サメに喰われた人魚

猫パンダ

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第2章 カリハリアス帝国

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 長い廊下を泳ぎ、フレディの後を追う。ぐうと小さく鳴ったお腹を抑えて、セレニティはフレディに声をかけた。

 「ねぇ、ご両親との顔合わせは、お食事をしながらするのかしら?」

 「まさか。サメは、みんなで仲良くごはんなんてしない。幼児以外の者は、単独で狩りに出てその場で食事をする。何だお前、お腹空いたのか?」

 「……少しだけ」

 セレニティが恥ずかしそうに頷いた瞬間、またもやお腹からぐぅと音が鳴った。

 「……そうだな、後で食事を用意するとしよう」

 「ありがとう」

 「オラのゴハンも頼むぜ!」

 セレニティの、髪の間からマノミーがぴょこっと顔を出す。その小さな顔を見て、フレディのこめかみが、ピクリと震えた。

 「いいだろう。新鮮なカクレクマノミの肉を、用意してやる」

 「な、何を言うんだ。オラに共食いさせる気か!ポセイドンの鼻くそめ!」

 「ポセイドンの鼻くそだと?ふん、悪口のレベルが低いな。お前なんかポセイドンの耳クソだ」

 「み、耳クソだってぇ……!!?」

 わなわなと震えるマノミーを、鼻で笑うフレディ。セレニティには、どっちもどっちに映っていた。

 「フレディ、彼のゴハンも用意してあげて。お願いよ」

 眉を下げたセレニティに頼まれれば、フレディも黙るしかない。セレニティの髪に隠れて、お尻をフリフリしながら挑発されるが、フレディは青筋を浮かべながらも、マノミーから目を逸らした。

 「仕方がないな」

 「ありがとう、フレディ」

 「なんだい。セレニティには素直で、しおらしいんだね、君は」

 マノミーが何やらごちゃごちゃ言ってはいたが、無視をした。大きな扉の前まで来て、フレディはセレニティを一瞥する。

 「ここが謁見の間だ」

 扉がゆっくりと開かれた。マノミーは、セレニティの髪の中に、完全に姿を隠した。

 天井の高い空間だ。金の柱が三つ立ち、その中央に大きな骨がそそり立っていた。その骨は、天井高くまであり、何かの姿の形をしていた。太いあばら骨。背にくっ付いた三角の骨。存在感の強い、ノコギリのような歯。頑丈そうな顎骨。

 「サメの……骨?」

 「あれは、我がカリハリアス帝国を建国した王、メガロドンの骨だ。あれがこの城を、守るように支えている」

 確かにその骨は、天井と床にくっ付き、支えているように見えた。20メートルはあるだろうか。その大きさの骨が丸々収まっているこの部屋は、やはり大きい。大きな城だと思ってはいたが、陸の人間がこの城を発見していないということは、本当に海の奥底に建っているのだろう。セレニティが自覚していなかっただけで、ここはかなり深い海の中だったのだ。

 「フレデリック」
 
 低い男の声が、部屋を震わせた。品位のある、力強く洗礼された低音。思わず、意識をそちらに刈り取られる。それほどの、絶対的存在感。セレニティは、ハッと目を見張る。柱の影から、二匹のサメが姿を現した。優雅に泳いでくるサメは、一匹が美しい銀色。もう一匹は、冴えるような青をもつ。どちらとも、フレディのサメ型のボディの色だ。きっと、この二匹が、フレディの両親なのだろう。

 「その者が、お前の婚約者か」

 一瞬で、二匹は人型に姿を変えた。銀色の髪を靡かせた、鋭い瞳の男性と、青い髪を結い上げた美しい美女。どちらも、背中には尖ったヒレが生えており、海の民らしく瞳は青い。

 「まぁ。その子、人魚族じゃないの。そんな子をよく掴まえて来たものね」

 紺色のマーメイドドレスが、魚の尾のように、水中で漂っている。美女は、長いまつ毛を震わせて、じっとセレニティを見つめた。

 青い瞳を縁取る、水色のアイシャドウ。水色の口紅。冷たい色味に、生命の息吹を感じさせる橙色のチーク。その奇抜なメイクは、義母であるベリルのものと似通ってはいたが、彼女の場合、刺々しいものは感じない。ベリルが毒の花ならば、彼女は氷細工で作られた繊細なる花だ。線の薄い体が、彼女を華奢で、儚く見せていた。確かに、サメ型の彼女も小さめではあったが、カリハリアスの一族の女性なら、もっと屈強な女性を想像していた。

 「その者、名は?」

 フレディの父であり、カリハリアス帝国の王なのだろう、男はフレディと同じアーモンドアイに、薄い唇をしていた。だが、男らしさに美しさを合わせ持つフレディとは違い、王は男臭い野性味のある顔立ちをしている。その右目は、縦に傷が入っており、閉じられていた。フレディの頬にも傷があるが、一体どこで怪我をしたのだろう。

 セレニティは、ベールをドレスの裾のようにつまみ上げ、カーテシーをとった。

 「お初にお目にかかります。わたくしは、セレニティ・ミア……です。両陛下とも、ご機嫌麗しゅう」

 思わず、アスティルと名を名乗りそうになり、どうにか堪えた。この二人が、アスティル王国を知っているかはわからないが、用心するに越したことはない。元人間であることは、秘密であるのだから。
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