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第3章 クラーケンの魔女
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しおりを挟むカリハリアス帝国の端の端。それはもう隅っこまでやって来たのではないかというくらい、かなり泳いだ。周りには何も無く、生き物の気配もない。ゴツゴツとした岩を通り過ると、洞穴が見えた。
「ここが、クラーケンの魔女の家だ」
カーテンのように穴を塞ぐワカメをかき分けて、中に入る。少しだけ、圧の重くなった海水が、セレニティの肌に纏わり付いた。薄暗い洞穴の中を、淡く光るキノコが照らしている。
ーー海の中にキノコ!?
おっかなビックリで、セレニティはキョロキョロと辺りを見渡した。侵入者を遮るように生える大きな昆布を乗り越えて、奥へと進んでいく。天井から吊るされた、大きな魚の骨。岩に出来た窪みには、謎の液体が海水と混ざり合うことなく、注がれている。不気味な空間だ。
「誰だい?」
しわがれた声だった。まるで、長い間、口を開く事がなかったかのような、しゃがれた声は、低く耳に響いた。
ゾロゾロと長い足が、岩の穴からヌルリと這い出てくる。円盤のような大きな吸盤がくっ付いた足は、クラーケンという名の通りのイカの足だった。
足に続いて、大きなイカの頭が姿を現し、洞窟内がみっちりと狭くなる。八本の足と二本の長い腕を、ぐにゃぐにゃと動かしながら、クラーケンはその場に腰を下ろした。大きなイカの頭部に、しわくちゃな老婆の頭がくっ付いている。深いシワと茶色いシミが刻まれた皮膚。黒目の多い丸い目。少ない白髪が、波に揺れていた。
ーー大きなイカに、お婆さんの頭だけが生えてる……。
セレニティは、目が点になった。想像していた以上に、クラーケンがモンスターだったのだ。
「久しぶりだな、クラーケンの魔女」
「カリハリアスのヒヨっ子かい。会わないうちに、随分と大きくなったもんだ」
「ヒヨっ子呼びは止めてくれ。もう、子供じゃないんだ」
フレディの言葉に、クラーケンは顔をしわくちゃにして笑った。シワの多い唇から、細くなった歯がチラリと見え隠れする。
「アタシに比べりゃあ、まだまだケツの青いガキンチョさ……おや?」
クラーケンは、セレニティの姿に気付いて、目を見開いた。
「人魚?何だって人魚が、こんな所に……」
しゅるりとクラーケンの足が伸びる。大きなイカの足に掴まれて、セレニティは体を固くした。そのまま、絞め殺されるのかと思いきや、クラーケンはゆっくりとセレニティを自分の顔の前まで持ち上げる。
「人魚がここに来たのは、これで2回目だ」
クラーケンは、まじまじとセレニティの顔を見つめた。黒目の多い丸い瞳が、穴があきそうなほど見つめてきて、居心地が悪い。海水で流れてしまっているだろうが、今の自分は、冷や汗をかきまくっているだろうと断言出来る。
「これは、驚いた……」
セレニティの顔前で、老婆の顔がニタァと笑った。丸い瞳が弓形になり、しわくちゃな唇が笑みを刻み、更にしわくちゃになる。エッエッと笑う度に老婆の頭が揺れる様は、正直、視界に優しくない。セレニティは思わず涙目になった。
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