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第一章 心の崩壊
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しおりを挟むーーああ。なんて可愛いんだろう。
イヴァンは、ムクリと顔を起こす情欲を、冷静な顔で抑え込んだ。
エカチェリーナは、その美しい姿で、見る者を魅了する。自分という男をこうも狂わせ、惑わさせる。
母親が自分に対して、重い愛情を抱いている事は、わかっていた。幼い頃からそれが当たり前で、気にした事などない。幼なじみのように育ったエヴァも、何も言わなかったし、彼女はいつもヴァルヴァラの存在を立てていた為、ヴァルヴァラの前ではイヴァンから一歩離れていた。
エカチェリーナは、エヴァとは違う。
ヴァルヴァラの、息子に対する過度な触れ合いに、いちいち反応するのだ。ヴァルヴァラはイヴァンの母親であり、それ以上に見た事などないのに、可愛らしく嫉妬するのだから堪らない。
母親とするキスだって、抱擁だって、イヴァンにとっては挨拶のようなもの。そもそもイヴァン自らが、母親に求めた事などない。向こうが勝手にしてくるのを、放置しているだけ。お風呂の件も、そうだ。それなのに、やたらと気にするエカチェリーナが、可愛くて仕方がないのだ。
息子を盗られたと感じたヴァルヴァラが、彼女に辛く当たっているのは、何となく感じてはいた。だが、あえてイヴァンは助けない。
縋るような彼女のアメジストの瞳や、頬を打った時の絶望した表情があまりに愛らしくて。どこか儚げで色っぽくて。笑った顔も大好きなのに……彼女の悲しむ顔をもっと見たくて、つい突き放してしまう。
ーー私が、引き出しているのだ。彼女の愛らしい表情は全部、私によって引き出されたもの。
エカチェリーナが、悲しそうな顔をするのも、嫉妬に眉を顰めるのも、傷付いた顔をするのも、全てイヴァンが原因でなくてはならない。彼女の全ては、イヴァンのものだ。ヴァルヴァラの態度の原因もイヴァンにある為、ヴァルヴァラによって傷付いたエカチェリーナは、イヴァンが傷付けたようなもの。全ての原因は、イヴァンにあり、それがエカチェリーナを苦しめている。そのことが、イヴァンの胸の奥で、薄暗い喜びとして揺らめいていた。
「私のチェリー。安心して。私は母上よりも、君を大切に想っているさ。君だけを愛しているよ」
まろい頬を親指でなぞる。滑らかな彼女の肌は、雪のように白く、溶けてしまいそうなほど柔らかい。ぽってりとした唇は、真っ赤な薔薇色に染まっており、熟れた果実のように瑞々しく潤って見えた。イヴァンの中で、獣のような欲が再び湧き上がる。それに抗うことなく、魅惑的な唇にかぶりついた。
柔らかな感触と、彼女の温度。匂い。どれもこれもが、イヴァンの胸を熱くさせる。愛しているという想いが、ドロドロと溢れ出し、やがて独占欲という歪な塊となって蓄積していくのを、イヴァンは自覚していた。
ーー誰にも、渡さない。私だけの可愛い人……。
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