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第一章 異界からの姫君

第十九話

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 ガラシア王国以外の全ての王子達と、顔合わせを終えた市は、いつもよりものんびりとした朝を迎えた。

 美味しい朝食を食べて、いつものようにラビアが着替えを持ってくる。それを見て、市は思わず声を上げた。桜色に白い花弁が散った布は、懐かしい着物だ。深緑の細帯には、金糸で模様が刺繍されている。その桜色と緑の組み合わせが、まるで一輪の花のようで、市は一目で気に入った。

 「レイムホップ様からの贈り物でございます。姫君達には、慣れた衣装の方がいいだろうと……。他にも何着か、贈られております」

 「……とても、ありがたい」

 ここ数日……顔合わせのために、王子から贈られる衣装は、市にとってなかなかに苦痛であった。何たって、慣れないデザインばかりであるし、露出も多い。晧月からのチャイナドレスは嬉しかったが、それも露出があるため、恥ずかしさが勝る。

 慣れ親しんだ着物に袖を通して、市はくるりと一回転した。1週間も経っていないというのに、とても懐かしく感じる。ラビアに髪を緩く結ってもらい、顔には薄く化粧を。そして姿見を覗けば、戦国の世にいた頃の市の姿があった。

 「やはり、イチ様のお国のお召し物は、美しゅうございますね。なんというか……とても品良く、淑やかで……」

 「そうであろう?私も、着物が好きじゃ」

 自分の故郷の着物が褒められるのは、やはり嬉しいものだ。市の顔が自慢げに綻んだ。

 「そういえば、らびよ。今日の私の予定は、どうなっておる?」

 「はい。ご自由にお過ごし下さいませ。ラビアとしては、王子達との親睦を深められるとよろしいかと……」

 「そうか。ならば私は今日一日、好きな事をして過ごすとしよう」

 ラビアの勧めを知らんぷりして、市は宮殿の敷地内にある図書館を訪れた。ラビア曰く、この世界の文字は召喚と同時に、自然と読めるようになっているとのこと。沢山の書物がある場所なら、帰るための方法が見つかるのではないかと期待して、市はキョロキョロと辺りを見渡した。

 天井まで届きそうなほど高い本棚には、ビッシリと本が仕舞われている。少しホコリ臭いが、本独特の匂いは、何だか気分が落ち着いた。うろうろと、本棚を見て回る市の後ろには、しっかりとラビアが控えている。

 「イチ様、どんな本をお探しで?」

 「異界の姫君についての本じゃ。自分の立ち位置について、よく学んでおかなくてはと思ってな」

 ラビアの問いに、市は平然として答えた。帰る方法を探すためと素直に言えば、ややこしい事になるのはわかり切っている。

 「左様でございますか。イチ様は、とても勉強熱心でいらっしゃる……」

 ラビアは疑うことなく、市の言葉を信じた。その胸の内には、エイサフの姿が浮かんでいる。

 ーー我が主君、エイサフ王子もとても勉強熱心な方だった。書物も好きで……きっと、イチ様と気が合ったやも知れぬのに、どうして……。

 拗れてしまった、主君と現主の関係に、ひっそりと溜め息を吐いた。どうにか、関係を修復する事は出来ないのだろうか。エイサフの初めての恋だというのに、何も出来ないことが歯痒くてたまらない。

 ラビアの鬱々とした心情とは裏腹に、市は嬉々とした表情を浮かべた。

 「あった!これじゃ!」

 【異界からの姫君、召喚の歴史】という本だ。それ以外にも、【姫君からの愛を乞う国々】や【異界からの姫君、今昔】など、何冊かを手に取って、市はその場で開き始めた。そこには、知らなかった事が山ほど記されていた。

 まず、異界からの姫君と結ばれた王子の子供は、必ず何らかの力を授かるということ。そのため、異界からの姫君の血が濃い王家ほど栄え、そうでない王家は弱まるばかりなのだとか。

 異界からの姫君を獲得し続ける王家は、渼帝国であり、その次にブロリンド王国。ガラシア王国。最後にシュッタイト帝国である。近年、シュッタイト王家での、姫君の血は薄まりつつあり、能力を授かる王子が生まれないとのこと。そのため、どの国よりも技術力を高め、国を発展させているようだ。

 「姫君の召喚人数はバラバラのため、得られない国もあるが、姫君は各国に嫁ぎ、王妃や皇妃として名を残している……か」

 市の求めている事が、記されていない。パラパラとページを捲り、無意識に唇を噛み締めた。まさか、今まで召喚された姫君はみんな、大人しく王妃の座についたというのだろうか。そんな、馬鹿な。帰りたいと思った者も居たはずだ。

 「これは……!」

 あるページを目にして、市の目がゆっくりと見開かれた。それは、市の胸にズキリと容赦なく突き刺さる。

 「帰れぬ……というのか」

 わなわなと肩が震える。そのページにはハッキリと、異界からの姫君は帰ることは出来ないと書かれていた。何故なら、国々の繁栄のために、神が遣わした姫君だから……と。そんなの、勝手すぎる。市の憤りの嵐が、心に波を引き起こす。これではまるで、異界からの姫君とは、国々のために呼ばれた道具のようではないか。勝手に呼び出しておいて、王子と結婚しなければならない上に、帰れないだなんて……!

 荒々しく本棚に本をしまい込むと、市は早足に図書館を出た。その後ろを慌てた様子で、ラビアが追いかける。

 「イチ様!どうなさいましたか!どこへ行かれるのです!」

 「らび!」

 ピタリと足を止めた市が、振り向かないままラビアの名前を呼んだ。その大きな声に、ラビアはハッとして足を止める。

 「……すまぬ。暫く一人にしてくれぬか」

 「……イチ様っ!」

走り出してしまった市を、ラビアは追いかけることは出来なかった。どこか様子がおかしい主の、一人にしてくれという命令に、背くことは出来ない。

 ーーイチ様は、何やら思い詰めておられた様子……。ここは、王子に助けを求めてみては……?

 ぐっと唇を引き締めて、ラビアは市とは反対の方向へと歩き出すのだった。
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