織田信長の妹姫お市は、異世界でも姫になる

猫パンダ

文字の大きさ
26 / 70
第一章 異界からの姫君

幕間

しおりを挟む

 鳥の囀りが聞こえる……。市は、ぼんやりとした頭で起き上がった。軋むベッドに、ずきりとこめかみが痛む。

 ーーあまり眠れなかった……。

 晧月に言われた愛の告白が、ぐるぐると頭の中を回り、市を悩ませた。彼女は、確かに元の世界へ帰りたいと思っていた。それなのにどうして、彼のことを考えると、躊躇してしまうのだろう。

 朝食を終え、ラビアに着物を着付けてもらうと、市は部屋でお茶を飲みながら、寛いだ。ラビアの入れたお茶は、何だかとてもホッとする味だ。悩みの種も、芽を出すことなく市の胸の奥で溶けていくようだ。

 「のぅ、らびよ」

 「はい、何でございましょう?」

 「そなた……恋を、したことがあるか?」

 ラビアが動揺したかのように、足元を滑らせた。慌てて佇まいを正す彼女は、怪訝な眼差しを市へと向ける。

 「恋……でございますか?」

 いきなり何故?と、問うような彼女の視線に、市は唇を吊り上げた。

 「そなたの国の若君が、私に恋を知らぬと言ったのだ」

 「王子が……」

 「かの若君に言わせれば、私は恋を知らぬ幼子同然らしい……無礼にも、じゃじゃ馬姫と呼ぶくらいじゃ」

 つんとした市の態度に、ラビアはエイサフの顔を思い浮かべて、溜め息を押し殺した。一体我が主君である王子は、この姫君に何を言ったのか。どうしてこうも、嫌われてしまったのだと嘆かずにはいられない。

 「そうですね……恋をすると、胸がドキドキして……いつもその人の事ばかり、考えてしまうかもしれません」

 ラビアとて、恋愛経験が豊富という訳では無い。だが、質問に答えない訳にもいかず、侍女仲間に聞いた話を市に聞かせた。

 「勝手に頬が熱くなったり、恥ずかしいような切ないような複雑な気持ちになったり……恋というものは、忙しいものです」

 「らび……そなた、経験があるのか?」

 「まさか!これは、聞いた話でございますよ……!」

 慌てて否定するラビアを、市はジト目で見つめた。

 「正直に申してみよ」

 「ほ、本当です!侍女として真っ当に生きてきたこのラビア……男に現を抜かす時など、ありませんでした!」

 どうやら、本当らしい。市は、少し残念に思った。ラビアが恋愛経験豊富であれば、色々なことを聞けただろうに。

 ーー頬が熱くなったり、その人の事ばかり考えてしまう……か。

 思い当たる節がある。市は、ほんのりと頬を薔薇色に染めた。昨日からずっと彼の姿が消えないのだ。明るくて、優しくて……そして、少しだけ兄に似た、マイペースな彼の姿が。



 ーーまた、来た。

 久実は、頭を抱えた。目の前で、呑気に笑うザァブリオは、久実の様子に気付いていないようだ。花束を久実に押し付けると、図々しくも部屋に入って来てお茶を飲みだすものだから、かなわない。

 「あなたね……どうして、毎日のように私の部屋に来るのよ……」

 「ん?何故って……美しいレディの元へ通いつめるのは、当然のことだぞ」

 「馬鹿言わないでよね。見た目は若くても、私は元50歳の女なのよ?」

 「……?難しい話はわからんぞ!」

 ザァブリオは、思った以上に話が通じない男のようだ。久実は、隠すことなく溜め息を吐いた。すると、彼は慌てたように、大きな手で久実の口を塞いでくる。

 「クーミン!溜め息なんて吐いちゃダメだ!不幸になるぞ!」

 「もが……!わ、わかったから……!手を離しなさいよ、苦しいのよ!」

 バシン!と手を跳ね除けると、ザァブリオはキョトンと真っ赤に腫れた己の手を見つめた。

 「ハッハッハ!クーミンは俺と同じで、力が強いんだな!なかなか痛かったぞ!」

 「あっそ!」

 仮にも女である久実に、力が強いだなんて何て失礼な人だろう。久実は、フンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 ザァブリオときたら、毎日この調子で久実を訪れては、部屋に居座るのだ。一体何のつもりなのだろうか。変な男に気に入られてしまったものだと、彼女は心の中で嘆くのだった。



 豪華な部屋で、一人の女が癇癪を起こしたように喚いていた。ブロリンド産の、ゴテゴテとした派手なドレスに身を包み、振り上げた腕には煌びやかな宝石のブレスレットが輝いている。彼女は、手に持っていたティーカップを、勢い良く床に叩き付けた。

 「どうして王子様達は、私の所に来てくれないのよ!?」

 振り乱した前髪から、濃いメイクを施した顔が覗く。彼女……里奈は、侍女であるメアリーに怒鳴り散らした。

 「私はこんなに可愛いのに!!」

 キティーリオだって、里奈を褒めてくれた。エイサフは、優しく話を聞いてくれた。そして……ザブ、否、晧月は里奈の愛らしさに照れて、偽名まで名乗ったのだ。本物のザァブリオだって、可愛いと言ってくれた。それなのに、何故、王子達は自分の元へ通ってくれないのだろう。これでは、思い描いていたことと違うではないか。

 「美味しいお菓子やご飯は、もう飽きたわ!豪華なドレスを着るのだって、毎日エステ三昧なのだって、もう飽き飽きよ!私が望んでいるのは……!」

 ーー素敵な王子様達なのに!!

 里奈の叫びは、甲高く部屋で木霊した。



 薄暗い室内で、エイサフはじっと佇んでいた。その顔は、人形のように無表情で、冷たさを感じさせる。

 彼は、窓から庭の様子を見つめていた。その瞳は、どこまでも深い海の底のように濁っている。

 「……姫…………」

 恋焦がれた姫は、庭で憎い男と親しげに話していた。何故か、市の表情に不安を覚える。

 ーー姫の頬が赤い。見ている私も感じとれそうなほど、左胸を弾ませて……。潤んだ瞳で、奴を見つめて……!!

 どこかで、認めたくなかった。しかし、頭の片隅では、分かっていた。きっと市は、晧月を憎からず思っている……。現に、彼女は自分には決して向けてはくれないであろう顔を、晧月に向けている。エイサフの唇の端から、薄らと血が滲んだ。ドス黒い感情が抑えられない。ずきりと傷付いた心臓から、マグマのようにドロドロと溢れ出る。胸が、熱い。目の前が熱い。赤い。赤い。赤い!!

 「……憎たらしく、邪魔な男よ」

 治りかけた右手の傷跡が、疼いた。彼は、笑った。静かに、薄らと……人形のような顔に、残酷なほど美麗な笑みを浮かべて……。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

公爵夫人の気ままな家出冒険記〜「自由」を真に受けた妻を、夫は今日も追いかける〜

平山和人
恋愛
王国宰相の地位を持つ公爵ルカと結婚して五年。元子爵令嬢のフィリアは、多忙な夫の言葉「君は自由に生きていい」を真に受け、家事に専々と引きこもる生活を卒業し、突如として身一つで冒険者になることを決意する。 レベル1の治癒士として街のギルドに登録し、初めての冒険に胸を躍らせるフィリアだったが、その背後では、妻の「自由」が離婚と誤解したルカが激怒。「私から逃げられると思うな!」と誤解と執着にまみれた激情を露わにし、国政を放り出し、精鋭を率いて妻を連れ戻すための追跡を開始する。 冒険者として順調に(時に波乱万丈に)依頼をこなすフィリアと、彼女が起こした騒動の後始末をしつつ、鬼のような形相で迫るルカ。これは、「自由」を巡る夫婦のすれ違いを描いた、異世界溺愛追跡ファンタジーである。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

処理中です...