
 頭の中で、さもバッシュが自分の欠点を見下して指摘しているような幻聴がする。
 気持ち悪く、怒りで頭が熱い。

「これに懲りたら烙印は使うな。宿さなければならないというなら、そこまでだ」
 ミゼルの声もあまり入らない。ただ、不快な音でしかなくなった。
「向こうでも此方でも、未だに理解の至らん力なのだからな」
「――黙れ!」
 またも感情任せで怒鳴る様子に、ミゼルはほとほと呆れた。
「まだ言わねば分からんのか。無理に叫ぶと」
「俺だって烙印なんざ使いたくねぇんだよ!」

 ミゼルの言葉、バッシュの前世での言葉が頭の中で混ざる。
 業魔の烙印が齎した災難もまざまざと思い出される。

「この力で俺は処刑された! 妻も子供も殺された! 王も守れない! 国も滅んだ! 全部、全部この烙印が悪い。だから使いたくなんかねぇんだよ! けど仕方ねぇだろ!!」
 涙を流し、悔しさを露わの泣き顔をミゼルへ向けた。
「俺はてめぇみたいに何でもかんでも調べて分かる奴じゃねぇんだよ! トウマやサラみてぇに魔力を使いこなせねぇ! こんな、訳分かんねぇ世界で戦えって言われて、制限掛かった変な身体で、生き残るには烙印使わなきゃならねぇから使ってんだよぉぉ!!」

 今すぐにでもジェイクの元へ駆けつけて支えてあげたい。そう思うも、ゼノアは腹に力を籠めて堪えた。今にも泣いてしまいたい気持ちも同時に。

「正直怖ぇよ、あいつに勝てる気がしねぇ。けど、勝たねぇと全員死んだままだ。生き残って叶う願いってのも、正直何願って良いか分かんねぇ。てめぇだって何考えてるか分からん。もう、どうしていいか分かんねぇんだよ。怒り任せに突っ走るしか俺には残されてねぇんだよ!」
 ミゼルは静かに、大きく一呼吸吐いた。
「不安は私とて同じだ。そして、勝ち残らねばならん想いもだ。この際だ教えてやろう、私が生き残り、最後に願う望みを」
 ミゼルが語る願望を聞くと、ジェイクはさらに混乱した。
 嘘を吐いている様子はない。それがさらに頭を悩ませる。
「……何、言ってんだ?」
 もう、思考を巡らせるのも疲れる。何も考えることが出来なくなる。
 身体も急速に疲労が進んだ。
「可笑しく聞こえるだろうが私は一貫してこの願いを胸に突き進むよ。たとえ、奴が多くの人命を犠牲にする暴挙にでようと、私は勝ち残る事を前提に動く」

 もう、考える事を諦めたジェイクは力なく薄く笑い、「わけ、わかんねぇ」と声を漏らして気を失った。
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