上 下
8 / 100
一章 壊れた国

Ⅵ グルザイア王国とは

しおりを挟む
 ガイネスとの話し合いを終えたミゼルは、グルザイア王国内において高級に値する宿へ案内された。

「私としては明朝に発つから、これほど豪華な宿でなくとも良かったのだがね」
 付き添いは女官の一人である。どの女官もそうだが、性格が影響して目つきや人相の違いはあるものの、顔立ちの整った者が多い。この女官も切れ長の目で利口な印象を覚える。
「いえ、王のご友人でありガーディアン様、不備があってはいけませんので。それに、この地は優層地区の城下町。もてなしも満足のいくものであります」
「この国の知識は皆無でね。これだけ広大に街が広がり、よく見ると貧富の差が窺えるのは、その”優層”という言葉に関係するのかね?」

 景色から窺える建物の印象から読み取った。

「はい。グルザイア王国は城を囲むように四層に地域分けをされております。城に一番近い地域を優層、次に上層、下層、隷層となります。ミゼル様が宿に泊まるのでしたら上層までは辛うじて安心かと。しかし下層は安全面において不備が生じますし、隷層ではほぼ野宿と変わりありません。盗人も存在しますので危険かと」
「なるほど。私なりの考えでは下層と隷層は下働きや奴隷扱いとした力仕事を。賃金なども少なく、成り上がるには相当の苦労が生じると」
「その解釈も間違いではございません。特に隷層では、極刑とならずとも刑罰として働き続けるという者はございます。ただ、それも区分けされており、隷層だからといって邪険にも粗末にも扱いません」口元に手を当てて表現を考えた。「……下層は労働中堅階級、隷層は刑罰の地区もあるだけで、武人、農家、漁師、猟師なども居住しているとお考え頂ければよろしいかと。この表現では偏りすぎではありますが、つまりは隷層も犯罪者ばかりではないということです」
「農林水産関係の割合が多いと捉えれば宜しいかな? 加えて、魔獣や野盗なども相手にしなければならないから武器を扱うと」

 女官は笑みを浮かべて頭を下げた。

「御理解いただけて光栄にございます。彼らも国に必要な民達です。王は隷層の意見にも耳を傾けております」
「ほう。こういった貧富の差が如実に見て取れる国では、王を筆頭に貧民地区への目の向け方は非情なものだと前世では捉えているが。なぜそこまで気配りを? おっと、国家機密というなら無理に語らなくても結構だが」
 女官は間を置くことなく語った。
「いえ、どの国でもミゼル様が仰る通りの貧困層への虐待は存在します。王がこのような国をお作りになられたのは、王族の風習が起因となります」

 グルザイア王国先代王には妻が八人おり、それぞれに王子が存在した。内二名は身体が弱く、十歳になる前に死去。
 六人の内、末の王子が十五歳を迎えた年、国王が認めた子を王とする約定を決めた。認めるに値する成果は、国を栄えるに必要なモノを条件に。人材、力、富、知識など、何でも良いが、王子自身が満たされるのではなく王権交代後に役立てなければならないとあった。
 間違った約定の解釈をした三人の王子は、王位継承権のある王子を殺し、一人残った者がなれると悪知恵が働く。事実、国王の死後、血を分けた者が王を引き継ぐと条約が無理やり変わった。

 当時十八歳のガイネスは、元砂漠地帯であった現隷層近くにて母と身を置き王位継承権を握る方法を模索しつつ、勉学、術、剣術の修行に励んでいた。
 どう足掻いても三十二歳、三十歳、二十八歳の兄王達に敵う方法はないと、色んな幹部達は口々に漏らしていた。
 ガイネスが目を付けたのは冤罪により投獄された者や処罰される者、貧困層の民、そして十五歳の王子であった。
 役立つ土地は砂漠地帯。民と悪辣な環境、これらをどのように活かすかを考えた。
 魔女討伐は時間がかかりすぎてしまい、さらには成果が個人の実力となってしまう。また、既に王位継承権を握ろうと水面下で動く兄王達が大々的に動くまで三年もつかどうかと思われる。
 ガイネスは貧困層の民と結託し、王位継承権を握るまでの計画を画策し、実行に移した。この計画において最重要事項は、砂漠の緑化、貧困層の民の術技向上、兄王達に見つからずに準備を整える。これらを同時に執り行わなければならなかった。

「ほう。ではガイネス王はそれを見事に達成したと」
「はい。異母兄弟であらせられます“マゼト”様の交渉術、さらには空間操作を主とする術などが要だとは思いますが、ガイネス王の統率力も群を抜いて際立っていたと聞き及んでおります」
「では、上の王子達は度肝を抜かれたことでしょうな」
「ええ。王が計画を決行した際、生き残っていた兄王様がたはすでに二人。当時の国王を暗殺する計画を実行していた次第でもあります」
「血なまぐさい事態ですな。今のガイネス王を見るからに、『苦悶の表情を露わに、苦労して王達に戦いで勝った』などという悲劇の一つや二つでも垣間見えそうな事態は想像出来ないのだが……。もしや、そのような?」
 女官も言いにくそうではあった。
「いえ……お察しの通りかと。……王は歓喜して兄王達に戦いを挑んだとか。今までの計画で貯まった鬱憤を晴らしたのだと」
 後は想像がつく。
 好戦的なガイネスが見事勝利を収め、兄王達の実力に落胆していたのだと。
 グルザイア王国の歴史、ガイネス王即位の経緯、街の取り決めを聞き終えると、女官は出国の準備に関する情報を語った。

「ところで貴女はガイネス王が恐くはないのかね? 処刑を見る限り、なかなかに非道な一面を持ち合わせている」
「一番は収入面です。私の地元は隷層ですので。親戚筋は下層ですが、あまり良い生活を送れておりません。女官になれる機会に恵まれ、必死にこの仕事を熟し、いつしかやりがいを覚え今に至ります。王もいざという時のため、配下達へ書物を読み知識を得る配慮を下さっております。ですから感謝はあれど処罰された女官のような下卑た考えは持ち合わせておりません」
 表情と目つきは、嘘偽りはなく、ミゼルは素直に信じた。


 翌朝、バルブライン王国の国境まで向かう馬車の準備をしていると聞き、支度を調えたミゼルは馬車を手配している所まで向かった。
 そこにはロゼットが待っていた。
「優秀な幹部殿に見送られるとは、光栄の極みですなぁ」
 しかしロゼットが足を運んだ理由はそうでない。
「昨日、貴方と王との食事の最中、ゾアが第二の筋書きを決行したのはご存知ですか?」
「ああ。異質な雰囲気を感じたよ。アレがそうだと直感した次第だが」
 暢気に話すミゼルを見て、ロゼットは表情に出さずとも静かに湧き上がる感情が軽く握り拳に力を入れさせた。
「貴方は王と似た性格のようですからこれは忠告とさせて頂きます。今後、災禍を増長させるゾアへの助言は無いようにして頂きたい。また、ガイネス王を戦地へ足を運ばせるような言動も含めてです」
 ミゼルはそれだけでロゼットの苦労を悟った。
「召喚された手前、ついつい喋りすぎてしまったようだ、申し訳ない。しかしこちらも察して頂きたい。何も言わなければ、いいように身を危険に晒す事態であったのだ」
「ええ。ガーディアンであらせられる故、仕方ない言動だとお察しします。ですから、『今後は』と」
 少し、空気が張るのをミゼルは感じた。
「委細承知した。しかし、ガイネス王は自ら好んで危険地帯へ足を運びそうなものだが……その点についてはどのようにお考えで?」
「これ以上、我が国における情報が如何なものであれ、話す気はございません」

 どうやらこれ以上の会話は時間の無駄である。

「では、ここまで色々気遣ってくれた事、感謝するよロゼット殿」

 馬車に乗るミゼルへ、ロゼットは頭を下げるだけで済ませて見送った。
 馬車が動いて間もなく、ロゼットは城へと戻る。
 すぐにでもその場から離れたい心情が行動に出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

金髪美少女によって異世界へと連れ去られた僕の話

たかまちゆう
ファンタジー
 大学生の白井光は、自身の虚弱体質が原因で将来に不安を感じていた。  ある日、彼は突然現れた少女によって異世界へと連れ去られてしまう。  その世界では、異世界から移民を受け入れる計画が立てられており、光はその一人目に選ばれたのだ。  異世界の少女は、光には素晴らしい魔法の才能があると告げる。  その言葉は本当だった。彼女の協力のおかげで、光は自身の才能を開花させ、異世界の住人ですら使えない魔法を使うことに成功したのだ。  しかし、移民である光は、彼に対する差別や、異世界人の自分とは異なる価値観に苦しめられることになる。  そして、彼の存在によって、異世界は危機に陥るのだった……。

異世界ライフは山あり谷あり

常盤今
ファンタジー
会社員の川端努は交通事故で死亡後に超常的存在から異世界に行くことを提案される。これは『魔法の才能』というチートぽくないスキルを手に入れたツトムが15歳に若返り異世界で年上ハーレムを目指し、冒険者として魔物と戦ったり対人バトルしたりするお話です。 ※ヒロインは10話から登場します。 ※火曜日と土曜日の8時30分頃更新 ※小説家になろう(運営非公開措置)・カクヨムにも掲載しています。 【無断転載禁止】

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました

ひより のどか
ファンタジー
ただいま女神様に『行ってらっしゃ~い』と、突き落とされ空を落下中の幼女(2歳)です。お腹には可愛いピンクと水色の双子の赤ちゃんドラゴン抱えてます。どうしようと思っていたら妖精さんたちに助けてあげるから契約しようと誘われました。転生初日に一気に妖精さんと赤ちゃんドラゴンと家族になりました。これからまだまだ仲間を増やしてスローライフするぞー!もふもふとも仲良くなるぞー! 初めて小説書いてます。完全な見切り発進です。基本ほのぼのを目指してます。生暖かい目で見て貰えらると嬉しいです。 ※主人公、赤ちゃん言葉強めです。通訳役が少ない初めの数話ですが、少しルビを振りました。 ※なろう様と、ツギクル様でも投稿始めました。よろしくお願い致します。 ※カクヨム様と、ノベルアップ様とでも、投稿始めました。よろしくお願いしますm(_ _)m

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

私は逃げます

恵葉
ファンタジー
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。 そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。 貴族のあれやこれやなんて、構っていられません! 今度こそ好きなように生きます!

黒の少女と弟子の俺

まるまじろ
ファンタジー
かつて各地で起こったカラーモンスターの大量発生で滅びかけた世界、エオス。 様々な生命がカラーモンスターによって蹂躙され、人類も滅ぶ寸前まで追い詰められた。 しかし、各地で生き残った人類は必死で戦う力を身に付けてカラーモンスターに対抗し、少しずつ奪われた生活圏を取り戻していった。 こうして文明の再興に差はあれど、エオスの人類は徐々にその数を増やしていった。 しかし人類を含めた多くの生命最大の敵であるカラーモンスターは滅びたわけではなく、未だ世界中でその脅威を聞かない日は無い。 これはそんな危険に満ちた世界を渡り歩く、少年少女の物語。 ※カクヨム限定で第二部を公開しています。是非ご覧下さいませ。

勇者じゃないと追放された最強職【なんでも屋】は、スキル【DIY】で異世界を無双します

華音 楓
ファンタジー
旧題:re:birth 〜勇者じゃないと追放された最強職【何でも屋】は、異世界でチートスキル【DIY】で無双します~ 「役立たずの貴様は、この城から出ていけ!」  国王から殺気を含んだ声で告げられた海人は頷く他なかった。  ある日、異世界に魔王討伐の為に主人公「石立海人」(いしだてかいと)は、勇者として召喚された。  その際に、判明したスキルは、誰にも理解されない【DIY】と【なんでも屋】という隠れ最強職であった。  だが、勇者職を有していなかった主人公は、誰にも理解されることなく勇者ではないという理由で王族を含む全ての城関係者から露骨な侮蔑を受ける事になる。  城に滞在したままでは、命の危険性があった海人は、城から半ば追放される形で王城から追放されることになる。 僅かな金銭で追放された海人は、生活費用を稼ぐ為に冒険者として登録し、生きていくことを余儀なくされた。  この物語は、多くの仲間と出会い、ダンジョンを攻略し、成りあがっていくストーリーである。

処理中です...