サメに喰われた人魚

猫パンダ

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第2章 カリハリアス帝国

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 海底に生えた黒いイソギンチャク。真っ白な珊瑚礁。砂の上にくっ付いた紫色のヒトデ。殺風景ともいえるシンプルな空間に、柱のように上まで伸びた岩がポツンと立っていた。その岩の隙間から、凶悪な顔をしたウツボが顔を出す。

 「おかえり王子」

 「ああ、見張りご苦労」

 フレディの短い言葉に、ウツボは顔をニヤリと歪ませて、ギザギザの歯を覗かせる。

 ーー可愛くない。

 セレニティは思わず、そんなことを思ってしまう。可愛い魚の姿は、まったく見当たらなくなってしまった。岩の柱を抜けると、珊瑚をかじっている魚が一匹姿を現した。何度も何度も、つつくように珊瑚に食らいつく魚は、やはり凶悪な顔をしている。全体的に暗い色付きの魚だが、ボディの一部は鮮やかな黄色だった。口の周りの黒いヒゲのような模様と、ぶるんとした分厚い唇。ギョロリと突き出た目。

 セレニティが、その魚と目が合った瞬間、魚はすごい勢いでこちらに向かってきた。

 「え、な、なに!?」

 強靭な顎がパカリと開き、魚の唇からごつい歯が見える。それはまるで、人間の歯のようでゾッとした。魚は、セレニティに噛み付こうと、歯をガチガチと鳴らしている。こんな歯で噛み付かれれば、ひとたまりもない。珊瑚をガリガリとスナック菓子のようにかじっていたのだ。セレニティのことなんて、簡単に噛み切ってしまうんじゃないだろうか。

 「やめろ、ゴマモンガラ。このバカ魚!」

 フレディが声を張り上げると、魚はピタリと動きを止めた。

 「でも、王子。この魚、見たことない。この国荒らす?私の赤ちゃん奪う?」

 「こいつは、俺の連れだ。見たらわかるだろ。国も荒らさないし、お前の赤ちゃんも奪わない」

 ゴマモンガラは大人しく、海底に尾を休ませた。先程の凶暴さはなりを潜めている。

 「産卵期で、気が立っているのはわかるが、産卵期が訪れるたびに、誰彼構わず襲いかかるのはやめろ」

 「気を付ける」

 「その言葉も、これで30回は聞いてるんだけどな」

 ゴマモンガラは、フレディの前では聞き分けのいい魚らしい。だが、セレニティを見る目は、警戒しきったそれだ。ギョロリと突き出した目で睨まれるのは、かなり怖い。セレニティは、フレディの背中にこそこそと隠れながら、その場を後にした。その際も、強い視線を感じたような気がする。

 ーーもしかして、ずっと見て……?

 セレニティは、ゾッと顔を青くした。

 「驚かせて悪かったな。あいつはバカだが強いから、番魚にしてるんだ」

 番魚……とは、番犬のようなものなのだろう。

 「なるほど。確かに、凄まじい歯をしていたものね」

 「ああ、噛み付かれたらかなり痛いぞ。気を付けろよ」

 痛いどころじゃ済まされないのでは……。あの顎と歯だ。肉ごと持っていかれるに違いない。何より、あの不気味な顔が、セレニティはどうしても受け入れられなかった。ぶりんとした青い唇と、ギョロ目が印象的すぎて、夢に出てきそうだ。

 しばらく泳ぐと、景色がまた変わってきた。岩と岩が交差していたり、沢山の崖があったりと、美しいというよりは不思議な光景だ。だが、その岩が魚達の住処なのだろう。先程見たウツボや、ウミヘビ、カサゴなどが、岩の隙間から顔を出している。

 「あら、可愛い魚もいるわ」

 珊瑚を口でつついている小さな魚がいた。唇は、キスをするみたいに尖っており、灰色と白のシンプルなボディに、黄色と水色の模様がある。

 「近づかない方がいい。そいつは、ムラサメモンガラだ。そいつも産卵期で気が立っているから、噛み付いてくるぞ」

 「えっ」

 近付こうとした体をピタリと止めて、セレニティはまじまじとムラサメモンガラを見た。見た目はすっごく可愛いのに、残念だ。

 魚達の住処を過ぎたら、今度は町のようなものが見えてきた。セレニティの記憶にある、人間の町と同じだ。まさか、海の中に、自分の知る町のような風景が広がっているだなんて。

 「凄い……」

 岩や石で造られた家々が、ずらりと並んでおり、光る海藻や珊瑚が、街灯のように周りを明るく照らしていた。その町の奥に、黒い岩で造られた大きなお城が見える。渦を巻くようなデザインのそれは、一番高い塔まで螺旋を描いていた。
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