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第二章 始動

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 太陽が西へと傾き、粉のような雪がちらほらと降ってくる。試合は滞りなく行われ、参加者もあと数人ほどとなった。

 平民出身だからこそだろうか。貴族よりも体つきが、がっしりとしており、剣技は美しいというよりは荒々しさを感じる者が多かったように思う。エカチェリーナは、武を嗜んだ事などない為、一人一人の強さを正確に測ることなど出来ない。だが、極端に弱い男はいなかったように思えた。強さのバランスは、良さそうだ。あとは、しっかり面接で人となりを見抜けば……。

 思案しているうちに、次の試合が始まろうとしていた。名前を呼ばれた大男が、返事をしながら前へ出てくる。

 「デカイね。まるでオークだ」

 イヴァンが、上唇をめくり上げて笑った。皮肉めいた笑みだ。彼の言うように、その大男は縦にも横にも大きく、体は筋肉と肉の鎧に包まれている。顔は豚のようで、物語に出てくる豚の魔物……オークにそっくりだった。

 「……何だかとても、強そうですわね。相手の方は大丈夫でしょうか」

 大男の手には、厚みのある大きな手に見合った太い棍棒が握られている。護衛騎士が棍棒って……エカチェリーナは、真顔になった。棍棒を振り回しながら自分を守る騎士は、何だかちょっと……いや、かなり嫌だ。出来れば彼に勝って欲しくないなと、失礼な事を考えながら相手の男を見る。

 大男の相手は、縦にのみ長い大男であった。……つまり、物凄く背が高い。黒ずくめのマントに身を包んだ男は、顔を覆い隠すフードをパサリと下ろした。190はありそうな身長に、黒と茶の斑模様の髪は、毛先が白い。長い前髪をふわりと浮かせてこちらを見上げる満月のような双眼に、エカチェリーナは思わずあっと声を上げそうになった。

 間違いなく、彼は街で会ったヘンテコな男だ。九官鳥と喋り、エカチェリーナを運命だと宣い、付き纏ってきたあの男!

 彼は、驚いた顔をしたエカチェリーナを見つめて、薄い唇をふわりと緩めた。まるで、蕾が花開く様な美しい笑みだった。

 「……っ」

 途端にペースが崩されたエカチェリーナに、イヴァンが目敏く気付く。

 「どうかしたチェリー?彼は……知り合いかな……?」

 「いえ、存じ上げません」

 イヴァンの冷たい眼差しが突き刺さり、エカチェリーナは咄嗟に嘘をついた。

 「そう……。やけにチェリーを見てくるね」

 「護衛対象になるかもしれない存在だからでは?」

 「そうかな。そういう目では、なさそうだけどな……」

 イヴァンは、何とも言えない焦燥感に駆られた。何故かはわからない。ざわりと粟立つ肌に、全身の毛が逆立ったような不快感。

 ーー気に入らないな。

 何が……と問われると、答えられないが。本能的に、嫌だ。アイツはいつか、自分の宝物を奪うという根拠の無い予感。漠然とした不安に、苛立ちを隠さず男を睨み付けた。するとどうだろう。男は、イヴァンを見上げて、特徴的な両眼を細めたのだ。

 ーー不敬な。私に喧嘩を売っているのか。

 そう思ってしまうほど、反抗的な眼差しだった。

 「……チェリー。あの男は、嫌だな。私は嫌いだ」

 唇を噛み締めながら言うイヴァンに、エカチェリーナは首を傾げた。

 「まぁ。殿下はあの、オークのような方のほうがお好みですか?わたくしは、嫌ですが」

 「まさか!私だって嫌だよ!チェリー……ふざけないで。本当に嫌なんだ。あの満月のような瞳の男だけは、やめてくれ」

 「……イヴァン様」

 エカチェリーナは、イヴァンに微笑みを浮かべて、何も答えなかった。だが、それだけで、イヴァンは安心したようだ。エカチェリーナの肩に腕を回して、彼女の体を引き寄せる。

 引き寄せられたことで、頬がぺたりとイヴァンの胸元にくっつく。ふわふわの白いファーに包まれた足元を見下ろして、エカチェリーナは息を吐いた。風が吹く度に、ふんわりとした毛が綿毛のように揺れている。

 以前のエカチェリーナであったなら、素直にイヴァンの言う事を聞いていただろう。

 だが、今のエカチェリーナは、違う。そんなつもりは毛頭ない。エカチェリーナは、自分を守ってくれる味方が欲しいのだ。それなのに、何故イヴァンの好みで決めなくてはならない?イヴァンだって、自分の身を守る剣や盾は自分で見繕うだろう。つまり、そういう事だ。

 ーーわたくしの騎士だもの。わたくしが決めるわ。

 あの満月のような瞳を持つ男が、強者なら、エカチェリーナは彼を雇う。軽薄な男だとは思ったが、悪い人間ではなさそうだった。……そう、悪い人間ではなさそう。エカチェリーナは不思議と、惹き付けられるように彼を見つめた。まるで、縫い付けられてしまった糸のように、彼から目を逸らすことが出来なかった。
 
 
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