サメに喰われた人魚

猫パンダ

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第1章 銀色のサメ

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 あんなに眩しくて暑かった太陽が沈み、空が暗く染まり始める。ぽつぽつと星が光り出し、淡く輝く月がうっすらと顔を出した。

 波は徐々に荒くなり、セレニティのいる岩に容赦なく打ち当たる。潮が満ちてきているのか、彼女のお尻まで海水が浸り、綺麗だったドレスはぐちゃぐちゃに汚れてしまっていた。ちょこんと三角座りをして、腕の中に顔を埋めていた彼女は、そっと顔を上げる。その顔は、憔悴しきっており、目元は赤い。

 「私……死ぬのかな」

 このまま、波が岩場を呑み込み、海の奥深くへと沈んでいってしまうのだろうか。

 パシャンと海水に手を入れ、水飛沫を飛ばした。昼ならば陽の光が、その飛沫を宝石の粒のように照らしただろう。

 「海は、綺麗ね。怖い筈なのに……怖くない。どうしてかしら」

 今も、こうして海に浸かっていると、不安なはずなのに、暖かい。

 「死にそうになって、感覚が麻痺してるのかも……」

 ボソボソと呟く独り言に答えるかのように、バシャンと海水が跳ねた。

 「君、死にそうなの?死ぬの?」

 甲高い、子供のような声が、無邪気に話しかけてきて、セレニティはビクリと肩を揺らす。

 「な、何?誰なの?」

 周りを見渡しても誰もいない。いるはずがない。だってここは、大海原のど真ん中。もしや、この声の正体は幽霊なのでは?
 
 「おったまげー、君、オラの言葉がわかるんだねぇ」

 「ひゃあ!?」

 ぴょこっと現れた黒い影に、思わず情けない悲鳴を上げてしまう。恐る恐る見つめれば、ようやく慣れてきた視界に、色鮮やかな魚の姿が映った。暗くて見えにくいが、恐らく赤いボディに白と黒い模様の入った小さな魚だ。その魚が、海面から顔を出し、何やらセレニティのことを見つめているような気がするのだが……?

 「まさかね……」
 
 魚が喋るわけない。きっと、一人で寂しいから幻聴を聞いたのだ。そうに違いない。セレニティはそう自己完結させた。

 「オラ、カクレクマノミのマノミーっていうんだ」

 何やら、魚が自己紹介を始めたような気もするが……。セレニティは青ざめた顔で、魚を覗き込んだ。魚は、セレニティの様子を気にすることなく、口をパクパクと動かして、その口から甲高い声を発している。

 「オラのパパは、イソギンチャクのパトロール隊隊長。ママは、主婦なんだ。ちなみに、十三人兄弟の末っ子さ。だからか、兄貴達やパパ達も、めちゃくちゃ過保護で……!」

 気のせいではない。やはりこの魚、人間の言葉を話している。もしや、セレニティが知らないだけで、海の魚達は、人間の言葉を話せるものなのだろうか。

 「あの……」

 おしゃべりな魚……マノミーに、セレニティはぎこちなく微笑んだ。

 「私は、セレニティ。えっと……マノミーだったかしら?あなた、人間の言葉を話せるの?」

 セレニティが言葉を返したからなのか、マノミーは嬉しそうに海面を飛び跳ねた。魚特有の満面の笑みというやつなのか、丸い口が僅かに弧を描いている……ようにも見える。

 「オラが話せるんじゃないよ!君が話してるんだ。オラ達、海の生き物の言葉をさ!」

 「え……」

 目を丸くして固まるセレニティに、マノミーは小さなヒレをピチピチと動かしてみせた。

 「君ってニンゲンっていう生き物なんだろう?なるほど、本当にヒレがないや!尾も真っ二つに割れてる!パパが言ってた通りだ!」

 マノミーは、体は小さい癖に、声がでかい。元気よくハキハキと話すマノミーの言葉は、どう聞いても人の言葉にしか聞こえない。まさか、自分は本当に、海の生き物の言葉が理解出来るというのだろうか。

 「何はしゃいでんだよ、カクレクマノミの坊や」

 「あ、ウミガメのおじさん!」

 海面からぬっと顔を出したのは、つぶらな瞳を持つウミガメだった。
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