30 / 47
第2章 カリハリアス帝国
30
しおりを挟む長い廊下を泳ぎ、フレディの後を追う。ぐうと小さく鳴ったお腹を抑えて、セレニティはフレディに声をかけた。
「ねぇ、ご両親との顔合わせは、お食事をしながらするのかしら?」
「まさか。サメは、みんなで仲良くごはんなんてしない。幼児以外の者は、単独で狩りに出てその場で食事をする。何だお前、お腹空いたのか?」
「……少しだけ」
セレニティが恥ずかしそうに頷いた瞬間、またもやお腹からぐぅと音が鳴った。
「……そうだな、後で食事を用意するとしよう」
「ありがとう」
「オラのゴハンも頼むぜ!」
セレニティの、髪の間からマノミーがぴょこっと顔を出す。その小さな顔を見て、フレディのこめかみが、ピクリと震えた。
「いいだろう。新鮮なカクレクマノミの肉を、用意してやる」
「な、何を言うんだ。オラに共食いさせる気か!ポセイドンの鼻くそめ!」
「ポセイドンの鼻くそだと?ふん、悪口のレベルが低いな。お前なんかポセイドンの耳クソだ」
「み、耳クソだってぇ……!!?」
わなわなと震えるマノミーを、鼻で笑うフレディ。セレニティには、どっちもどっちに映っていた。
「フレディ、彼のゴハンも用意してあげて。お願いよ」
眉を下げたセレニティに頼まれれば、フレディも黙るしかない。セレニティの髪に隠れて、お尻をフリフリしながら挑発されるが、フレディは青筋を浮かべながらも、マノミーから目を逸らした。
「仕方がないな」
「ありがとう、フレディ」
「なんだい。セレニティには素直で、しおらしいんだね、君は」
マノミーが何やらごちゃごちゃ言ってはいたが、無視をした。大きな扉の前まで来て、フレディはセレニティを一瞥する。
「ここが謁見の間だ」
扉がゆっくりと開かれた。マノミーは、セレニティの髪の中に、完全に姿を隠した。
天井の高い空間だ。金の柱が三つ立ち、その中央に大きな骨がそそり立っていた。その骨は、天井高くまであり、何かの姿の形をしていた。太いあばら骨。背にくっ付いた三角の骨。存在感の強い、ノコギリのような歯。頑丈そうな顎骨。
「サメの……骨?」
「あれは、我がカリハリアス帝国を建国した王、メガロドンの骨だ。あれがこの城を、守るように支えている」
確かにその骨は、天井と床にくっ付き、支えているように見えた。20メートルはあるだろうか。その大きさの骨が丸々収まっているこの部屋は、やはり大きい。大きな城だと思ってはいたが、陸の人間がこの城を発見していないということは、本当に海の奥底に建っているのだろう。セレニティが自覚していなかっただけで、ここはかなり深い海の中だったのだ。
「フレデリック」
低い男の声が、部屋を震わせた。品位のある、力強く洗礼された低音。思わず、意識をそちらに刈り取られる。それほどの、絶対的存在感。セレニティは、ハッと目を見張る。柱の影から、二匹のサメが姿を現した。優雅に泳いでくるサメは、一匹が美しい銀色。もう一匹は、冴えるような青をもつ。どちらとも、フレディのサメ型のボディの色だ。きっと、この二匹が、フレディの両親なのだろう。
「その者が、お前の婚約者か」
一瞬で、二匹は人型に姿を変えた。銀色の髪を靡かせた、鋭い瞳の男性と、青い髪を結い上げた美しい美女。どちらも、背中には尖ったヒレが生えており、海の民らしく瞳は青い。
「まぁ。その子、人魚族じゃないの。そんな子をよく掴まえて来たものね」
紺色のマーメイドドレスが、魚の尾のように、水中で漂っている。美女は、長いまつ毛を震わせて、じっとセレニティを見つめた。
青い瞳を縁取る、水色のアイシャドウ。水色の口紅。冷たい色味に、生命の息吹を感じさせる橙色のチーク。その奇抜なメイクは、義母であるベリルのものと似通ってはいたが、彼女の場合、刺々しいものは感じない。ベリルが毒の花ならば、彼女は氷細工で作られた繊細なる花だ。線の薄い体が、彼女を華奢で、儚く見せていた。確かに、サメ型の彼女も小さめではあったが、カリハリアスの一族の女性なら、もっと屈強な女性を想像していた。
「その者、名は?」
フレディの父であり、カリハリアス帝国の王なのだろう、男はフレディと同じアーモンドアイに、薄い唇をしていた。だが、男らしさに美しさを合わせ持つフレディとは違い、王は男臭い野性味のある顔立ちをしている。その右目は、縦に傷が入っており、閉じられていた。フレディの頬にも傷があるが、一体どこで怪我をしたのだろう。
セレニティは、ベールをドレスの裾のようにつまみ上げ、カーテシーをとった。
「お初にお目にかかります。わたくしは、セレニティ・ミア……です。両陛下とも、ご機嫌麗しゅう」
思わず、アスティルと名を名乗りそうになり、どうにか堪えた。この二人が、アスティル王国を知っているかはわからないが、用心するに越したことはない。元人間であることは、秘密であるのだから。
0
お気に入りに追加
196
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
皇帝陛下!私はただの専属給仕です!
mock
恋愛
食に関してうるさいリーネ国皇帝陛下のカーブス陛下。
戦いには全く興味なく、美味しい食べ物を食べる事が唯一の幸せ。
ただ、気に入らないとすぐ解雇されるシェフ等の世界に投げ込まれた私、マール。
胃袋を掴む中で…陛下と過ごす毎日が楽しく徐々に恋心が…。
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】
迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。
ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。
自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。
「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」
「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」
※表現には実際と違う場合があります。
そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。
私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。
※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。
※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
御機嫌ようそしてさようなら ~王太子妃の選んだ最悪の結末
Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。
生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。
全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。
ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。
時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。
ゆるふわ設定の短編です。
完結済みなので予約投稿しています。
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】転生したらモブ顔の癖にと隠語で罵られていたので婚約破棄します。
佐倉えび
恋愛
義妹と婚約者の浮気現場を見てしまい、そのショックから前世を思い出したニコル。
そのおかげで婚約者がやたらと口にする『モブ顔』という言葉の意味を理解した。
平凡な、どこにでもいる、印象に残らない、その他大勢の顔で、フェリクス様のお目汚しとなったこと、心よりお詫び申し上げますわ――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる