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第一章 心の崩壊
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しおりを挟む「きゃぁあっ」
堪らず、エカチェリーナの唇から悲鳴が零れる。
「チェリー?」
イヴァンは動きを止め、エカチェリーナの体を抱き起こした。
「どうしたんだい、チェリー?もしかして……痛かった?」
「ぁ……あそこに……皇妃様が……」
恐怖から目をギュッと閉じ、エカチェリーナはプルプルと震える指先を、扉の方へと向けた。イヴァンは、不思議そうに扉を見つめて、首を傾げる。
「確かに扉が半開きだけど……きっと、私が閉め忘れてしまったんだ。母上の姿もないし……そもそも、いるはずがないよ」
「でも……」
エカチェリーナは、恐る恐る扉の方へと目を向ける。そこには、真っ暗な暗闇が広がっているだけで、ぼんやりとした白い影はどこにもなかった。
「でも、確かに皇妃様が……」
「チェリー。君の見間違いだ」
恐怖で震えるエカチェリーナに、イヴァンは冷静な声で言った。だが、エカチェリーナの心臓は落ち着くことなく、バクバクと鼓動している。気が動転した様子で、エカチェリーナは普段なら口にしないような事を、イヴァンに縋り付きながら言ってしまった。
「いいえ、見間違いではありません……っ。わたくし、確かに見ました……。恐ろしい顔で、わたくしを睨んで……!殿下は、お解りにならないかもしれませんが、わたくしは、皇妃様に嫌われているんです……!」
イヴァンは、軽く目を見開いた。その美しいエメラルドを一心に見つめて、エカチェリーナは訴える。一瞬の沈黙の後、パシンと乾いた音が響いた。
「……ぁ……」
エカチェリーナは、反射的に頬に手を添える。ジワジワとした痛みが押し寄せ、自分はイヴァンに叩かれたのだと気付いた。
いつもエカチェリーナを優しく見つめてくれたイヴァンの瞳が、険悪な色を宿している。眉を吊り上げ、鼻の頭にシワを寄せ、イヴァンは心底呆れたとでもいうように、ため息を吐いた。
「残念だ。まさか君が、母上の事をそんな風に思っていたなんてね」
「え……」
「母上は、いつも私にチェリーの話をするんだよ。チェリーの事を実の娘のように思っているんだ。それなのに、君は母上に嫌われていると言うんだね……君を大切に思っている母上が不憫でならないよ」
怒っていたイヴァンの顔が、悲しそうに歪んだ。まるで、迷子になった子供のような顔だ。
エカチェリーナの胸がズキンと痛んだ。同時に、こめかみ辺りもズキズキと痛み出す。ヴァルヴァラが、エカチェリーナを大切に思っている……?嘘だ!と叫びたいのに、唇は情けなく笑みを形取り、イヴァンのご機嫌を伺おうと、か細い声が溢れ出た。
「で、殿下……」
エカチェリーナは、ガチガチと歯を鳴らし、自分でも何を言おうとしているのかわからなくなりながら、でも何かを口にした。
「申し訳、ございません……わたくしが、間違っておりました……」
ぶるぶると手が、指先が震える。心の奥底で、それは事実ではないとイヴァンに叫びながらも、その叫びに蓋をした。エカチェリーナの眉や瞳が、ふにゃりと垂れ下がる。
「わたくしの、勘違いでございました……皇妃様は、いつも……お優しいのに……」
小さく体を震わせるエカチェリーナに、イヴァンは微笑んだ。
「わかってくれれば、いいんだよ。間違いは、誰にでもある」
イヴァンの大きな手が、エカチェリーナの体を押し倒す。
「そんな不安そうな顔をしないで。今ので君を嫌いになったりなんて、しないさ」
イヴァンの手が無遠慮に、エカチェリーナの二つの膨らみを揉みしだき、やがて下腹辺りをなぞるように撫で出した。
「さっきの続きを、しよう」
エカチェリーナの体は、人形のように寝台の上で揺さぶられる。エカチェリーナは、無意識に、イヴァンを喜ばせるいつも通りの反応を口にしていた。
「ぁ……イヴァン様……っ」
「チェリー……っ!」
どうやら、イヴァンは果てたらしい。エカチェリーナの体の上に覆いかぶさりながら、荒い呼吸を繰り返している。その吐息を間近に感じながら、エカチェリーナは宙を見つめた。
ピシ……ピシリ、と何かにヒビが入るような音。その音は、確かに自分の体から響いていた。
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