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二章 人間の魔女

Ⅵ 二人の関係

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 連れてこられた所は小さな平原。元々は放牧地帯と説明があり木柵が証明のように残っている。禁術の影響で平原と荒野、黒色と赤茶色の地面が混ざり、少々違和感を覚える光景となっている。
 平原には十二人の子供達と三人の大人がいた。
 子供七人は剣術の稽古。三人は小さな花壇の手入れ。二人は幼児だから適当に歩き回っている。傍にはそれぞれ大人が一人ずついる。

「あれは禁術の被害に遭った孤児達だ。今は大人三人で見ているが、他の大人達も協力してくれている」
 何を言おうとするかを察したシャールは舌打ちする。
「俺の判断であいつらも死ぬ危険があるぞ、ってか」
「まあそうなるが、私はもっと身近に分かって貰う選択肢を提示しよう」
「なんだ」
「協力が嫌ならあの者達を一人残らず殺すことだ」
 平然と告げる非道な発言。バーレミシアは目を見開いて驚く。
「あんた、人でなしか!」
 一方でシャールは冷静である。
「てめぇ、何考えてやがる」
「同じ事だ。協力しなければ彼らは化け物に殺されるだろう。しかし問題はそこではない。お前はその惨事を目にする事無く余所で後悔にふけるだろう。現地の凄惨さも死にゆく者の悲痛な叫びも聞かぬままだ。命の重要性を深く理解せず、己の感情に左右されて重要な決め事に悩む輩は本当の意味で命の……いや、人間の、個々の存在の大切さを理解してもいないし見てもいない」

 苦虫を噛み潰したような苦悶の表情になるもシャールは何も言い返せない。

「私も前世において辛酸をめつづけ、煮え湯を何度も飲まされた思いで嫌な命令を受けた過去があってね。数々の命令の中には弱者を殺めたものもある。お前の苦悩をある程度は理解出来るはずだ。しかしそれと向き合うのは自分のみ、周りの生きてる人間達には関係の無いことだ。今尚増え続ける難民や孤児を、ああやって養い教育しているの彼らを、私は私なりのやり方で協力し、目に余る非は命がけで止めるに徹するよ。たとえ前世で私に命令した者と思考や思想が同じ奴が国を仕切っていたとしてもだ」
 苦悩するシャールは「しばらく一人になる」と言って去った。
 今までのミゼルではない、本音の一部を知ったジェイクは少し見直した。
「お前、のらりくらりの風来坊だと思ってたが、色々あったんだな」
 真剣な顔つきを、溜息を吐いて払拭していつもの調子にミゼルは戻した。
「やれやれ、私はいつも大真面目なのだがねぇ」

 言った矢先、子供達に稽古を付けていた人物がジェイク達に気付いて駆け寄ってくる。それが女性だと分かり、さらにジェイクは見知った顔に名前を思い出す。
 しかしその横で、バーレミシアが密かに嫌な表情をあらわにしていた。

「おお、ジェイク殿! ご無事でしたか!」
 ゼノアが握手を求め、ジェイクは応じた。
「ゼノア?! ミルシェビスにいる筈じゃあ。なんでここに」
「あぁ、その前に失礼」
 視線をバーレミシアのほうへ向ける。
 向けられたバーレミシアは視線を余所へ向けたりゼノアへ向けたりを繰り返す。
「なぜお前がここに? ガニシェット王国へ修行しに行く筈だっただろ」
「あ、いや……色々あったんだよ。……ほら、禁術かかってるし」
「禁術は約一月ひとつき前。お前の修行云々は半年前だ」
 ゼノアの睨みに、臆するバーレミシアは口ごもり目が泳ぐ。
「……さては、逃げたな」
「あ、え~、いいじゃん。あたし、なんだかんだ言っても強いし」
「そういうことじゃない!」
 怒鳴るゼノアへ、ジェイクが訊いた。
「すまん。二人はどういう間柄だ?」
 怒りを無理やり鎮め、態度を改めたゼノアは謝った。
「見苦しい所を、申し訳ない。バーレミシアは私の三つ下の妹でして」

 突然の情報にジェイクは理解が追いつかなくなる。

「おい、初耳だぞ! お前の姉貴、シャールの嫁だけじゃなかったのか!?」
「言ってなかったっけ? あたし、三姉妹の末っ子」
「けどよ、族名は違ったろ」
 ジェイクの世界ではファミリーネームを『族名』と呼ぶ。
 違いをゼノアが語った。
「”マリグレッド”というのはミルシェビス王国の神話の六大戦士を示す称号であり、ミルシェビスでは各師団長にそれぞれの称号をかかげております」
「おいおい、そんな偉大な師団長殿がこんな所にいて良いのか?」
「称号は六大戦士だけではなく、さらに上の称号もございますので。ここにいる経緯は追々」

 本題へ話を戻す。

「我らの姉・ミシェルは六星騎士・シャール殿の妻であり、我ら姉妹とは異母姉妹にあたります。私と姉の歳は十も離れており、礼儀礼節、あらゆる躾は姉からたたき込まれました。今尚、自慢の姉ではあります」
「おい、じゃあ、何がどうなったらバレのような破廉恥娘ができあがんだ?」
 破廉恥と聞き、ゼノアはバーレミシアを睨み付ける。当然、反応として目を背けられる。
「失礼。けして甘やかしたのではないのですが、バーレミシアはどういうわけか男仲間が多く、おそらくそのせいであのような性格に」
 経緯が愉快だったのか、思わずミゼルは笑ってしまった。
「ははは。いや失礼。先ほどまでの空気が一変された。身内事を笑ってしまった無礼は申し訳ない。謝罪と感謝、同時に礼をさせてもらうよ」
 ここぞとばかりにバーレミシアが話を変えた。
「と、ところでよぉ」
 発言に反応してゼノアが目を向ける。
「と、ところで、ですが。ジェイク殿様とミゼル殿様は、これからどうするおつもりで?」

 不自然な敬語は当然ながら目立つ。
 一応、敬称をやめるようにジェイクは告げた。

「アードラの情報で、【グメスの魔女】って奴に会わなきゃならんようになった」
 グメスの魔女の情報を知るゼノアは驚く。
「危険です! あらゆる術師を死に至らしめた魔女ですよ」
「そりゃ、十英雄が討伐した魔女みたいなもんってことか? いや、禁術が発生してできた魔女か、この場合」
「”魔女”と称しますが、我々やシャール殿が討伐した魔女はいわゆる呼称でして。グメスの魔女は正真正銘人間で、かなり凄腕の術師です。禁術が発動する前から危険視されていた西の山に住む術師の女性。呪術を好んでしようしているようでして、禁術によりその術効果も強まったと耳にしてます」

 ただ一人、不安に思うこと無く興味を示したのはミゼルであった。
 アードラから、一番新しい物語の存在であることを照らし合わせて考えてしまう。

「それはなんとも興味深い。国民が禁術の効果に四苦八苦する中、自らの術効果を向上させるとは。一度会って話をしてみたいではないか」
 暢気な様子に、ゼノアは焦り声が大きくなる。
「正気ですか!? 興味本位であの魔女の地へ向かうなど、一国を相手に剣一本で挑むようなもの。過去にミゼル殿と同じように興味本位で向かい戻らなかった者は何人をいます」
「ふむ。ではさぞや危険なのだろうな。……捕まればどうなるので?」
 意表をつかれた質問に、ゼノアはたじろぐ。
「詳しくは……。ですが、捕まれば研究素材となります」
 ミゼルの口元に笑みが浮かぶ。
「ほう。それを聞いて尚更興味が湧いてしまった」
「おい、何処をどう聞き間違えたらそういう結論に至るよ」
 ジェイクは半ば呆れている。

「私と同じような変人がいたというのは想像が着くところ。面白いのは、アードラ殿からの情報になるが、かなり危険で凶悪と噂される魔女が、縄張りへ侵入した者を殺めるだけで、その他の人間達へ報復せず屋敷に籠っているだけ。なのに今尚危険視される存在ではある。矛盾を孕む真相だけでも知りたいと思わないか?」
「お前、魔女に会う趣旨は分かってんのか?」
「ああ。お前の状態をどうにかする手を聞くのだろ? 案ずるな、私の興味を優先して重要な事を忘れるヘマはしないさ」
 二人の様子を見てゼノアは焦る。
「まさかジェイク殿も魔女のところへ?!」
「おう。俺も」
「いや、魔女殿の所へは私一人・・・で向かわせて頂こう」

 急遽行動が変更されたことにジェイクは驚き言い返す。

「おい何考えてやがる! お前一人は危険すぎるだろ!」
「とはいえ、兵士一人分の戦力としても怪しいお前のお守りをする方が危険すぎるだろ」
 ジェイクはぐうの音も出ない。
「この禁術が張られた現状、グメスの魔女を放置して解決出来んとも思うぞ。もし仮に禁術の媒体が彼女なら、結局は危険と向かい合う必要がある。先遣隊と思ってくれ」
「しかしミゼル殿一人というのは」
「だから良いのだよ。ガーディアン二人で行くより一人のほうが失う恐れが半減される。それに、真っ当な人間よりもこういったのは変人に任せた方が上手くいくやもしれんしな」
「ですが、途中まででも付き添いは必要であります」
「そんなに心配なら御言葉には甘えさせてもらうが、魔女殿の領域には私一人で。それは守って頂きたい」

 この先、何を言っても聞かないと察し、ゼノアは説得を諦めた。
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